第65話交流x格闘技大会(幕間と準決勝)
惜しみない万雷の拍手が場内から上がった。
戦いの素人ながらもここまで勝ち進めてるガーゼルにもだが、それよりも巨漢の魔族相手に勇猛果敢さを見せた部族の女性に対するものが多くあっただろう。
ガーゼルも場の空気を察してるのか手を振って応えつつも顔には苦笑を浮かべている。
判官贔屓と言えるだろう場の空気に異議唱えるのもおかしな話と分かってるのもあるが、恐らく実際戦った故にモモの奮戦に感じ入るとこもあったのだ。と、俺は推測してみたり。
担架に運ばれるモモを見送った後、ガーゼルも静かにリングを降りていく。彼も一応ダメージ受けてはいるだろうから次戦に備えなくてはならんだろうしな。
気を失ったモモはそのまま治癒室へ担ぎ込まれる。ここまでの負傷に加えて最後の一撃で肋骨辺りは確実に折れた筈だから至急手当が必要だろうから。
と思われた矢先だ。
「あっそーれ、ホーイミーィー」
半歩後ろからマシロのおふざけ気味な声がした瞬間、やや離れたとこに居たモモの身体が発光しだす。それも一瞬で消えると共に気絶してたモモが跳ね起きたので周囲が騒めいた。
「……なんだ、私は骨の数本折れたか砕けたかしてた筈なんだが、今はなんともないぞ?なんだこれ?」
不思議がって自らの身体を触るモモとマシロの方を凝視する平成達。
治癒魔法かよ。あるにはあるが他の魔法と違って割とレアなんだが。
しかもあんな短い呪文(というかマシロは無詠唱でやれるので単にポーズだが)のみで瞬時に全快するレベルのやつとか治癒魔法使い数千人居たとして一人存在するかしないかぐらいに更にレアなんだが。
どれぐらい貴重かといえば、それやれる奴は多少問題持ちでも国の最高権力者の専属に即スカウトされるぐらいにはだ。国王とまでは行かないが大臣辺りが三顧の礼しかねない。
本当になんでも出来るなと感心すると共に本当に空気読めないよねと歯噛みしてしまう。
公衆面前で躊躇いなく堂々とそんな事をするな。無駄に目立ってなんか厄介なのに目をつけられたらどうするんだよ。
マシロとクロエの心配というより高確率で巻き添え喰らう俺自身への心配だ。
案の定目の届く範囲に居合わせてる人々らがこちらとモモを交互に見つつヒソヒソ話をし出してる。
観客も選手もセコンドも係員も。誰もが話だけは伝え聞いてるようなモノをスナック感覚で見せられたらそりゃ思わずこっち見るわな。
貴賓席側に居るヒュプシュさんが目を見開いてこちらに熱い視線を送ってるのなんとなく分かった。目を合わせたら最後と思って振り返って確認はせんけど。
視線のやり場に困って目を泳がせてると、傭兵のリッチがこちらを見てるのに気づいた。
流石に驚いてるのか冷静沈着そうな風だが目をやや見開いて俺とういうよりすぐ後ろに居るマシロとクロエに視線を固定させていた。
様々なとこを行き来したり見聞きしたりしてるであろう老傭兵からしても珍しかったんだろうなアレ。
俺の視線に気づいたのか、リッチは小さく目礼すると踵を返して控室へ戻っていった。
どこに所属してるか不明な奴に妙な関心持たれちゃったよ。現代地球の通信機器あるなら即連絡入れてる流れだよあれ。なくても試合前に簡単に報告書したためてるやつだよねあれ。
額を抑えて呻く俺なぞどこ吹く風でマシロは果実水を満たしたコップに口をつけていた。
「うーん、善行をした後の一杯は格別だわー」
「くくく、ヒールオブキューアなボランティア。痛みより救われし者の安堵のセイフティー」
「うるせー馬鹿!!糞面倒な対応するかもしれん俺の身にもなってみろや!?」
自分らの行動が周囲をどれほど騒めかせると自覚した上でわざとやらかすド畜生に俺は貴族で節令使という肩書忘れて公衆面前で怒鳴りつけた。
治療するなとは言わない。けどせめて控室に下がらせてからやれよ。なんでわざわざこの場でしちゃうかなぁ!?
