第123話後回しには出来なかったよ
出てきて数分と経たぬうちに建物内に引き返す羽目になったのは言うまでもなく。
複数の目撃証言によってあの連中がこちらの乗り物破壊しようとしてたのは事実らしく、また動機の方も背後関係等を確認した上で昨日の騒ぎの報復であろうと結論付けられた。
唯一生き残った弓使いの男は気絶してる合間に簀巻きにされてギルド内にある留置所として使ってる独房へ叩き込まれた。
簡単な取り調べを済ませた後速やかに官憲に引き渡す予定だという。ギルドとしても追ってなんらかの処罰を科す方向で話進めていくとか。
元々自分らの実力を鼻にかけた言動で好かれてはなかったが、この数か月で更に同業者どころかギルドそのものからも評判落としてた連中。
なので同情から擁護する者もおらず、ギルドでもさっさと100%相手が悪いということにして処理したがってる風だった。
Aランクというのにこの扱い。相当嫌われてたんだなぁ。
これがヴァイトなどの地方なら高ランクの処遇に頭悩ますとこだろうが、同ランクもそれなりに多い都会では日頃の行い次第でこうなるものか。
まぁ仮に配慮されたとこで六人中三人は死亡、二人も当面怪我で動けない上にメンバー欠きすぎて見切りつけそうだし活動継続は不可能だろうしな。
自業自得とはいえ折角Aまで上ったのに無情なものよ。
と、疲労と困惑の混じった微笑を浮かべたギルドマスターと顔を突き合わせつつ俺は思うのだった。
「Aが減るのは困りますが、彼らの最近の働きぶりや素行から降格も視野に入れるべきか検討もしていたので、結果的には問題にはならないとは思うわけですが」
「しかし正当防衛とはいえ三人も白昼堂々と殺害してしまったのだ。それで所属する冒険者らは納得するのかね?」
「まぁその、人間ではない鉄の乗り物ですしな何分。罪に問うとしても如何すべきかと」
「道具が勝手にやった事で押し通してくれるなら私らもありがたいが、そちらはそれでよいのか」
所有者の管理責任云々言われそうな危惧を抱いたので質問してみたが、アランさんは小さく頷く。
「無論殺人には違いないですが、ギルドの広場の一角で生じた事なので今なら事故という扱いで処理出来ます。私どもや同業の者でそこまで彼らを庇う意味も益もありませぬからな」
「死んだ問題児より生きたこれからの利益というわけか」
遠慮ない口調でストレートに問いただすとアランさんは苦笑を浮かべつつも首肯した。
「伯の仰りようは露骨すぎますがまぁそういうことでして。このような些事で節令使様に恩を着せるなどというおこがましい真似はしませぬが、この件の処理を一任する代わりに少しばかりご配慮をお願いしたく」
「……うん、もう帰っていいように取り計らってくれるというなら卿の申し出に関して善処させてもらおう」
「ありがとうございまする」
深々と頭を下げるアランさんの後頭部を見下ろしながら俺は軽く肩を竦めた。
流石人権意識の薄い時代だ。冒険者という職業がいかに世間やギルドそのものからどう思われてるか一端を察せられるドライ具合。
被害者側の俺が言うのもおかしな話だが、相手が悪すぎたのだ。天秤に掛けられる以前のものだ。
Aランクというのは正真正銘実力者と胸を張れる高みだ。九割近くの冒険者の最終到達点と言っても過言ではない。
力だけでなくそれほど所属先に貢献してきた証ともいえるので多少のヤンチャは許されると思っても変ではないのだ。
おまけに侯爵という貴族でも高い部類の人と繋がりもあれば無敵と錯覚してもしゃーない。
だが力も権威も通用しない相手に喧嘩売ろうと、いやそもそも喧嘩売る段階より遥か手前でガン無視な仕打ち喰らってこんな扱いな末路。
どの職業にも言える事とはいえ、こんなお仕事してると負けてしまえば台無しという無情を感じるものだな。
