第69話来年やる事が一つ決まりました。

試合会場のすぐ外側では未だ祭りが終わる気配はなく陽気な喧騒と音楽が耳に僅かながらも流れ込んでくる。


 格闘技大会試合会場内にある貴賓席。リヒトさんを除く地元貴族組は一足先に帰宅しておりこの場に居るのは俺とマシロとクロエとリヒトさん。そして老傭兵のリッチ。


 貴賓席から少し離れた所にターロン他数名の私兵部隊の人間を見張りに立たせてるが、係員らには引き続き清掃と明日に備えての点検を指示してるので周囲には居ない。


 更には貴賓席は簡素ながら上手く周囲から見られにくくしてる造りをしてるので少しの間密談するには打ってつけとなったわけだ。


 石で作られた小さな卓に蝋燭の灯が一つ燈ってる。この時間になると夕焼けも分刻みで退場していき夜の気配が濃厚になるわけでとりあえず一本。長引くようなら卓の下に用意してある数本にも火を点けるさ。


 なので小さい卓を挟んで俺達とリッチは顔を寄せ合う勢いの近さで話をすることとなる。


「……場を設けてくださった事に感謝致しますが、失礼ながらかなり無防備ではありませんかな?」


 最初は離れた所で片膝立てて頭を下げた状態で話そうとしてたリッチに対して俺は「他は知らないが大事な用件あるならそれは話し難い」と言ってここまで来させて着席させた。


 彼はそれを含めて俺の地位にからすればあまりにも不用心な態度が引っかかったらしい。同席してるリヒトさんも口にはしなかったが蝋燭に照らされてる顔に不安の影が見えた。


「もし私がその気でしたら少し手を伸ばすだけで節令使様の首に手をかける事も出来ますし、服の袖や襟を掴んで引きずり倒して刺す事も出来るのですよ?」


「まぁそうだろうな。大会での卿の戦いぶりからすれば私なぞ赤子の手をひねるように折られておしまいだろう」


「それでしたら。いやそれだからこそ」


「しかしだ。私の左右に居る者らが卿がやろうとした瞬間に卿を死体にしてる。私の首でも服の一端でも触れさせる事もせずやってのけると断言してもいいぞ」


「……確かに、私の長年の経験から来る勘というものが今も最大の警戒を促してきてますな。気が緩むと全身冷や汗吹き出そうな程に見た目に反して恐ろしいと思える」


 俺の頭や肩に馴れ馴れしく腕を乗せてる奔放すぎる少女二人の姿を見て。いや間近で見たからこそかリッチは引き攣り気味の苦笑いを浮かべて見せた。


 やはり分かる奴には分かるもんだな。今まで会ってきたやつの九割九分ぐらいは見た目しか観ずに舐めた態度とっては痛い目みてきてたが。


 ただこの二人の底の深さまでは流石に分かるまい。なにせ俺だって把握してねーんだから。


 只者ではないと看破された二人は相変わらずな笑みを浮かべて「イェーイ」とか投げやり気味に声を上げてる。


 しかしふざけてるようだが仮にリッチが害意を示した瞬間に笑みと調子を変えずに老傭兵の首と胴を泣き別れさせてるだろうな。何度も抱いてる感想だが戦闘力だけなら文句なしなんだよなぁコイツラ。


 とまぁこうして挨拶がてらに対談形式に関して一応納得してもらったことで早速本題に入ってもらうことにした。


「卿がフォクス・ルナール商会に属してる元傭兵というのはロート子爵と、少し離れた所に居る私の部下の話で把握している。でだ、それを踏まえて話の前に確認したいことがある」


「と言いますと?」


「単刀直入に訊ねよう。卿は雇い主からどこまで権限を与えられてきた?」


 単なるメッセンジャーとかならベラベラと話しても仕方がない。僅かでも権限与えられるような地位に居る人間ならば少しぐらい込み入った話をする価値もあるかもしれない。


 それにまぁこんな質問しておいてなんだが最低限の保証はされてると踏んでるから本当に確認に過ぎんのよこれ。


 俺のストレートな質問にリッチは首を傾げて考え込む。


「……質問を質問で返す非礼をお許しください。私がどう答えようと真偽を証明する術を持ってませんが、そこの所は如何ですか?」


「だろうな。言っておいてなんだがあくまで形式的な確認で他意はない」


 当然の問いに俺は淡々と即答した。なにせつい数十秒前に思考してたことを口にしただけだからな。


「傭兵としてもそれなりに名が通っていて老舗商会で護衛業務とはいえ当主の側近を務めてる男なのは知ってる。なので単なる伝言係ではないのだけは最低限保証されてるわけだ。そこで卿自身の口から具体的なとこを訊いておきたかっただけだ」