俺の切実籠った罵声も相変わらず軽やかにシカトした二人は席から立ち上がってモモの方へ歩み寄った。そしてそのままモモと平成をこちら側へ引っ張ってくる。
試合で勝敗決したから最早関係者でガチ繋がりも隠さずともいいからって露骨すぎだろ。
お前らは気にしなくてもいいけど俺にも立場ってもんあるだろうにまったくもう。
などと内心言いつつも、動きを止められなかった時点で追い返す気も失せてしまったので黙認することにした。ちょっと面倒臭いと思ったら投げやりになる俺の性格見越しての即座の行動だったんだろうよ畜生め。
こちら側まで引っ張られて来た上にいつの間にか用意された椅子に腰かける直前、モモがやや苦みのある表情を浮かべて頭を下げてきた。
「なんだか申し訳ない節令使殿。負けた上にその、なんだ、後日あらぬ疑いかけられそうな接近をしてしまったようで」
「あぁもういいよ。終わった後だからもういいわ。それより良い試合だった。ここまで勝ち残った上であそこまでやれたら十分だと私は思うよ」
「そう賞してくれるならありがたい。しかし世間は広いな。戦士でもない者があそこまで戦えるとは、流石は魔族というとこか」
「私としては最後に君が見せてくれた謎の力が気になるんだがね。率直に訊ねるがアレはなんだね?」
把握しておらず本当に地竜の加護が下りてきた。と答えられる可能性も考えつつ一応訊ねてみる。
モモは腕を組んでしばし考え込みつつ口を開いた。
「恥ずかしながら、地竜の加護を受けし一族。と誇りながらも私らも全て分かってるわけではないのだが……」
モモ曰く、それは数百年前にも遡る伝承だという。
彼女の先祖らは昔は今よりももっと奥の方で暮らしを営んでいた。暮らしてる場所以外は今と差ほど変わらぬ生活だった。
ある時、一族の若者ら数名が狩りの為に更に奥地へ赴いたときのこと。
獲物を追いかけて山の奥地へ進んでいったとき彼らはそこで地竜の巣穴を発見したという。
竜種ともなれば巣穴に接近する遥か手前にて竜そのものを仰ぎ見るか、或いは竜の方が人間を見つけて殺すか追い払うかしてるわけなのだが、どちらもなかったことから留守にでもしてたのだろう。
なら何故そこが竜のねぐらと分かったかといえば、そこに地竜の子供が居たからだという。
子供といっても赤ん坊などではなく、人間にしたら十歳前後かと思われる幼体。その場にいた若者ら全ての背丈を合わせたぐらいの大きさのある地竜であったとか。
幼体とはいえ竜は竜。しかも大地の力を糧とする地竜ともなればこの場に於いては有利不利を論ずるのも愚かともいえる格差があった。
死をも覚悟した若者らであったが、しかし奇跡が起こったのだ。
『小さき者らよ、なんか話してみせろ』
その幼き竜は人間を見て即座に殺す真似はせず話しかけてきた。
或いは親が返ってくるまでの暇つぶしの気まぐれだったのだろうが、とにかく若者らは命拾いをすることとなった。
とは言うが若者らが語れるのは精々自分らの営みに関する事のみ。良くも悪くも単調な生活を何世代にも渡って続けてきたにすぎないのだ。
つまらないと判断されたら気が変わって殺されるかもしれないという恐怖。しかし嘘を吐いたり法螺を吹いたりするには知識や語彙力が足らないので正直に話すしか選択肢はなかった。
語れるとこまで語るにどれほど時間を要しただろうか。あるだけの話題を提供した若者らは恐る恐る幼き竜にご機嫌伺いをした。
『つまらん。だがそのつまらなさがそれはそれで面白かったぞ』
冷静に考えたら無茶苦茶な発言ではあるが、少なくとも気を悪くした様子はないと見た若者らがそそくさと辞去しようとしたときであった。
『退屈しのぎの礼だ。貴様らに加護を与えてやる。今後はもう少し面白い営みをしてみせろ』
そう言って幼き竜は加護を与えて若者らを帰したという。
半信半疑と死を免れた安堵感を抱えて戻ってきた若者らの話を聞いた一族の者達は驚き青ざめた。当然だ。今回は子供が気まぐれで見逃しただけで親の竜に目をつけられたら一瞬で滅ぼされてしまうかもしれないのだ。
