第118話良い話と悪い話のうちの悪い話の方から

「まぁ雑談なので話半分で聴いてもらえるならありがたいという体で言わせてもらいますがな」


 しばしの沈黙の後、俺は思案顔のままに口を開く。


「王都は相変わらず平和を享受してるようですし、我が州に限っていうなら私財惜しみなく投じた成果が少しずつ出ていて今後の発展が期待できそうです。つまりまぁ大きな問題もなく良い事というわけで」


 そこまで喋って俺は黙り込む。向かいに座る双子の当主の出方を窺うようにジッと見つめる。


 俺の平凡な回答に双子の当主は一瞬意外そうな顔をしたもののすぐさま視線を交わし合った後は俺を見つめ返しだす。


 それだけで終わるわけがない。何かまだある筈。いや、筈ではなくあるだろう。


 俺も二人も今同じような考えをしつつ相手の次のリアクションを待ってる。


 重苦しいわけではないが物音を建てるのが憚れるような少し張り詰めた空気に周囲も黙り込みつつ俺らを見てる。


 マシロとクロエが「回りくどいー。勿体ぶらずさっさと話せばいいのにー」「くくく、サイレント作戦の愚かシンキングタイム」とぼやく声が聴こえる以外は何も聞こえてこないような沈黙がしばし流れる。


 マシロの言う通り勿体ぶる必要はそうはない。


 しかもこの場合ヴァイトのことではなく国全体のざっくりとした私見となれば猶更な。


 別に敵対してるわけでもないしなんなら今後協力関係を築いていく展開もある相手。変に駆け引きじみたことするよりさっさと本題に入るべきではあろう。


 だがこういうのはささやかながらも主導権を握ってはおきたい。あちらもそう思ってるだろうな。


 こっちが一方的にベラベラ喋った挙句に「では私達がなんとかしてあげましょうか?」と恩着せしてくると今後何かあったとき「でもあの時は」と手札にされかねない。


 友好や協力するからといって切羽詰まった緊急事態でもないのに初手で何もかも見せびらかす事が必ずしも良いとは限らないもんだ。


 相手側もそれを承知で黙ってるのだろう。結局喋り倒すにしても最初はとりあえず様子見のジャブをかましてみるという行為を。


 まっ、いささか迂遠だがこれも地位のある者同士の会話というもの。幼子のように素朴さや純真さだけでは成り立たないわけよ。


 短くも少し重い沈黙は長くは続かなかった。


 結局先に折れたのはラーフさんとリールさんだった。


 招待した側である以上はそりゃそうなるんだが商人としては初歩的な駆け引きの一つもしたくなるのは癖みたいなものなんだろう。


 互いに視線を交わし合い、ラーフさんが軽く肩を竦め、リールさんが微苦笑浮かべつつ頷いている。


 双子の無言の意思疎通が終わると二人同時に改めて俺の方を向く。口を開いたのはラーフさんだった。


「伯の仰られた事に関しては私共も把握しております。ケーニヒ、ヴァイトの両州の当面の安泰は今の発言で確実と見なすとして、それ以外に関して私見をお訊ねしたい」


「はて全国に店を構えるそちらの方が質量ともに情報は入られてるでしょうから一役人の情報網なぞ些末なものでしょうに」


 半分はとぼけた風を装ってるが半分はやや本音だ。


 民間のゴシップ的なもの含めてお役所仕事では入手出来ない話なぞ貴賤問わず商売してる方のが得やすいだろうに。


 あちらとしては俺のというより節令使という高官の証言をもって収集した情報の精度を高めたいのだろう。


 なにせ偉い人ですら存じてる話ともなれば単なる噂であったとしても軽視出来ぬ話に化けるやもしれんし。


 特に俺は州境の関所を補強通り越して要塞建設という穏やかではないレベルの事業を執り行ってる。


 各地で不穏な火種が幾つも燻ってるご時世とはいえ、王都の貴族連中みたいなボンクラでもない限りは真意の一つも確認したいのだろう。


 だがここで「勇者が召喚されました。しかも確認できる範囲だけでも我が国含め周辺国全て保有してると見なすべきでしょう。そう遠くない未来に戦が雪崩現象的に連鎖して起こってヤバイです。つーか多分この国オワコン」とかぶちまけるわけにはいかない。


