第67話交流x格闘技大会(優勝者は―)

「つまりあのおじさんはわざと負けたということですなー」


 俺の溜息を聴いたマシロがしたり顔でそう言った。隣ではクロエが相棒の言に無言で頷いている。


「多分あれよあれー。始まる前にリュガ達が話してるの見て露見したから潮時と察したかー、或いはもうちょっとマジな理由とかー」


「なんだマジな理由って」


「あのままやってて本気出してたら殺してたわあの魔族の人をさ」


 あっさりとした口調と声で聞き流しかけたが内容はちと物騒なので踏みとどまれた。


「……えっマジで?」


「マジマジー。だって幾ら体格や力の差あるからってあのおじさんが成す術もなく素人に負けるわけないじゃないー。殺し厳禁じゃなきゃもうちょいエグイ手段やらかして殺って勝ってたわよー?」


「くくく、プロフェッショナルギルティ―の危うきルールの細き糸。免れしデーモンヒューマンのラッキーな回避よ」


「お前らがそう言うんならあの傭兵割とガチで強いんだろうな……」


 なんとなく顎を撫でつつリッチが戻っていった道を見る。嘘偽りないバーリトゥードだったら優勝してたかもしれない。なにせそこそこルールあるコレでここまで勝ち上がってるのだし。


 この大会を今後も開催していくなら死亡事故の一つは起こってもおかしくはない。だが一回目からは勘弁してもらいたいからリッチの引き際に感謝せねばならんかこれは。


 となると喧伝してた傭兵歴二十年も多分鯖読んでるな。年齢的にどう見てももうちょいあちこちで場数踏んでるやつだよそれ。


 運も実力のうちという言葉で照らし合わせるならそういう意味ではガーゼルは本当に素人ながらついに優勝に王手をかけてるのだからこちらも凄い奴だ。


 うんまぁ既に言ってるが初めは成功を収めることが勝利条件なので変に気をてらう必要は薄い。面白味なくていいから手堅くいきたい。


 そういう運営者的な気持ちとしては単純にガタイとパワーのあるガーゼルの勝ち上がりは安心するある意味。


 いよいよ空の彼方が薄暗くなってきた。早めに篝火も焚き始めたのでまだまだ会場内は明るさに満ちてるとはいえあと一試合こなした後は表彰式や一日目閉幕の言葉述べたりとやることはあるから急ぐに越したことはないな。