「なるほど」


 俺の考えなど露知らずリッチとリヒトさんは「そう考えての上か」と頷き返してくる。


 そうしたやりとりを経て改めて問うとリッチは口端を指先で掻きつつ口を開いた。


「信じて貰うとして言いますと、私は当主から用件を伝えて可能ならばその件で色よい返事を貰えるよう交渉もしてこいとは言われてますな。それ以外の事は私の見聞きしたことを報告するようにと。それ以上でも以下でもないです」


「全権委任や完全な代理人ではないと?」


「そこは商売絡むことですしな。私みたいな商売の心得ない者にやらせることは出来ないですし、そういう話は今後次第ということで保留らしいです」


「なるほどな。では商会の当主は私に何を望んでいる?」


 内容は十中八九察しはつく。というか突飛な発想でなければ基本を押さえてくるものだろう。


「大層なものではありませんな。簡単に言えば節令使様に商都の方へお越しいただいて今後の事を含めて話し合いを希望しております」


「ほほぅ?」


 予想が当たってたので俺は特に驚く風もせずに曖昧に頷いてみせるに留まった。


 やっぱり内容はビンゴだった。俺がやってる或いは今後もやろうとしてる事に対してお金の匂い嗅ぎつけてきたわけだ。


 そこに至るまでの事も概ね想像出来るが会話の流れ的にというか礼儀や形式的に訊ねてはみる。


 リッチが語ったのは以下のような事であった。


 フォクス・ルナール商会は王国中に支店を持っている。州に一つは最低でも構えてるので当たり前だがここヴァイト州の州都にも店はある。


 なにせ建国直後から存在してる老舗だ。ここにも開拓されて間もないころから売り込みに来て店を構えてるだけあって情報得てからの行動は素早いものだ。


 王宮や貴族らに太いパイプあるのもだが、各支店が冒険者ギルドばりに報告連絡相談をマメに行ってるからこそ情報入手が容易なのであろうな。


 ヴァイト州支店から最初に本店へ報告が上がったのは五月の事。


 後任として年若い節令使がやってきたことと、その節令使が州全土に今年の税を二割減にすると到着したその日に告知したことを報告したという。


 その時は報告した支店も当主を含む本店の人間も「思い切った人気取りしたものだ」ぐらいにしか思わず事務的に流したが、以降の続報を受け取るうちに考えが変わった。


 着任早々の綱紀粛正、回廊の要塞化、浴場建設をはじめとする公衆衛生事業、新たな情報設備の開発と設置、現地の経済促進計画、部族征伐及び和約による西部方面再開発や大山脈開拓計画などなど、短期間で行われており今も続けられてるこれらの事業に彼らは目を瞠った。


 そしてそれらを可能にする俺の資金力に注目したというのだ。調べてみるとここ数年で王都で様々なものを売り出して荒稼ぎしてる貴族の存在を改めて思い出したらしい。


 当時は貴族の中にも商才ある奴がいるものだぐらいにしか認識なかったが、調べて大雑把ながらどれだけ稼いだのかも把握して驚きを隠せなかった。


 着任前からそこら辺の商人よりも商才発揮して、着任後に様々な事を行う行動力発揮している男。


 半年足らずでここまでやってるとなれば一、二年後には何をやってどう利益を上げてるのだろうか気にならないわけがない。


 こんな人物に注目や関心を持たない方がどうかしている。王都に住まう王や貴族連中は何をしていたのだろうか。


 どうにかして接触して何を考え何を見据えてるのか問うてみたいものだ。


 などと考えた当主はヴァイト州支店に情報収集を継続させつつも信用できる者に直接確かめさせるために派遣を決断。


 格闘技大会なるものが開催されると知るやすかさずリッチを送り出したという。それでも到着したときには応募締め切りギリギリだったらしく潜り込めて一安心したとか。


「現地調査ならわざわざ大会に出場しなくともよかったのでは?」


「どんな催しなのか確かめるには可能な限り当事者側へ潜り込んでみたほうが良いと思いましたので。それにどうせなら箔をつけて面会申し込んだ方が覚えも良かろうと」


 現にこうして思ったより素早く場を設けてくださりましたから。と、リッチは笑った。


 そりゃまぁ単なる商会の使者というよりかは印象残ったけどね。自分をアピールする事で自分の所属先を意識してもらおうということなのかな?


