第32話はじめてのせんそう(後編)

 そして迎えた翌日の夜明け前なのだが、夏場なのでこんな時間帯でも篝火を盛大に燃やさずとも周囲が見える程には明るかった。


 空気はやや温いが今の所は吹きつける風が涼しいだけマシではある。もう数時間もすればうだるような暑さの一日の始まりだがな。


 簡易ベッドから起き出した俺は水をコップに注いで飲み干すのを二度繰り返し、洗面器代わりの広く深めの皿にも水を貯め込んで勢いよく洗顔を行った。


 テントの外では俺よりも早く起き出した兵士らが出陣準備する声が聴こえてくる。更に柵の外からも馬蹄の音が聞こえてくるぐらいには大勢の騎兵らがあちらこちらへ動いてるのが分かった。


 おおまかな作戦は昨晩説明はしており、味方側の部族らの部隊には手を出さないように厳命もしている。総指揮官として言うことは言った筈なので後は現場レベルで動いてもらうつもりだ。


 皿に残った水を口に含んで勢いよく濯ぎ地面に吐き出す。こうして睡眠時に生じた渇きを癒した俺は億劫そうに服を着替え始める。


 現時点でやれることはやった。あとは予定通りに事が運ぶことを祈るだけだが、はてたまに祈りたい気分になるときにいつも思うんだが俺は誰に祈るんだろな。


 少なくともカミカリ様の野郎でないことは確かだわな。あんなんに祈る程俺はまだ堕ちてねぇわ。


 眠気が残ってる為かそんな緊張感のない事を考えつつ朝支度を淡々とやっていくのであった。






 起床してから数時間後。時計時間にして午前八時過ぎ。


 既に日は高く上っており一分ごとに太陽光が今日も地上を熱しようと気張っている。それと連動するかのように風も涼しさから乾いた熱風へと変化していく。


 まぁ一言で言うなら「既に暑い」となるんだけどね。


 遠くに見えるのは多くの騎兵が移動してそれによって生じてる砂埃。それすらも風景の一部となる大草原。


 物見櫓のうちの一つを司令官専用として使わせてもらっており、更にギルドから借りた望遠鏡のお陰で今の所は自軍の存在をほぼ把握出来ていた。


 これより一時間前、夜明け前に差し向けた斥候からの報告で部族側に動きがあったのを掴んでいた。それに伴ってヴァイト州駐留軍も行動を開始することに。


 騎兵一〇七〇及びターロン率いる私兵部隊三〇は作戦通り俺の居る陣地から離れていっており、マシロとクロエはモモらを見つけ次第確保して連れてくる任務を帯びて騎兵らとは反対方向へバイクを飛ばしていった。