 ケーニヒ州では既に公認されてないだけで事実上勇者が居るのは知れ渡ってるだろう。貴族共の口の軽さから下々の関係者に伝わりそこから更にと。


 そこから経由して少なくとも各地の節令使とその取り巻きや懇意にしてる地元有力者の耳には入ってるかもしれん。俺ですらリヒトさんら地元貴族には機密事項と念押しした上で伝えてるのだから。


 ただ商都ぐらいになるとどこまで伝わってるか分かり難いな。目の前に居る双子の当主殿らがどこまで知ってることか。


 だがあくまで勇者の存在の有無のみだ。


 そこから先の事は情報ソースは俺の情報収集と知識スキルによって導き出した結論だからな。


 リヒトさん達にすら未だ話してもない事だ。前も言ったが今の段階で亡国の可能性どころか滅亡断言を声高に口にしたら社会的に抹殺されかねないぐらいの危険性は承知してるぞ。


 なので国の現状を語るということは流れで要塞の件なども話さないといけなくなる。単なる心配性の酔狂で流すには金も人も投じてる数字がデカいからな。


 とぼけた風を装いつつも俺は脳内で瞬時にアレコレ考えつつ相手の次の発言を待ち構える。


「伯は謙遜が下手なようですね。一役人と仰りますが、街の片隅の業務だけに携わる小役人と一州を預かる全権代理人とでは見聞きするものも大いに異なるでしょう」


 次に口を開いたリールさんはそのように答えた。


「それに王都に住まわれてた時の荒稼ぎも閃きだけでは成し得る事は不可能。情報を多く集めてそこから商機を見切って動かれたからこそでは?それを未だ活用されているならば決して私らに負けず劣らずのモノをお持ちと思われますが」


「……あなた方というより御父君はこんな若造の金稼ぎにそこまで目をつけてましたか。今もなおと思われてるとは」


 確かにリールさんが言う通りアイディア浮かんだだけじゃ駄目だ。


 需要と供給や実現可能の為の素材集めなど王都以外の地の事も知らなければとてもではないが絵に描いた餅というもの。


 なのでパオマ神父のような情報屋達を積極的に使ったし理由付けてレーワン家に仕える者らを即席密偵に仕立てて各地に放ったりとしたものだ。


 そしてそれは内容を変えつつも未だに継続している。商売関係から国の現状というものにだ。


 とにかくネットどころか電話もないような世界だから情報は大事。なので当たり構わず情報収集してればそりゃ商売の同業者のアンテナにも接触するわな。


 先代から俺の事を幾つか聞かされてるのならとぼけすぎても無駄だな。


 そう判断した俺は小さな溜息を一つ吐く。


「確かにそちらの言う通り私もそれなりに市井の話は積極的に耳にしてる方ですな。なので多少話が被るのでよければお話致しますと……」


 俺がそう言って双子の当主に提示した国の現状に関する話は簡単に言えば次の通りだ。


 まず北部三州は現在進行形で誇張抜きでヤバイ。


 各節令使が中央にマトモに現状報告してないだけでもマズイのに処理しきれてない。何か行う為にテコ入れが入る予定のヴィッター州が国から介入あるので比較的ゲロってそうなぐらいか。


 内側から崩れるとしたらあの地域からだろう。これで民衆による動乱発生してないとか異常だからな。


 では他の州はというと、ケーニヒ、シュティーア、レーヴェ、ツヴァイリング、そしてヴァイトの五州は当面まだ大丈夫だろう。


 口に出して言わないが特にヴァイト州はこの国滅びようが俺が全身全霊賭けて安定させて守り通す。閉ざされた世界で引き籠りお山の大将とか言われようが俺の安全の為にもな!