「それにリュガは終わった後もお仕事だもんねー。あのおじさんと面会してまーた面倒な事になる流れでしょー。若いうちに苦労ばっかり買ってるとかようやるわー」


「くくく、マゾヒズムな社畜の輪舞。饗宴の狂いを遠ざけしディプレシェンな仕事への行進曲」


「将来の為の布石とか苦労の先行投資とかそういう前向きな言い方してくれないかなぁ?分かってるけどそう言われたら萎えるわ!」


 唸り声交じりに抗議の声を上げる。そのやりとりを観てたモモと平成が苦笑を浮かべた。


「二人の言い分はともかくとして節令使殿は明日も会場にずっと居る身なのだからあまり無理はするものではないぞ?」


「そうですよ。終わった後の事含めてリュガさん責任者としてやる仕事あるんですから」


「ありがとう。そちらも明日は屋台含めて部族の印象良くする仕事の方してもらうからこれ終わったら早々に休んでくれたまえよ?いや本当今日はご苦労さん」


 ド畜生二人の遠慮ない言葉の後だから仮に社交辞令だとしても心に染みるねぇ。


 俺のそんな様子にマシロとクロエが揶揄するような笑みを浮かべて後ろから小突いできた。


「いつも傍に居て守ってあげてる可憐で健気で儚い美少女二人に対して失礼じゃないのー?横暴貴族の贔屓反対ー。四民平等にせよー」


「くくく、フリーダムな輝きある絆へのロード。汝を守りし絶対的な獣への賛美と礼賛の敬を抱きけり」


「うるせー馬鹿!言語学者が寝込みかねない妄言垂れ流すしか出来ねーなら夕飯代わりに膝に置いてある軽食でも食っとけや!」


 いけしゃあしゃあと放言する二人に言い返してると肩を叩かれた。やや首を傾げると困惑した笑みを浮かべるシャー・ベリンの顔がそこにあった。


「あのー、節令使様そろそろよろしいでしょうかぁ?」


「あっ、う、うむすまない」


 咳ばらいをして席に座りなおす。小休止の終わりを告げる鐘を鳴らす係員らがそのタイミングで奥へと引っ込むと場内にやや沈黙が下りた。


「あー、うん拡声器ヨシ……さぁて皆様大変長らくお待たせ致しましたぁ――!!長かった激闘の数々もいよいよ最後となりましたぁぁぁ!!格闘技大会一日目決勝戦をこれより始めさせて頂きますぅぅぅ!!!」


 シャー・ベリンの絶叫に会場も熱狂の叫びで応える。先程の試合がやや消化不良気味なのもあって決勝戦への期待も高まりが増してる証だろう。


「まずは左側の道より出てくるは圧倒的巨漢とそれが生み出す計り知れない力!多くの技巧者を力のみでねじ伏せてきたが決勝でもそれを見せつけるのかぁ!?州都の肉屋主人の魔族ガーゼルの入場ぉぉぉぉ!!」


 アナウンスと共に出てきたガーゼルは先程で生じた疲労も見受けられない様子であった。静かにだが力強くリングへと歩を進めていく。


 観客席の一角から一際大き目な声援が飛んでいる。見るとそこには敗退したサイクロをはじめとした数名の魔族がガーゼルへ向かって声を上げていた。


 確か王都に居た時に目を通した資料では国内在留魔族は二〇〇名程。そのうちヴァイト州に住んでるのはほぼ七分の一にあたる三〇名前後。


 大体は王都、商都、副都に住んでるがここに暮らしてる魔族は概ね開拓期にやってきて住み着いた人らの子孫らしい。なのでサイクロ以外はガーゼルの親類縁者かと思われる。


「続きまして右側より出てくるのは奇抜な髪型や服装に目が行きがちだが素手でのやり合いならば魔物相手にも後れを取らない逸材!ヴァイト州冒険者ギルドで一、二を争う実力者!!喧嘩上等冒険者フージの入場ぉぉぉぉ!!」


「おおっしゃあぁ!!」


 雄たけび挙げ両腕を高く掲げながら出てくるフージ。すぐ後ろからはセコント担当している彼のパーティーメンバーが続いてくる。


 客席に居る冒険者らから声援が湧いて出る。貴賓席に居るヒュプシュさんも自分の管轄に居る人物の戦果を気にしてるのか椅子からやや腰を浮かして拳を握ってる。


 リングに上がる両者。歩み寄るも接触可能な範囲まであと数歩というとこで示し合わせたかのように歩みを止めた。


 モモやリッチよりも大きく、見た感じだと一八〇はありそうなフージなのだがそれでもガーゼルとの身長差がある。リーチの差は結局最後まで誰も埋める事は叶わずであった。


 しかしながら前の二人と違ってウェイトやパワーは期待出来そうだ。少なくとも異世界ヤンキー相手に巨漢の肉屋も今までどおりとはいかないであろう。


 決勝という空気に当たられてなのか、両選手とも顔には好戦的な笑みを浮かべてるようにも見受けられており各々なりにテンションは高めなのかもしれない。


 当事者含めて誰もが始まるまでの短い沈黙に息を呑んでいたがそれも終わりを告げる。


「はじめぇ!!」


 レフリーの掛け声とゴングが同時に上がると共に決勝戦は始まった。


 まず仕掛けたのはフージである。


 小休止を挟んでるとはいえ連戦してるから疲労も残ってる筈だ。だが異世界ヤンキーはそれを感じさせない勢いでガーゼルにショルダータックルを試みる。


 躊躇いの無いタックルに対してガーゼルは避けることなく両足を踏みしめて正面から迎え撃つ。


 短くも重い衝突音と靴擦れの音。


 フージのタックルはガーゼルを三、四歩の距離分後退させたがそれ以上の効果を許されなかった。常人なら吹き飛ばされて転倒してたであろうが流石に眼前の相手にはそこまで望めない。