などと特定職業の世知辛さに思いを馳せつつ、それはそれとしてやっておかなければならない事もある。
「それでこの件に関連して至急節令使府に使いを出して欲しいのだが」
そう言って俺はアランさんに手短に用件を述べる。
内容を聴いたアランさんは傍に居た者に今告げられた内容のメモをとらせつつ小首を傾げた。
「承知しました。本日中にでも返事を貰いそちらへお伝え致しますが、それにしてもあり得ることなのでしょうかそれ?」
「杞憂で終わればそれでよい。ただどうにも先程の件含めてここ数日巡り合わせが悪いからな。念の為の用意だけはしときたい」
「はぁなるほど。それにしても自制の乏しい御方はどの身分にもちゃんと居るものですな……」
「まったくだな。とにかく頼んだぞ」
頷くアランさんから後日形式的な取り調べを行う旨を告げられ、今日の所は帰って大丈夫とも言われた俺らは再び階段を下って大ホールへ戻ってきた。
俺らが姿を見せた瞬間、場の空気が変わる。
俺もだが俺以上にマシロとクロエに視線が集中してるのが分かる。
本人らはどこ吹く風で平然としてるが、普通なら反射的に身構えてしまう程の密度のものだぞこれ。
発砲事件が発生して執務室にUターンしてギルドマスターと軽くお話して出てきて、というので数十分経過していた。
その間にある程度素性が知れ渡ったのだろうな。これだけデカいとこだと情報屋とか情報通とかもウロウロしてただろうし。
見た目十代半ばの少女二人、短期間でAまで上り詰めてる、最近ドラゴン倒した、節令使やってる伯爵がバックに居る、妙な恰好して物騒な武器積んだ妙な乗り物乗ってる。
この場だけでも判明してる情報量の濃さよ。
好奇もあるし「なんとなく面白くない」的な反発もある。少女の身で短期間で上に上り詰めたことへの妙な勘繰りだってある筈。
だが一番多い感情は畏怖と困惑であろう。
何で動いてるか分からない妙な鉄の乗り物がだ、襲い掛かってきたとはいえいきなり妙な武器でAランク冒険者の頭部をミンチにもすればどよめきの一つも起こる。
そんな物騒なものを乗り回してる人物に得体の知れないものを感じるだろう常識的に考えて。
いいけどな露骨な反発でさえなければ。極端に言えば俺らが帰還した後ならどう思おうがご自由にだ。
しかし滞在中は穏便に済ませていきたいな。明後日の双頭竜解体のときに作業場の護衛を任されてる奴らもそこそこ居るだろうから無駄に印象悪くはしたくない。
冒険者達もこの場の何割かは護衛クエスト受けてる筈なので相手への印象悪くしたくない気持ちは同じだろう。
出来れば互いのその配慮を維持したまま終わりたいもんだ。
……なんで俺がその辺の機微まで心配せにゃ駄目なんだよ。
普通俺はドーンと構えてればそれだけでいい身分と立場だぞ。この世界の身分制度でいうなら宿で休んでて報告待ちしてても罰当たらないんだぞ。
自分で確認しないと安心できない損な性分差し引いたとしても、もう少し気軽な気分で過ごしたいのになんだこれ。
内心ボヤキつつ俺はあえて明日への不安を無視して未だ血生臭さ残る厩舎へ向かのであった。
翌日。この日はオフといえばオフだ。
現地の節令使にも会った。目的の一つである商会の当主とも挨拶済ませた。当地の冒険者ギルドにも出向いた。
明日は双頭竜の解体に立ち会うし明日以降も何事もなければ商都を視察する段取りだ。
今日ぐらいは部屋に籠って惰眠貪って無為に一日を浪費してもいいよね?
うんそうだな。ここ二、三日のベタなテンプレイベントなぞ忘却と言う名のゴミ箱へ叩き込んでベッドに寝転がって自堕落に過ごそう。
一日だけのなんちゃってニート生活も時には悪くない。自分で言うのもあれだが働きすぎなんだから休むときは全力全開で休まなきゃな!