 この五州の次にまだなんとかなりそうなのはフィッシェだろう。


 シュティーアが隣にある上にケーニヒとの間に貴族の荘園固まってる地域があるから余程の事態起きない限りすぐさま周りから助け呼べるの大きい。


 まぁ個人的な感想付け加えるなら官の風紀の乱れがフラグ臭さあるんだがな。


 これまでウノトレス伯が節令使勤めてたが去年の夏の終わりに退官を申し出て程なく職を退いだ。で一ヶ月程空白生じたが後任も決まって無事着任したそうだ。


 クレルという近衛軍出身の将軍だと報告書には書かれてた。貴族ではないが代々騎士の家柄であり幾度も将軍輩出してきたというから毛並みは悪くはないという。


 見栄張りと噂されるような前任者がどれだけ正直に現状報告と引継ぎしてるか分からないが、家柄しか誇るしかない貴族が後任でないだけマシかもしれん。


 まだ特に良し悪しの話も上がってはこないから無難に対処してると信じるしかないか。


 そういうやや不安要素がありつつも比較的マシな部類のフィッシェ以外のヴァーク、スコルピオーン、シェッツエ、シュタインボック、ヴァッサーマンはというと、悲観的な見解になってしまう。


 景気のイイ話より情勢不安の話が多いし、要塞建設の労働者の身元調べてその辺りの出身者が多いの判明してるし、何より少なくともシュタインホック州はこの地に来るまでに宜しく無さそうな感じを目にしてる。


 ヴァッサーマンの方でも百や二百ぐらいとはいえ賊が跋扈し出してるのでご機嫌に出歩けるような治安でなくなりつつあるだろう。


 これらから結論を述べると、この国は早く手を打たないと滅ぶ可能性がある。


 本音を言えば「この国どう足掻いても滅ぶ。しかもそう遠くない日に」と断じたいとこだが、そこはまだ自重。


 俺の発言に双子の当主は軽く息を呑む。相手の反応に俺は腕を組みなおしつつ応じる。


「驚きますかな?そちらも各地から集まった情報を基に検討したら危険な領域に踏み込んでるぐらい察せられそうですが」


「……確かに伯の仰るとおり。私らも現状がこれ以上悪化したらとは考えていましたが」


「節令使自ら改めて告げられると事の深刻さに戸惑いを禁じえないものです」


「中央は今はまだ安泰とはいえ、十四州中九州が平和と安定を欠きつつあるともなれば大概の楽観主義者も疑惑ぐらい持つでしょうよ」


 王都の貴族連中はヴァイト除いた四州さえ維持出来れば国を保てるとでも思ってるんだろうがそんなわけあるか。


 単純に考えても一州の人口が六十万前後と仮定して、八八〇万のうち五〇〇万ないし五五〇万は手放すとか狂気の沙汰だろ。地方州は貧困層多めだからって数の膨大さ無視出来る話ではない。


 勿論乱暴な仮定だ。ケーニヒ州で百万以上は居るしレーヴェ州も六十万強居る。で、ヴァイト州は五十万に届かないとかで人口格差地味にエグイわけで。


 だが総人口の六割近くとそれらが住まう土地の消失をいきなりやれば国として死に体だろうという考えそのものは間違ってはなかろう。


 更に失ったとこが文字通り消えるとかでなく保ってる部分を襲う反抗分子になるとすれば猶更だ。


 反抗でなくともだ、歯向かう気はないから助けて欲しいと泣きついてくる人々を一人残らず賄えるかといえば答えはNOだ。


 四割側だってあくまで自分達だけで食べていけるの前提だろうし、経済力的にもそうであろう。精々切り捨てる側の一割でも無条件で受け入れたら御の字。


 無原則に受け入れたらあっという間に食いつぶされて共倒れ。生産よりも消費の速度が速いのは自明の理。


 では自衛行って排除が正解かと言われたらそれも違う。共倒れの内容が喰い潰し合うが殺し合うに変わるだけ。


 安易に切り捨てればいいってもんじゃないからこそ事態は深刻なのだ。


 この程度の事も分からない奴らが権力握ってる率高い現実。


 貴族の大半は自分の衣食住が誰がどのようにどれだけ労力かけて成り立ってるか微塵も考えず庶民を見下してる阿呆どもだからな。ありふれた亡国の兆しとはいえ舌打ちの一つもしたくなる。