 密着されたガーゼルはフージの腰部分を掴む。そして力を込めてるからか奥歯を鳴らす音が微かに聞こえてきた。


 太い腕が一回り更に太くなったかと思いきやガーゼルはフージをリングから引っこ抜くように持ち上げた。そして逆さになった体勢のヤンキーをそのまま下に叩きつけた。


 プロレスでいうとこのパワーボムだ。しかし自分より小さいとはいえ一八〇はあるでろう成人男性をああも容易く持ち上げて叩きつけれるとは。


 リングが衝撃で揺れ動き、一連の流れと生じた光景に観客から驚きの声が上がる。


「おおっとぉ!!ガーゼル選手がフージ選手を頭からリングへ叩きつけたぁ――!?見た所かなり力いれてのことだからこれはまさかの秒殺なのかぁ!?」


「いやまだ終わらないですね」


 シャー・ベリンの焦り混じりの感想を俺は掣肘した。実は内心一瞬だけ「あっ終わったかも」と思ったのは内緒な。


 俺の言う通り、頭から落ちたフージが倒れ込む寸前に両脚をガーゼルの右足に絡めた。そしてそこから身体を捻って相手の右膝に負担を掛けようとした。


 関節技の練度ならリッチのが鮮やかに決めるのだろう。しかしフージにはそれを補うだけのパワーがあった。


 「―――かぁ!」


 脚を中心にほぼ全身を使って圧を加える相手にガーゼルが耐えかねたのか汗を流してよろめいた。冷や汗なのか脂汗なのか、いずれにせよついに巨漢の鉄壁が崩れ出す。


 手をこまねいてるわけではなく拳を振り上げて膝を絞めあげてるフージへ打撃を叩き込むも、狙いを定めない滅多打ち故に辛うじて異世界ヤンキーは耐えられていた。


 ここで素人の面が露呈してしまった。プロなら当てる場所を集中させて負担を速めさせる手段をとるだろうが、僅かでも劣勢になってしまい少し冷静さを失ったかもしれない。


 それでも一撃一撃がその辺の奴よりも重くて痛いからあながち間違いではないかもしれん。とはいえどちらが先に音を上げることか。


 答えはすぐに出た。


 トレードマークのリーゼントを乱れさせ頭や顔から血を流しながらもついにフージはガーゼルを倒れ込ませたのだ。


 今までダメージを受けてると目に見えて分かったとしても、膝を折る事はあっても倒れる様子はまったくなかった巨体の魔族がついに倒れた。


 そう、それが例え関節技から逃れるためにあえて自主的に行ったとしてもだ。


 自ら進んで倒れ込んだガーゼルは絡まれてる方の足を垂直に伸ばした直後にそのままリングに叩きつけた。叩きつけられた衝撃で緩んだところを乱暴に蹴り剥がされてフージがリングを転がる。


 あまりの力技に観客らが感嘆混じりの呻き声が各所であがる。


 ただでさえガタイのイイ成人男性を脚一本で持ち上げるというトンデモないことをやった。その上で絞められてる状態で無理矢理足を延ばして動かすなぞ骨が折れたり筋切れたりする可能性高いのだ。