 罠を設置してる場所には点火担当の兵とその護衛合計二〇名が位置について開始を固唾を飲んで待っている状態。


 陣地内には俺の護衛として私兵部隊二〇、輸送部隊三〇〇、伝令係の騎兵三〇、そして歩兵二八〇の合計六三〇名が配置についていた。


数としてはそれなりだが、輸送部隊のうち二〇〇人近くは荷物運びが主な仕事なんで額面通りの戦力とはならない。


 だからこそ現代人からすれば博物館の展示品みたいな火器持ち込んだわけで。通じる通じないの話ではなく通じるの前提での割り振りだから腹を決めるしかない。


 しかしまぁ今回は騎馬戦力だけで済ませたいとこなので無用の長物になるならそれは仕方がなかろうよ。あーでも折角だから実戦での効果も確かめときたいような。


 陣地まで来て欲しいような来てほしくないようなそんなアンビバレンツな気持ちを抱える俺を無視して事態は徐々に進んでいく。


 午前九時。所持してる望遠鏡が性能限界ギリギリの所にて西側に砂塵らしきものが舞い上がるのを映し出した。


念のために望遠鏡を同じ櫓に居る物見役の兵に渡して再度確認をとらせる。素人の誤認で初手しくじるとか笑い話にもならんしな。


 数分程西の方を向いたまま固まっていた兵士が望遠鏡を下ろして俺の見たものが間違いないことを報告した。


「低く広い範囲で砂埃が上がってるように見受けられました。恐らくは部族共は歩兵中心で騎兵はあまり居ないかと思われます」


「なるほど。では予定通りに各自戦闘用意。伝令は騎馬隊と点火係へ報告に走れ。間に合わないと判断した場合はその場ですぐに発煙筒を使用することを忘れずにな」


 俺の指示に兵らは散開して塹壕に入る者や火器設置場所へ駆け込む者、そして伝令役の騎兵らは数騎が陣地の外へと出て行った。


 そんな光景を櫓から見下ろしつつ俺は椅子から立ち上がり腕を上にあげて大きく伸ばした。


 ありきたりな言い方になるが賽は投げられた。あとは俺の予定通りになってくれればいいんだがね。


 俺がそんな事を考えつつも周囲の状況は少しずつ変化を見せていく。


 指示を下してから十数分ぐらい経過した頃、俺はもう一度望遠鏡を手に取って西の方角を覗き込む。


 先程は粒ぐらいであった砂塵巻き上げてる敵影が豆ぐらいには大きくなっており、その豆らは俺の居る陣地の方には向かわずに火薬が積まれてる偽物資集積場所へと移動していた。


 あちらもモモらから話を聞いてる筈なので山を降りたら様子見ぐらいはしてくるだろう。


 で、そいつらが夜闇に隠れてコソコソと探っていれば篝火焚いて見張りの兵士が何名も立っている、いかにも物を沢山積んでそうな複数の天幕の存在を見つける筈だ。


 物の割には人は少ない。となると相手側はそこが軍の補給地と予想するだろう。


 何故陣地から離れたところに堂々と用意してるのか?それは王国側はこちらを蛮族と侮って油断してるからだ。こちらがこんなにも早く来るとは想像してないからだ。と考えるだろう。


 それならばその油断に便乗して補給地を襲い物資を略奪。多くの物を奪い取った勢いで攻めかかればそれに圧されて奴らも逃げる筈だ。と思うことだろう。


 奴らにそういう思考をしてくれるようにモモらには適当におだて挙げて増長させつつ情報をそこそこ流すよう指示している。


 それでもまだか細い糸のような理性が残ってるかもしれないので、駄目押しに主力の騎兵を陣地から離れさせた。


 騎馬の群れが陣地から離れていき尚且つ自分らとは距離を置きつつある姿をみれば元々乏しい自制心なぞ路傍の塵に等しくなるもの。俺らが完全に自分らを舐めてかかってると判断して喜び勇んで行動を開始することだろう。


 お前らがそう思うんならそうなんだろうな。お前らの中ではな。


 これがマトモな正規兵の軍勢ならば、こんな詭計と呼ぶにも値しない子供騙しの罠なぞ軍師や参謀ポジが看破する可能性が高いだろうな。


 無論、奴ら側にそういう人物が居る可能性も考えてたので当日まで不安がないわけではなかった。しかし動きを見てる限り割とマジでヒャッハーしかいないんだなあそこ。もうちょいマシなの居ないのか最大数誇る部族の癖に。


 初陣の身の上で戦を司る神様辺りから鉄拳制裁喰らいそうな事を考えてると、別の物見櫓にて監視を行っていた兵士が大声でこちらに報告をしてきた。


「敵兵らの半分程がこちらが定めた境界線内に入りました!先頭はもうすぐ罠のある陣幕に到達!!」


「確かか!?」


 距離にすれば軽く六、七m離れてるので自然と俺も大声を張り上げることとなる。


「確かです!こちらに居るハーフエルフの兵士が確認致しました!」


 他人種も普通に雑居してる世界であり、混血だって当たり前のように居てこうして兵隊にもなる奴も存在する。純血エルフよりも劣るとはいえ人間と比べたら遥かに視力に恵まれたハーフエルフは軍隊内では見張りや斥候として重宝するものだ。


 普通でもよく見通せるところにギルドから借りた望遠鏡持たせてもいるので一㎞ぐらいの距離なぞ余裕であろうよ。


 そんな視力が売りなハーフエルフ兵の目にはそう映ったというならそうなのだろう。念のために俺も手持ちの道具で何度目かの確認を行いつつ改めて周囲の兵らに戦闘用意の号令をかけた。