彼らは数日後には住み慣れた集落を引き払い逃げるように移動した。彼らにとってはもう一つの奥地である王国方面(まだ入植されてない未開の盆地だが)へと進んでいき、やがて今の集落のある地点までやってきた。
若者らも竜から逃れられた安堵感やその後の一族総出の移動や新しい地での生活に追われて加護授かった件を半ば忘れてしまっていた。
思い出したのは新しき土地での生活が始まった後の事。
当の若者やその子供らが時折人間離れした身体能力を発揮する事があった。
それは魔物に急襲を受けた時、それはがけ崩れに遭遇して半ば生き埋めになった時、それは他部族との抗争で窮地に陥った時。
命の危機といえる状況にて瞬間的に見せる驚異的な力と身のこなし。
最初は偶然もしくは死に瀕した時に発揮する底力(俺が評するなら「鍛冶場の馬鹿力」というかな)だろうということで差ほど考えられてなかった。
けれども周辺部族にはそういう事が起きず、ゲンブ族にのみ生ずるものと少しずつ実感が伴っていったとき、既に老境の域に居た幼き竜に遭遇した者らが加護を貰った件を思い出したという。
我らには地竜の加護がついている。
恐怖でしかなかった存在の竜種からの恩恵を自覚したゲンブ族は現金なもので以降は地竜を崇めつつ自らに秘められた力を誇りとしていった。
とだけ聞けば聞こえはいいが、俺が思うにそれを誇示して周辺部族に対して一定の地位を築ぎあげるのに利用はしたんだろうな。実益伴ったからこその信仰だろうし「俺達はお前らとは違うぞ」と優越感抱くにはお手軽な要素だもんな。
その辺りはモモ達が気を悪くするかもしれんので言わないでおくけどね。
しかしこの世界における上位の存在からの加護というやつは、スキルにせよ強化にせよ極端な話だと常にブーストかかってる状態な筈。
そうではないどころか生命の危機に瀕しないと発動しない制限時間付きの一時的強化という、あまりにも限定的な使い勝手の悪い加護なぞ俺の見聞きした範囲では知らないな。
ただまぁこれに関するアンサーはすぐに浮かんだ。確証はないが恐らくそうであろうものが。
シンプルな話だ。加護を与えた地竜が子供だったが故に半端な効果でしかなかったのだろう。
加護を与える事自体凄いとはいえ、竜種とは言え子供だな。思い付きと自分の能力行使への好奇心で振る舞ったに過ぎない故に効果や先々の恩恵は考慮してなかったのだろうな。
それも何世代にも渡って徐々に薄れ始めてきており効果も更に下がってきてる。死ぬ思いして発動させたのに魔族とはいえ素人相手にほんの僅かな時間押しただけで終わったのだから。
オンオフの切り替え出来るなら今後の人材登用の面や運用で考えるべき要素として組み込むんだが、これは駄目だ。ラッキーパンチ的なものに頼る余裕はウチにはありません。
話を聞き終えた俺は感心したように頷きつつも内心であっさりと決断していた。
ゲンブ族をはじめとする部族らは今後とも一兵士一部隊として遇する。とんでもパワー枠は俺の半歩後ろに居るド畜生二人だけで十分だなうん。
丁度良い時間つぶしにはなった。話を終える頃には小休止も終わりを告げて準決勝の段取りとなっていた。
フージVSケリィ
ガーゼルVSリッチ
準決勝の組み合わせも決まり、すぐさま準決勝第一試合が開始されることになった。なにせこの時点でやや日が傾きかけており、係員の何名かは篝火の準備に右往左往しだしてる。
今日中にというか、会場内の人らがしっかり観戦出来る時間までに終わらせないといけないのでそろそろ巻きに入ってきた感もある。
やはり次回開催は二日だけでなく数日はとらないと駄目だね。余裕ある行動マジ大事よ。
などとしみじみ思いつつ俺はリングの方へ目線を移動させた。
リングにはフージとケリィが睨み合って開始の合図を待っている。
ファンユーとの死闘で大分へばってると思ったが、見た感じ異世界ヤンキーは元気そうだった。しつこいようだがジョセフの露骨なパワーダウン感が酷かったのでカラ元気でも出せるだけマシだろう観る側としては。
ケリィは他の面子と比べたら余力を残しての勝ち上がりともいえるからこの試合も優勢と思われた。
それを差し引いたとしても彼の蹴りのキレや威力は参加者の中でも上位に食い込むものだから強敵であるには違いない。