眠気はあるが身体が睡魔に屈してない状態故に二度寝をすぐに決められずにいた俺はベッドの上で意味もなく寝がえりうちつつ自己正当化に浸っていた。
ヴァイトに居れば決済すべき書類の束が気になって結局何かしら仕事してる羽目になるが、ここには書類も指示を仰ぐ直属役人も居ない。
我が身と時勢を考えたら仕方ないとはいえワーカーホリックに片足突っ込んでるからな。たまにはこういう日も悪くはない。
現代地球なら寝っ転がってダラダラとスマホ弄ってる所だ。しかしそんなもんはないので早く身体が睡魔に侵食されることを待ちつつ何も考えず横になってるだけ。
今日はメシもルームサービスで簡単なので済まそう。風呂とかも夜に後回しにしてだらしなく過ごすぞ。
願望を頭の中で反芻しつつゆるやかに二度寝突入する直前。
「坊ちゃんまだ寝てますか?寝てたら叩き起こしますけど起きてたら返事してください」
「……」
扉を強く叩く音が数度。次いで聞こえてきたのは聞き慣れた部下の太い声。
応答したくない。居留守使って無視したい。というか立場的に「麻呂は今そんな話聞きとうないでおじゃる出直してこい」と追い返せるわけで。
けれどもわざわざターロンが叩き起こしに来たということは俺も顔出さないと駄目なのが起きたわけでね。
どうせ無視しても合鍵でもなんでも使ってこじ開けられて踏み込まれるんだろし。と、半ば無理矢理言い聞かせて俺はノロノロと起き上がる。
「……起きてる。起きてるから少し待ってろ」
二度寝のささやかな幸せを砕かれて些か不機嫌そうに俺は応えつつベッドから降りて扉へ向かう。
開けるとそこにはターロンと平成の二人が立っていた。
「あー、その、おはようございますリュガさん」
「おはようさん。お前ら伯爵で節令使の睡眠邪魔とか普通なら何か罰与えるやつだぞおい?」
「そんな横暴な手合い嫌ってる坊ちゃんがその言い草は説得力薄いですな。起き抜けだから語彙力低下してますかな?」
「うるせぇよ。で、人様叩き起こしたということは何かあったのか」
「まぁあったというか、これからありそうというか」
トラブルを目前にして巻き添えへの不安と悲しみを混ぜた表情する平成。ターロンもいつもの快活さを少し抑えて口元を引き結んでいる。
不吉さビンビンするが現実直視するの一秒でもいいから後回しにしたい気分になりそうだ。
「……とりあえず身支度整えるから少し待て」
「身支度整えながらでいいので窓から様子も窺ってくれたら理由も分かりますよ」
「覗き見たくねぇなぁ」
歎息しつつ俺は部屋に戻って着替えをすることに。
着替えつつさり気なく視線を窓の外に。
外から悟られぬ程度に開かれたカーテンから陽光が差し込んで来る。空は変わらず雲が殆どない晴天だ。日の光浴びながらぼんやりと空を眺めて無為な時間過ごしたくなる。
上は変わらず平穏さを感じさせる。だが嫌々目線を下に向けると不穏さを感じさせる光景が映る。
宿へと続く緩やかな坂道。そこに武器を手にした大勢の人間がたむろっていた。
数はざっと見た感じ百から二百といったところ。服装に統一性はないが、ならず者がなんとなく集まってるという風ではなく、誰かを待ち受けてるのか大人しく待機してるようだ。
あそこしか街との行き来出来ない一本道というわけではないが、メイン通路ではあるので白昼堂々とそんなとこを塞いでるのは穏やかな事態ではないな。
ターロンらの報告によればほんの一時間前から徐々に集まり出したという。と同時に宿に近づかせないように通行人を威嚇し回ってるとも。
宿の関係者も何事かと不安に慄いてるようで、別の道使って節令使府へ急報すると共に俺にお伺い建てたいということだ。