 普通の人間ならまずやらない。魔族という人間と身体の出来が違うからこそやれる無茶だといえよう。


 それでもノーダメージとはいかなかったらしい。跳ね起きて追撃かけるとはいかずに解放された足を庇いつつ緩慢な動作で起き上がってる。


 倒れさせた事とマトモにダメージ与えられたという点は大きいが、フージの方も先程のパワーボム含めて僅かな時間で攻撃を喰らいすぎてて優位に立ったとは言い難い。


 両者とも距離をとり睨み合う。そのまま攻撃に移行しないのは隙が無いというより互いに与えた攻撃による影響だからか。


 しかし時間稼ぎするわけではないらしく構えをとりつつ改めて距離を測り合っている。自分の飛び掛かれる範囲に達したら即座に攻撃出来るように。


 視線を下の方へしばし向けてたフージが意を決して攻勢に出た。


 接近してローキックを放つ。蹴りの先は今仕方究めていた右足部分。


 弱ってる箇所を攻め手突破口にするのは間違ってはいない。寧ろこの場においては狙わないと阿呆だろう。


 だがガーゼルも素人なりに読んでたのか咄嗟に右足を挙げて痛めてる部分への被弾を避ける。ローキックは空振ってしまうが、フージは瞬時に切り替えてもう一歩踏み出す。


 キックで捻った半身の捻りを利用して遠心力をやや効かせたパンチをガーゼルの上げた右足の内側太もも部分に叩きつけたのだ。


 思わぬとこに打撃を喰らって顔を顰めるガーゼルを意に介すことなくフージは更に踏み込みパンチを浴びせていく。


 魔物相手に肉弾戦やって稼いでるだけあってスタミナと勢いは瞠目に値する。相手に反撃を許さない乱打の嵐は確実にガーゼルを追い詰めていく。


 拳が肘が蹴りが膝が、当たりどころか良ければ一撃でその辺の魔物も殴り倒せる威力の攻撃を受けて防戦一方である巨漢の魔族。心持ち身を屈めて両腕でガードをしたまま後退していく。


 今までの相手でもそれなりにダメージ受けていたが、それでもここまでの威力を喰らったことはなかったであろう。それだけ体格とそれに伴ってる丈夫さは半端なかったのだ。


 だが今は瞬間的な覚醒をしたモモ並みの攻撃を常に受けてるような状態。人間より身体の出来が優れてるとはいえ一般人の魔族と場数を踏んだ冒険者の人間との純粋な殴り合いとなれば前者にとって悪い意味で未知の感覚だろう。


 初めて経験する圧倒的な不利の立場。


 このままいけばフージの勝利かもしれない。今回は細かなルールを制定していないが、現代の地球における格闘技なら少なくとも判定勝ちに持ち込めるラッシュなのだ。


 いつ声をかけるか機会を待つレフリーやこのまま勝利に雪崩れ込むのかもう一幕あるのかと固唾を飲んで経過を見守る観客。


 集中する視線を気にせず或いは気に掛ける余裕もなく攻め続けるフージ。


 しかし。


 硬いもの同士がぶつかり合う音が小さく木霊した。


「おーっとぉ!!なんと防戦に徹していたガーゼル選手がまさかの反撃ぃぃぃ!!右正拳突きがフージ選手の顔面に直撃!!そしてフージ選手が仰け反って吹っ飛んだぁぁぁ!?」


 シャー・ベリンの実況通りだ。ガーゼルはようやく反撃の一撃を御見舞いしてのけたのだ。


 しかも故意か否か上手い事カウンター狙ってだ。フージが更に踏み込もうとした瞬間をジャストタイミングに捉えて渾身の一撃を放ったのだ。


 口や鼻から血を出して倒れるフージ。鼻先は確実に折れてるとして歯が折れてないのが奇跡なぐらいにど真ん中を打ち貫いてる。


 たった一撃で今までの攻勢が嘘のように霧散した。再び互角か或いはパワーバランスがガーゼルへ傾いたか。


 やはり魔族は凄くて恐ろしいな。こうなってでもなお戦える身体と意思を持てるとは。


 全身の見える範囲で赤黒い痣を作り痛みに呻きながらも巨漢の魔族は構えを解かずに仰向けに倒れてる異世界ヤンキーに向かって突進しだした。


 リングの外側でフージの仲間らが彼に向って「起きろ起きろ!」と悲鳴じみた呼びかけをしている。聞こえたのかフージは前転を幾度かしつつ辛うじてガーゼルの突進からは逃れる。


 ガーゼルが振り向きざまにフージは彼の脛に蹴りを一発喰らわせる。弁慶の泣き所を打たれたら魔族でも流石に痛いのかガーゼルの前進が止まってその場からしばし動こうとしない。


 その隙にフージは転がるように距離を取りつつ立ち上がる。


 再び睨み合いとなるが両者ともダメージを受けてるからか容易に動けずにいた。


 見た目的にはフージの方がダメージ大きそうである。しかし負傷も仕事のうちである冒険者とミスしない限り負傷は差ほどしない肉屋とでは被弾の時の心身の耐久力は違ってくるもの。