 覗き込むと確かに報告通り部族側と思わしき人影の群れがそ簡素な造りの柵や篝火を押し倒して陣幕へと雪崩れ込んでいるように見えた。


 望遠鏡の位置を横にずらすと、一秒ごとにこちらが定めた攻撃範囲内に我先にと入っていく部族の面々が映る。この勢いだと先頭集団が陣幕内の中身のおかしさに気づいたところで止まれないだろうな。


 戦の前に物漁りとは本能に忠実すぎるだろ常識的に考えて。精々これから起こる事で目を覚ましやがれってんだ。


 瞬間、軽度の地震のような小さな地鳴りと共に爆発音が遠くから轟いた。


 次いで盛大な狼煙のように立ち上る黒色交じりの白煙。微風に乗って聞こえてくるのは絶叫なのか悲鳴なのか。


 爆発は最初のよりも小さいながらも二度三度続けて起こり、至る所で白煙が上がっていく。


 どうやら火薬は無事に点火されたらしいな。この時点で戦の半分は終わったようなものだ。


 俺が一人小さく頷いてると遠くから馬蹄の響きが微かに聞こえてきた。大騒ぎとなっている偽物資集積地とは別方向からのそれは駐留軍の騎兵隊であるのは明白だった。


 騎兵隊の方へ目を向ける。群れての突撃であるが密集隊形とはやや言い難く一定数ごとにやや距離が離れている状態であった。


 この隊列は前夜に俺が彼らに指示したものである。


 一一〇〇を一〇〇で一組に編成して十一組とする。それを縦隊をもって突撃し槍や弩や弓矢、そして少数ながらも生産した火薬式投擲兵器―なんちゃって手榴弾だな―等の中距離武器にて攻撃を加える。


 攻撃はそこそこにして敵前回頭して騎馬の機動力にてすぐさま離脱。第一陣が離脱直後に間髪いれずに第二陣が一陣目同様に攻撃して離脱。このヒットアンドアウェイを繰り返して外側から徐々に削っていく。


 言うは易く行うは難しかもしれないけど、経験した事のない大爆発で損害出てる相手側の混乱に生じることが出来れば上手くいくと思う。


 しっかり事が進んでるか確認したいとこだが、流石に約一㎞先ともなると風に乗って僅かに悲鳴や怒声が聴こえてるような気がする程度だ。望遠鏡も手持ちの精度だと豆粒サイズでも何か視えてるだけ良しとしなければならんし。


 九割の確信と一割の不安に揺れつつ俺は無駄と思いながらも望遠鏡を覗き込み続けた。他の兵士らも同様で見えなくとも戦が行われてる方角を凝視し続けている。


 時間にしたら一時間も経過してなかっただろう。しかし随分と長く感じるひと時を一つの報告が終わらせることになった。


「節令使様、敵の一部がこちらへ向かってきてるやもしれません!」


 ハーフエルフ兵の居る物見櫓からそんな報告を受けた俺は指さされた先に望遠鏡を移動させる。


 数は数十なのか百前後なのか分からないけど確かに豆の一部が戦場の血煙から抜け出す動きを見せており、しかも少しずつ形が鮮明になりつつあるような。


 爆発と騎馬の挟撃に耐えかねてイチかバチかでこちらへ攻撃してきたというところか。


 主力は騎兵と判断して、陣地に居るのは戦意の低い留守居に違いない。ならば多少の損害覚悟で攻撃すれば逃げ出す筈だから陣地を乗っ取って騎馬に対処しよう。


 と考えたんだろうなきっと。


 混乱で右往左往してる最中でまだ戦意が高い連中が考えそうな事だ。しかし俺がそれに感応して思惑通りにするわきゃない。


 俺は隣に居た兵士に望遠鏡を手渡し、あらかじめ用意していた射程距離入りを示す地点の目印に相手が半分以上入ったら報告するよう伝える。


 受け取った兵士はやや緊張しつつもしっかり頷いて隣の櫓や下に居る兵らに伝達していった。


 次の行動に移るまでの待ち時間は差ほど長くはなかった。一㎞弱という距離は健康な成人男性なら十五分もあれば歩いて到達出来るのだ。程度の差はあれども走ってれば猶更である。