 しかしまぁ思った通りだな。キャッチしてからの行動の速さはこの時代のスローライフっぷりからすれば迅速に値するかもしれんね。


 俺としても経済関係で地元以外と繋がり持てるなら持ちたいと思ってた。それがこんなにも早くやってくるとは少し驚いたがな。


「……だが幾ら老舗の豪商とはいえ節令使様を呼びつけようなどと無礼の極みではないか使者殿?」


 ここでようやくリヒトさんが口を挟んだ。その口調には責める響きがある。


 いつもの温和そうな表情に些か怒りと不快感があった。らしからぬ感じに内心小首傾げたがどちらかといえばリヒトさんのが正常な反応だとすぐ気づいた。


 普段は単なる肩書ぐらいにしか思ってないとはいえ代を重ねてる貴族の端くれ。身分的にもなぁなぁで済ませるわけにはいかないと考えるのはこの世界のこの時代の常識としては間違ってない。


 しかも節令使という役職が重要なことも熟知してるのもあって商会側が本来は平身低頭して来るべきであると考えてる。


「節令使という重大な職務に就かれてるレーワン伯爵はこの地を豊かにするために日々ご多忙なのだ。商都やそこに住まう商人らとの誼が出来るのは損ではないとはいえ、こちら側はいますぐ必要ではないのだぞ。その申し出が名のあるとはいえ一商人の増長となれば看過は出来ぬぞ」


「……」


「金銭に目が眩みすぎて立場の軽重を見誤ってるのではないのか?それとも何か?利用はしたいがこのような辺鄙な地に赴きたくもないとでも思ってるのか卿の仕える当主殿は」


 当人である俺よりも怒ってるリヒトさん。年長者としても貴族としても言っておかねばという気分なのだろう。


 義憤の発露からくるものだから下手に窘める事も出来ない。


 ここで俺が「いやー気にしてないっすよー大丈夫!」とか言い出し辛い。そして立場的にも身分の面子的にも俺は口が裂けても言ってはいけないそんなこと。貴族というの馬鹿らしく思ってても必要以上に軽んじてるわけじゃないからな。


 商会側は無礼なのは承知してのことだと思う。


 目的としては最初に高い要求出していきそこから話し合って落としどころ模索していく流れに持ち込もうとした。


 或いはだ、俺が損得鑑定して多少の無礼を受け入れてでもこちら側との話し合いに応じる価値があると判断する考えていた。とかもありそうだな。


 その場合は来た時に詫び代にある程度の要求は無条件で請けるとかでバランス取ろうとか思ってそうだ。


 分かる。商会側の思惑分かるし俺は受ける気でいた。なんなら後者選択して後から何せしめようかと考えそうになってた。


 そんなわけであってリヒトさんの静かな怒りが先に出てしまってちょっと困惑してるぐらいだ。


 さてどうやってこの空気に割り込むべきかね。


 目を険しくして相手を睨みつけてるリヒトさんと、動じた顔は見せてはいないが困惑した笑みを浮かべたまま黙り込んでしまったリッチを交互に見つつ俺は二度三度咳払いをした。


「あー、うん……リッチよ。訊ねたいことがあるがいいかね」


「訊ねたい事?」


「レーワン伯?」


 やや剣呑な雰囲気になりかけたとこで普段と変わらぬ調子で話しかけてきた俺に二人は戸惑いを覚えたようだ。だがその隙を狙わせてもらうぞ。


「卿はこの地に来て応募に応じそして大会当日まで過ごしてきたわけであるが、その間に州都やその周辺ぐらいは見て回ったであろう。率直に訊ねるがどうだったかね?」


「レーワン伯!?」


 リヒトさんが困惑露わに声を上げたがそれを片手で制しつつ俺は重ねてリッチに問うた。


 俺の質問にしばし瞑目しつつリッチは口を開いた。


「……そうですな。まず先に言いますと、流石に半年そこらで何もかもが劇的に変化してるわけではなかったですな。昔来た時と変わらない処の方がまだ多いような」


「いつ頃来た事が?」


「十四、五年前ですかな。知己を訪ねた折に一月程滞在しておりました」


「ほうほう。まぁこれから変えていく予定とはいえだ、別に無理に変えるべきでないとこまでは手は出さんよ。そういう点でいうなら半年そこらじゃ変わらないな」


 なんでもかんでも近代化すればいいってもんじゃないし、やる気があってもそんな時間と金と人の余裕あるなら優先すべきこと山とあるわな。


「それを踏まえた上ですと、以前より活気がある街になってはいましたな。公衆浴場など目に見えるものを中心に人が日が暮れても集って楽しんでる風で」


「雰囲気が違うと感じられるか」


「はい。治安も以前よりも良くなってるかもしれませんな。自警団の士気や見回る兵士の綱紀も正されてるからか職務への熱意が動きみただけで分かりました」


「治安維持は大事だからな。特に今は祭りの時期であるから夜通しで巡回もしてることだし」


「それに今年限りとはいえ減税のお陰なのか他所よりかは空気が穏やかなのもありますな」


「やはり他はこうではないか」


「ここに来る途中、とは言っても商都のあるレーヴェ州は違うのですがそことここの間の地域は大なり小なり困窮の影が見受けられました。酷い場合は明日生きるか死ぬかの境に居る者も幾度か」