「私どもの方でも北部三州にある支店から報告は上がっておりました」


 改めて認識せざる得ない現状に幾分顔色悪くしつつラーフさんが答える。


「三年程前から売れ行きが悪くなった事と材料調達する際の費用が増しつつある事が三州に展開してる十六店舗中十四店舗から上がってました」


「これが一つ二つならそういう時もあるかで済むのでしょうけど、この報告がほぼ同時に我が家に来たときは珍しく先代である父もその日はずっと険しい顔されてまして」


「今、姉が言ったように一つ二つなら大した問題ではなかったのです。ですが、一昨年も同様の報告が上がり、去年ついには残り二店舗も似たような話が来ては大きな決断をする段階に至りましょう」


「その去年までは辛うじて例年通りだった店舗というのは?」


「ヴィッター州の州都支店と国境近くにある町の支店です。あちらは隣国であるパクレット王国との取引もあって北部でも重きを成してるのですが」


「ははぁ」


 やはりというかなんというか。


 去年からいかにも「近日中お前ら敵認定します」な動きを見せていたが、情報だけでなく物流も締め付けだしたわけか。我が国もだがあちらさんも。


 皮製品といえばカバンとかコートとかいわゆるオシャレそうな品物イメージされるが、この世界においては日用品としても軍事用品としても需要が多い。だから彼らのような商会が繁盛してるわけだが。


 これが純粋に生活用品オンリーでというなら隣国と取引せずとも国内で調達して国内のみで消費で済むだろう今の人口から考えると。


 鎧や盾など軍事物資向けも平時ならば問題ない。問題になるとしたら急に大量に生産する必要が出てくる時だろう。


 パクレット王国も通常なら稼ぎ時と見て我が国に精々高く売りつけるのだろうが、どうやら矛先が自分に向かってると悟れば多少の欲も冷めるというもの。


 しかし売り惜しみ発生したところでそこまで困るのだろうか?と、俺は内心首を傾げた。


 俺の知ってる範囲だと正規兵全てに質はともかく装備一式は行き渡ってる筈なのだがな。


 何か大きな事を起こす前に気前良さ発揮したとして、劣化の激しい物を所持してる兵士を対象に新調品支給するにしても国内で余裕で賄える筈。


 妙に解せぬ気分ついでに俺は双子の当主に他の六州の最近の支店の様子も訊ねてみる。


 返答はというと、北部三州の支店が窮地に追い込まれてる故にしわ寄せが来てるのだという。


 ただでさえ政情不安の足音が聞こえだしてる中で調達も日々難しくなっている。治安が悪ければ材料調達の為の人や金は高くなるのは当然だな。


 それなのに少しずつだが役人らが優先的にこちらと取引するよう高圧的に催促してきているというのだ。


 金出して貰えるなら相手が誰であろうと笑顔で応じるのが商売人。けれどもこのタイミングでの急な突き上げには流石に疑念を抱く。


 関連して上からも下からも様々な物資がケーニヒ州へと集まっていくという話も聞いているというのだ。


 国の中心で一番栄えてるとこに人や物が集まるのは普通だが、集まる質量と速さが普段と違うというのはどういうことだろう。


 こういった悪いとしか思えない話が集まってくるとなれば、今後の事を誰かと話すべきと判断するのは必然。


 全国展開してる老舗商会の当主が憂いつつそういう話をしたがるのも物凄く分かる。


 俺だって今まさに集めた情報の答え合わせじみた事をやって憂鬱になりそうだよ。


 内容が内容なので仕方ないとはいえ、お互いに情報交換してお互いに溜息を吐くような陰気な気分を最初からやる羽目になるとはなぁ。


 先に景気の悪い話済ませた。と前向きに考え直したいとこだわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る