 櫓下に居る兵士らが口々に攻撃命令を乞うてくる。それに続いて隣の兵が望遠鏡を下ろさずに伝えてきた。


「て、敵の半数以上が射程距離内に侵入しました。ここからだとハッキリと奴らの姿が見えてます!」


 呼応するかのように興奮と恐慌交じりの絶叫がこの距離からも聞こえてきだした。このままいけばもう数分後には目視でも鮮明に見えるだろうなこれは。


「多発火箭点火!」


 俺の指示を兵らが復唱して多発火箭発射係へ伝えていく。


 指示してから間もなく、俺の目と耳は白煙と爆発音を感知することとなった。


 火薬の爆発力で飛んで行った短槍の群れは方向性はともかく全て無事目標に向かっていったらしい。爆発音からやや遅れて痛み訴える叫びが相手側から聞こえてきた。


「続けて投石機発射!」


 煙で視界がよろしくない中で俺は再度攻撃を命じる。


 陶器の破片や製鉄時に生じた小さな鉄の欠片などを詰め込んた大玉を打ち出していく。上手く爆発してくれれば落ちた瞬間に炸裂して周囲の奴らを殺傷してくれることだろう。


 投石機は勢いよく大玉を打ち出す。数瞬後、着弾地点から新たに叫びが聞こえてきたということは上手く爆発してくれたのだろうか?


 確認しようにも火薬や砂の煙でまだよく見えない。仕方がないので俺は塹壕に居る兵士らに弓矢での攻撃を命じた。ここからなら先頭辺りがギリギリ当たるか否かと判断したからだ。


狙いをつける必要はなく声の聴こえる方にとにかく撃ち続けるようにと。


 多発火箭というか旧式通り越して古代兵器なこういう火器は再装填出来ない。出来たとしても凄く時間かかる。厚くて高い壁のある城に籠ってるならともかく、こんなインスタント陣地でそんな悠長な事してられん。


 万が一撃ち漏らしが多めに出て攻め込まれたら困る。突破されるとは思わないが損害確実というのは勘弁して欲しいよ。


 俺の心の声が聴こえてたわけではないが、兵士らも近寄ってくるなと言わんばかりに当たるとか届くとか考えず必死こいて弓を引いてるようだった。


 見た感じ四、五回は矢を射ってた頃にようやく煙がほぼ晴れてきた。


 そこで俺らが見た光景は、見ていて楽しい光景でもないけど期待もしていた光景でもある。


 殆ど立っている者はおらず、居たとしてもどこかしら怪我をしておりここから逃げ出そうとよろめきながら走ろうとしていた。


 多発火箭から射出された槍の直撃を喰らって絶命してるのは十か二十かぐらい。爆発や弓での攻撃も同じぐらいで、残りは死なずに負傷してるといったところか。


 負傷の度合いも立てる奴は逃げ出そうとしており、それが無理な奴は地面に這い蹲って藻掻いてるようだった。


 どうやら俺の祈りが通じたらしい。まだ雄たけびあげて攻めかかってくる奴は一人も居なかった。


 現状把握した俺は兵士をとりあえず五、六〇人程陣地から出動させた。目的は残敵処理という名のとどめ刺し廻りである。


 ほっておいても死ぬのが多数なのに惨いことをと思われるが、今回の戦はこちらの勝利を大勝利として喧伝する為であるのと、少しでもこちらに反抗的な勢力を消していくのとがあるので半端な事は出来ないのだ。


 なので相手の死人が多ければ多いほどいいし、味方の死人が少なければ少ないほどいいのだ。どうせ王都へ報告する際少しは誇張するんだからそれに真実味あるような戦果があるに越したことはない。


 目に見える範囲内で断末魔上げながら剣を突き立てられて絶命する奴の姿拝むなぞ悪夢に出てきそうなグロそのものだが、戦の責任者的に目を背けるわけにもいかんよ。


 露骨に義務感だと分かるようなしかめっ面しつつ兵士らの作業を見守っていると、こちら側から見て左方向からバイクの排気音が聴こえてきた。


 見ると砂埃を巻き上げつつ陣地の中へと入っていく二台のバイクの姿がそこにあった。


 マシロとクロエ。そして薄汚れた白衣を纏う少女の腰にしがみついているゲンブ族族長の娘と、ゴスロリ少女が乗り回すサイドカーのカー部分に深く座り込んでる現代日本人の青年の姿がそこにはあった。