この勝負のポイントはフージがいかにケリィのキックを捌けるかによるだろう。キックの嵐を耐えきって上手く近接に持ち込んでの肘や膝で沈めるのが手堅い勝利の流れではあるのだがさてどうなることか。
というような解説を述べたと同時に試合のゴングが鳴り響いた。
射程範囲を見極めようと様子を見るフージと蹴りによる射程の長さで攻めるケリィ。という構図を想像してた俺達はすぐにそれを打ち砕かれた。
なんとフージがゴングと同時にファイティングポーズをとりつつ相手に向かって前進し出したのだ。
これにはケリィも驚きを隠せなかったのか、彼は動揺しつつ咄嗟に蹴りを放っていた。
即応出来たのは大したものだが如何せん反射的に出たもので力が今一つ入ってなさそうだ。それが証拠にフージの肩部分に当たったというのに進行を止められず接近を許してしまっていた。
「―――ッ!」
眼前に迫るリーゼント頭に怯んだケリィは苦し紛れにパンチを顔面に叩き込む。
ゴッという固い音が小さく鳴ったがそれだけだ。蹴りよりも弱い、しかも先程の蹴りと同じく咄嗟に繰り出した程度のモノでは被弾覚悟で突っ込んできた相手は止まらない。
額で正面から拳を受けたフージはしてやったりと言わんばかりの笑みを満面に浮かべつつ密着する程の距離まで詰めていく。
殴るのかと思いきや異世界ヤンキーはまたもや意表をついてきた。
接近と同時に殴られたばかりの額を思い切り相手の額へぶつけてきたのだ。
「おおっとぉ!フージ選手まさかの頭突き攻撃ぃ――!?これは痛い!!相手も痛いが本人も痛いだろうによくやりますな!?」
シャー・ベリンが会場内の人々の代弁じみたコメントを発する。俺も半ば呆れつつ無言で顎を撫でた。
「俺ぁ石頭だからよぉ、他の奴よりかは頭突き得意なつもりなんだぜぇ――!!」
そう叫びながら一度で終わらず続けて二度三度ぶつけてくるフージに耐え切れなくなったケリィが大きく仰け反る。だが身体は限りなく密着してる状態は変わってないので自らバランスを崩す真似でしかなかった。
無論フージもそれを逃さない。
仰け反ったことで身体の重心をブレさせたケリィに対して異世界ヤンキーは相手の服の襟元を力強く掴むと同時に足払いで相手を宙に浮かしてそこから身体を大きく半回転させて相手を投げ飛ばしてみせた。
柔道の背負い投げみたいなものか。型はお世辞にも綺麗なフォームではない力任せなものだが、フージの力だからこそ背負い投げに見えなくもない投げ技として成立してるともいえる。
リングに叩きつけられたケリィは身を起こそうとしたもののフージはすかさず相手の片腕と首に両脚を絡めて締め上げだした。
三角絞めが決まったな。
いやはや異世界の中世文明。しかも剣と魔法のファンタジーな世界とはいえ体系化されてない野生のものとはいえだ、格闘技の源流に成り得るものはどこにでもあるものだな。
この時点で格闘技専門の人は存在しており流派なんぞもあるが、まだまだ無手の場合の対処法の意味合いが強い所が多数だ。最初からどんな条件だろうと素手で戦う人間による素手で戦う術としては未成熟ではある。
故にまだ取り立てて騒いで目立つものではない。けれども原石はそこら中に転がってるものだと今大会でしみじみと実感する。
フージに格闘技の才があるのもだが、素手でずっと戦ってきたからこそ自然と身についていったのだろうあれらの技は。
老傭兵リッチの関節技もだけど、こうやって各地で自然発生している格闘技術はやがては体系化されていき、そこから個人のみの技ではなく大勢の人間でも会得出来るようなモノへと発展していくのかもしれない。
それもまた文明の発展ともいえる。
砂粒は積み重なっていきやがて山となる。
俺はその砂粒の一つが大きな粒へ化けようとしてる瞬間に立ち会えてるかもしれないな。
相手の得意な蹴りをロクに出させずに完勝して歓喜の雄たけびをリング内で挙げてるフージを眺めつつ俺はそんな思惟を巡らせてるのであった。
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