 ガーゼルはここに来て今まで受けてきた分以上のダメージを受けていてやや動揺の兆しが見えないわけではない。そこを上手く突ければフージの勝ち目が増すであろう。


 などと解説をいれてはみたが結局は当の本人らが現状をどう受け止めてるかなど分からない。分かるのはあと数打で決まりそうな空気っぽいことぐらいだ。


 フージは大会開始から一貫して攻めの姿勢を崩さない。そして今も再び攻撃を開始する。


 喧嘩屋気質がビビッたら負けだとざわついてでもいるのか馬鹿だから後先考えてないのか。


 距離を縮める直前に右ストレートを打ち込み相手を揺らす。最接近してからの殴り合いでケリをつける気なのだろうか。


「ここまで来たら優勝だオラぁ――!!」


 己を鼓舞するかのようにそう叫んだフージが更に左フックをガーゼルの脇腹部分に当てていく。


 脚にダメージを受けてるガーゼルは即応出来ずに力を込めて踏みとどまるので精一杯だ。


 ついに密着せんばかりの距離まで近寄ったフージが拳を大きく掲げて振り下ろした。拳がガーゼルの胸板を直撃して巨漢の魔族が心なしか前かがみとなった。


 このままフージが攻め勝つかもしれない。そう思われたときである。


 前屈み気味の姿勢であったガーゼルが突如勢いよく頭を下げてきた。下げた先にあるのはフージの頭部。


 再度硬いもの同士がぶつかる音が木霊する。


 頭突きとはな。しかしフージは自他ともに認める石頭でありアドレナリン出てる今の状態なら持ち堪える事も出来るから決定打にはならないような。


 と思われたのだが、なんとフージが頭から血を飛び散らせてガーゼルから身を引いたのだ。


 予想外の事にどよめく会場。だが俺を含めてその場の全員が数瞬後にある事を思い出して「あっ!?」と声を上げることになる。


 ガーゼルは昆虫みたいな複眼の目が印象的だが、もう一つ容姿で特徴があったのだ。


 そう、彼の頭部にはガゼルみたいな角が生えているのだ。


 流石にガゼルそのまんまの長さの角ではないが、俺辺りが例えて言うならば鬼の角のような感じの長さと太さなやつだ。それでも十分ぶつかれば痛いやつだ。


 そんな角がだ、パワーのある奴が半ばヤケクソ気味に力任せにぶつけてきたらそりゃ血飛沫ぐらい出てしまうよね。


 刺さったら長さ的に脳みそがヤバイし最悪死ぬことになる。しかしフージが頭から流れる血で顔面染め上げつつも辛うじて立っているので刺さってはいないようで少し安堵した。


「ま、ま、まだやれるぜぇ―……!」


 リング外の仲間達が蒼い顔して騒ぐのを無視してフージが雄たけびあげてガーゼルへ殴りかかった。


 まさかそこから間を置かず反撃してくるとは思わなかったガーゼルはその拳を左腕に受けて大きくよろめいた。


 しかしよろめきつつも痛む脚で踏みとどまりそこから右フックを放つ。それはやや距離が開いた為に拳の半分ぐらいがフージの右頬にめり込んだ程度であった。


 けれども最早それで充分だった。


 頭突きのダメージが致命的だったのか、つい数分前ならかすり傷程度にしか思えない打撃の衝撃ですらかなり響いたらしい。フージは二度三度足を踏み鳴らして持ち堪えようとしたもののついに崩れ落ちたのだ。


 騒がしい男の騒がしい戦いの最後とは思えないぐらいに静かに倒れ伏した。


 会場内に沈黙が下りる。ガーゼルですら何が起きたのか頭が追い付いてないのかフックを放った体勢のまましばし固まっていた。


「あらー。面白味ないけど順当な勝ちだったわねー」


「くくく、手堅きセオリーのファースト。有終の美をアートするクラップラーの夢の跡」


 唯一まったく周囲に感応せず動じずなマシロとクロエのコメントに我に返ったシャー・ベリンがマイクを握りなおした。


「し、勝者ガーゼル選手です!!第一回格闘技大会個人戦優勝者は魔族の肉屋ガーゼル選手でありまぁぁぁすぅぅぅ!!!」


 彼の言葉に我に返った人々らは慌てて絶叫と拍手を惜しみなくリングに居る勝者と敗者に降り注ぎだすのであった。


 俺も解説者という立場も忘れてしばし呆然としつつ無言で指先で頬を掻くしかなかった。

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