「よー、おかえり。思ったより早く回収できたんだな」


 俺は物見櫓の縁に捕まりつつ顔を出し櫓の下に停車させた二人に声をかけた。


「よー、ただいまー。まぁね目印あったし私らのバイクなら飛ばせばこの辺りなんてあっという間に回れるしー」


「くくく、遠大を走破せし歴戦の鉄騎。ミクロブルーを掴む迅速なるプロフェッショナルなスラッシュ・オブ・タイム」


「そっちも大分派手にやったわねー。ほぼ一方的なパーフェクトゲームとか初陣にしては盛りすぎじゃない伯爵様?」


「科学の力の勝利だたわけ。相手が手練れの正規兵の軍隊ならともかくこれぐらいならこんなもんだろうが」


 そんな他愛ない事言い合いしてると、ようやく加速と風圧から解放されたモモが強張ったままの腕をゆっくりと動かしつつマシロから離れていっていた。


 ちなみに平成の方は乗り物酔いと陣地入る直前に目にしてしまった死体の山の衝撃にて声もなく蹲ってる最中である。


「……マシロ殿とクロエ殿のお陰でこうして早く来られたのはありがたいが、少なくとも今年はもう異界の乗り物は乗りたくない。乗るぐらいなら足が折れるまで歩き続けることを選ぶぞ」


「ごめんね。仮にここにも速度に関する法律あったとしても守るか怪しい面子でごめんね」


 とりあえずこいつらの主ポジに居る身として素直に謝罪しとく。


 青ざめつつもしっかりと自分の足で地面に降り立ったモモが俺の方を見上げてくる。


「節令使殿の指示どおり、私の率いる部隊の者らは私とヒラナリが乗り物に乗ったと同時に撤退していったぞ!」


「そうか。で、ちゃんと声掛けもしてくれたかな?」


「前々から示し合わせもしていたし、こちらに攻め入る直前に文字読める者に台詞を書いた紙を渡してるから抜かりはない筈だ」


 モモらは本隊を支援するという名目でコッワ・フエールサ両部族の部隊から距離を置いており、撤退時には逃げつつも戦闘中の場所ギリギリのところから「モモ様が捕まった!」「敵は我らを攻撃して迂回しようとしてるぞ!」などと叫んでもらう手筈をとっている。


 混戦の最中でこの叫び交じりの報告がどれだけ耳に届くかは怪しいものだが、仮に聞いたとしたらいよいよ負けを確信する段階になるだろう。


 不意というにはあまりにも未経験な攻撃を受け、自分らの間合いに殆ど入らず入れ代わり立ち代わりな攻撃も重なり、そして偽情報とはいえ別動隊に退路を遮られようとしている。


 これで逃げ出そうとしない奴は蛮勇というのも愚かしい馬鹿か極限状態で発狂してるかだ。反撃なぞ考えず逃げ回ってもらいたいものだ。


 予定としてはあえて逃走を阻止せず相手には全力で逃げてもらって構わない。ただし逃走経路以外からは追撃して数を少しでも減らす。囲師は必ず欠き窮寇には迫ることなかれというやつだ。


 あとは連中が麓付近まで逃げ込んだのを確認したら騎兵隊が帰投してこの戦は終わりだ。とりあえず俺はただ帰りを待つだけが残りの仕事となるわけで。


 暇を持て余すのもなんだし兵士らに死体処理の仕事でもさせようか。と考えつつあったときであった。


「節令使様大変です!」


 隣にて上司の代わりに望遠鏡で周辺を見回していた兵士の切迫した声に俺は怪訝な表情を浮かべた。


「どうした何か見つけたのか?」


「罠の設置されていた方角をご覧くださいませ!」


 そう言って返された望遠鏡を手に取り俺は言われたとおりにそちらを覗き込んだ。


 最初は当然ながら豆どころか粒でしか見えないのだが、それでも明らかに人ではなくましてや人馬でもなさそうなものがそこにはあった。


 嫌な予感がして俺は今日は過重労働気味なハーフエルフ兵の物見に命じて確認を急がせる。


 しばし無言で示された方角を凝視していた物見の者が顔を強張らせながらこう告げる。


「戦場付近に魔物の群れが寄ってきてます」


 まさかもう一門着あったとは。楽には終わらせてくれんか。


 俺はその要素を失念していた自分自身に向けて舌打ちするのであった。

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