 レーヴェ州とヴァイト州の中間にある州といえばヴァッサーマン州であるが、先端部分ともいえるぐらいの小さな地域が更に間に入る。そこはシュタインボック州の西南端部分にあたるのだ。


 地図からみればほんと先っちょだけとはいえ、実際移動するとなると村や町が幾つかあるわけで。急いでただろうから全部寄ったわけではなさそうだが一つ二つ見ただけでも違い見て取れるとはな。


 つまり安定してる部類にあるレーヴェ州とは境を接してる地域でも不穏かつ不景気は漂い始めてるわけか。あんまり楽しくない情報だなぁ。


「それらを見た後と比べますとここで暮らす人々らは楽しそうですな。明日以降をあまり心配する必要もなく、今日のような祭りを楽しむ余裕すらある。着任されて一年にも満たない方が今でこれだけ良い方向へ動かしてるとなれば数年後にはどう化けてることか」


「……」


「ここに来る前の情報のみでも私らに期待させる何かがありました。そして少なくとも私は確信に至りました。あなた様と誼を結んでおけば必ずや我らにとって益になるであろうと」


「だから会って話し合いをしたいと。私は他と違うかもしれないからそれだけの価値がありそうだと」


「はい。双方にとって悪い話ではないかと思います」


「いや、だから何故節令使様がわざわざそちらへ赴く事になるのかと……!」


「ロート子爵もうよいです。卿の私情なき義憤誠に感謝致しますよ」


「は、はぁ……?」


 外面用の品の良さ全開にした微笑を浮かべてリヒトさんに心底感謝した風な言葉を投げかける。俺の落ち着いた反応に気勢を削がれたリヒトさんが半ば唖然としつつ浮かしかけた腰を下ろす。


「そこまで期待されてるとなれば応えてやるのもまた貴族というもの。節令使程の地位ある者を呼びつけるからには相応の代価は貰いますよ必ず」


「……それでは!?」


「商都へ赴きそちらの主達と話すだけ話してみよう。どういう結果になるかは保証はせんがね。それと話し合いは早くても来年の春以降で頼むよ。一年目終えるまではここを離れるわけにはいかないのでね」


「快い返事ありがたき幸せ。そのお言葉しかと受け取り報告させて頂きます」


「うむ。祭りが終わった後にでも書簡に記すからそれを持って帰るがよかろう」


「重ね重ねご厚意に感謝致します」


 リッチは椅子から立ち上がり地に擦りつけんばかり首を垂れて感謝の意を示した。使者の任を果たした老傭兵の後頭部を見つつリヒトさんが渋い顔して俺に耳打ちしてきた。


「よろしいのですかレーワン伯?王都から地位の鼎の軽重問われかねない案件と見受けられますけど」


「私が出向くもっともらしい理由はこれから考えますよ。なにせ半年以上先の事ですからね。それに一度は商都を直に見ておきたかったですから良い機会かと」


「まぁ確かに商業の事を考えたら一度は見聞すべきところではありますが」


「それに怒るべきとこは子爵が仰ってくださったから私からはこれ以上言う事ないですしね」


「……いやこちらこそ出過ぎた真似をして申し訳ありませんでしたな。節令使の地位にある方の話に入り込むなど私も無礼千万でありました」


「いやいや当たり前のことを当たり前に発言したに過ぎませんよ子爵殿は」


 ボロが出るとかそういう話ではないけど、まだまだ貴族としての立場使うならそれっぽさ抜けないようにしないといかんよホント。


 あそこは立場的にも身分の高さ的にも俺がちゃんと言うべきとこなのに現代日本人感覚でスルーした挙句に軽く引き受けそうになったしね。


 感覚の使い分け大事だわと地味に痛感したよ。自省自省と。


 鷹揚に構えて返事しつつも俺は内心己に対して苦笑を浮かべるのであった。


 こうして俺は十月終わる直前に半年以上先の予定が一つ埋まってしまったのであった。


 まだ今年が二か月残ってるのに自分で予定埋めていっちゃってるとかマシロとクロエから仕事中毒と嗤われてもぐうの音も出ないわ。

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