お伺いというより、遠回しに「貴方様が原因ですよね多分。ならなんとかしてくれませんか?」という悲鳴に近いお願いだろうね。
ほぼ100%事実だから反論出来ねぇ。寧ろ巻き添えくらわせた罪悪感すらあるわ。
しかし予測してたとはいえ当たっても嬉しくないなこんな馬鹿みたいなのは。
着替えを終え、水差しを手に取りコップと洗面器に注ぎ、水を一息に飲み干して勢いよく洗面器に入れた水で顔を洗い残りで口をすすぐ。
一通りの準備を終えた俺は窓際で外の様子を見ていたターロンと平成を促して部屋を出ていく。
「で、他の奴らはどうしてる?」
「マシロ嬢とクロエ嬢は鼻歌歌いながら朝食食べてます。いつもと変わらずでしたな」
「モモさんは宿に居る兵士ら集めて応戦準備しようとしてますね。僕らが止めなきゃ勝手に宿にある物でバリケード設置する勢いです」
「……なんでウチの女性陣は血の気多いわけよ」
「頼もしいではないですか。これぐらいでないと今のご時世やっとれませんよ」
「そういう問題じゃねぇんだよなぁ……」
百歩譲って血が流れるの前提だとしても場所が悪すぎんだよ。何が楽しくて都市のほぼ中央で市街戦やりかねない乱闘起こすつもりなんだよ双方とも。
話し合いで解決は無理でも交渉の一つでもして悪化を回避するぐらいはまだ出来る筈ならそうすべきだよ。
と、常識的な考えしつつも心のどこかでは「もうどうにでもなれ」と投げやりな気分がある自分も居る。
こうなればさっさとケリつけたくはなるよな。こっちは割とマジでやる事あって暇じゃねーんだからよ。いやだけどやっぱりそうでないと祈りたくもあるし。
食堂へ顔を出すと食後のティータイムを呑気にしてたマシロとクロエ。そして席に着かずに二人の傍らに立つモモの姿があった。
「おはようー。残念だったねー、一日中部屋に引きこもって寝てるつもりが午前さまからこんな厄介イベント発生とかー」
「くくく、ドルミールの安らぎの願望潰えしピティの住民よ。安穏の扉は遥か遠く厚く」
「どうする節令使殿。二人の力があれば戦いも容易であるが、このような些事では用いないなら今から立て籠もる準備をすべきと思うのだが」
「朝から元気だよね君ら。その溌剌さが羨ましいよ」
幼児並みに低レベルな嫌味を一つ投げつけて俺は着席する。食堂に居た従業員が気を効かせて慌ただしく水を満たしたコップを運んできた。
受け取りつつ俺は四人に対しとりあえずまず相手側の言い分を聞いてから対応を。と、常識的な提案をしようとしたときであった。
「出てこいヴァイト州節令使!生意気な伯爵め!!ワルダク侯爵様が今からこちらに来られるぞ!!今からお前に懲罰くれてやるから今すぐ出てこい!!」
「……」
ならず者達が外からそんな怒声を浴びせてきたのを聴いた俺は多分一瞬にして露骨に渋面浮かべてたと思う。
ターロンとモモは苦笑を浮かべて肩を竦め、平成は心底気の毒そうな顔して首を左右に振り、マシロとクロエは笑いを堪えるかのように目元をニヤつかせて口元を手で押さえてた。
万が一でも限りなくゼロに近い可能性であっても、外に居る連中がただの犯罪者ないし予備軍の集まりであって欲しいと思ってた。
やる事は結局変わらないとはいえ気分の問題だ。ただのチンピラ追い散らす程度なら運の悪いトラブルで終わらせられたんだから今日という日は。
もうフラグ回収待ったなしだよこれ。気が早すぎだろおい。朝から地味に胃がもたれる様なの勘弁してくださいよ。
心の中でボヤキを延々と垂れ流しつつ俺は観念したように両手で顔を覆い隠して溜息を吐くのであった。
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