第30話はじめてのせんそう(前編)

「ご無沙汰ですリュガさん。お元気そうでなにより」


「うん、てっきり暑さにバテてるかと思っていたが貴族の割にはしっかりしてるな。ヒラナリよりもちゃんとしてるかもしれない」


「そりゃどーも。君らも無事こうして顔合わせ出来て嬉しいよ。あとそっちは文明の利器があって当然の暮らししてた現代人だから勘弁してやってね」


 執務室にてそんな挨拶を交わしつつ俺はモモと平成に席を勧める。


 マントを脱いで腰を下ろす二人の前に従者がスポーツドリンクモドキの満たされたコップを置いていくのを見ながら俺も既に渡されたそれにに口をつける。


 一応井戸の底に長時間漬けて置いたから冷えてはいる。なんだけど冷蔵庫でギンギンに冷やしたやつと比べたらいま一歩だなやはり。


 モモは「ほう冷えてて美味いな」と呟いて残りを一気に飲み干してるけど、平成は「もう少し冷えてたら完璧」と言いたげな顔して口内へ染み渡らせるように飲んでいる。


 ちなみに二人が来る直前に顔を出してきたウチんとこの客分ズは氷魔法(極小)とかいうインチキ的なもの使って自分らだけギンギンに冷えたのを美味そうに飲んでいた。


 氷かぁ。前世ではあって当たり前なやつの一つだったが冷蔵庫存在しない以上夏は貴重すぎんだよな。


 氷室がこの世界にもないわけではないが、この国だと確か王室直轄領で一つ二つ建設されてるという話がある。後は貴族や富豪は氷魔法使える魔法使いを夏場に大金投じて招聘して氷確保してたりするな。


 確か法律で王家以外が所有してはいけないというのは無かった筈。探せば私的に建ててるとこもあるやもしれない。となれば俺も年末にでも建ててみてもよさそうだな。


 などと夏場の暑さ対策を考えつつ空になったコップを控えていた従者に渡して退出を促した。


 恭しく頭を下げながら部屋を出る従者の後ろ姿を見つつ俺は客人に改めて声をかけた。


「さて、挨拶はここまでとして早速そちらの進展具合聞かせてもらおうか」


 俺の言葉に二人もこちらに向き直り顔を上げた。


 モモと平成が語ったのは以下の通りだった。


 まず周辺部族群であるが、ゲンブ族やあの場に居合わせた部族を除く四十あるうちの三十四は応じると返答。残り六つのうち二つは態度を保留させ四つはコッワ族とフエールサ族側へ付くという。


 もっと揉めたり割れたりすると考えてたが八割ちょいが応じるだけでもラッキーだ。余程将来の不安や目先の糧の心配があるのだろうな。


 赴いた時点では単に一致団結を呼びかけただけだが、応じた部族はゲンブ族の集落へ招いて更に詳細を語って納得の意を固めさせた。


 繋がりの証として各部族は最低一人は今回の戦に参加するという流れとなったらしく、ゲンブ族を中心にした混成部隊は一〇〇名程となるという。


 コッワ族とフエールサ族の方はというと、ターオ族長が粘り強く話をしてきたらしく程よく好戦性が互いへの敵意から王国側との戦争へシフトしたとか。


 コッワ族は八〇〇、フエールサ族は八五〇名が参加して彼らに属した部族も一〇〇名参加。つまり合計一八五〇となる。


 数字ではほぼ互角であるけど、こちらは輸送や護衛要員含めてに対して部族側はほぼ戦闘要員だろうからこちらがやや劣勢にはなるだろう。まぁ概ね予想通りではある。


 それにしても、部族人口の半分が女子供老人そして傷病者等の訳アリ非戦闘員とすれば、両部族ともほぼ男手動員してるんじゃないかこれ。八百長とはいえやるからには徹底的にやるつもりだけど終わった後大丈夫か?


「彼らも自然に生きる者らだ。今までのような振る舞いを捨てて身の丈に合った生き方を見つけられれば全滅や離散はせんだろう」


「そういうもんなの?」


「そういうものだろ。出来なければ滅びる。今まで散々周りに対して目に余る振る舞いをしてきた者を助ける義理もないから自分らだけで生きてみせるべきだ。何故迷惑かけられた側から歩み寄らないといけないのだ?」


「……そういうもんなの?」


 モモのドライさ加減は流石中世時代の部族の娘だけあって割と弱肉強食優勝劣敗脳筋思考だな。


 まぁ俺としても恭順しない限り積極的に手を差し伸べる気はないんだが、ここまで正直な断言は出来んよ外面気にする的に。


 ともかく決戦日までに変動は出るかもしれんが大体の数は把握したので次は戦う場所だ。


 俺は地図を片手に立ち上がり二人の座ってる方へ歩み寄る。テーブルに地図を広げてある一点を指さした。


「ここだ。この地点を戦場とする」


 俺が指さしたのはアンゴロ・エッゲ県のやや大山脈寄りの所。地図にはツアオ平原とだけ書かれた空白部分。


 この地点は道路以外は草原平原だらけであり元々人が住んでいない地域である。ただ部族側からしたらこの地域は出入口ともいえるところで、山を降りてまず進む場所であり基本的な進路であるのだ。


 州都や人が多く住む町に行くにしろ、道から離れた所にある兵士の駐留してる砦に向かうにしろここから出発する。そもそも迂回したりと奇をてらう必要性ないしなあちらには。


 俺としても空白地帯が当面あるとはいえ入植可能地まで進軍させる気はないのでこの集結地にてケリをつける。その為には血の気が多い連中を引き留めるだけの餌をこの平原に用意することとなる。


 とは言うが知略という程でもない初歩的な罠であるけどね。それにはモモら同盟者側には頑張ってもらうこととなる。


 その俺らに味方する部族側であるが、俺は巻き添えで討ち取られる可能性考えて識別しやすい目印を用意させた。


 話し合いから戻ってきた日に州都の衣類店に大量注文して作らせた濃い目な青いスカーフ。これをモモ達部族混成部隊全員に当日巻いてもらう予定だ。


 俺はある程度段取りつけて進めてはいくが、多分策が成功して以降は乱戦になって一々指示することも出来ないだろう。だから事前に兵士らには「スカーフ巻いてる奴は攻撃するな。そちらは味方だ」と厳命しておく。あとはその時の空気次第になるがな。


 二百枚作らせたが思ったより余ったな。まぁ予備分で多めに渡して残りは後で使い道考えておくか。


 で、戦の終盤戦の話へ移ったが、こちらはマシロとクロエに迎えにいかせることにした。万が一勝ち戦で理性のネジ飛びかけてる兵士に害を加えられる可能性もあるからな。


 そういう事を述べるとモモは頷きつつもやや苦い顔をして嘆息した。


「またあの恐ろしい乗り物に乗る羽目になるとは……」


「まぁまぁリュガさんもモモさんの身の安全考えた上での決断ですから仕方がないですよ」


「なに言ってるんだアンタも一緒に捕虜の役してもらうんだからな。身分高めの奴がボッチだと体裁悪いからお付きの一人は居ないと」


「……それ僕じゃなくても良くないですか?」


「バイク乗った経験ある奴他に居ないだろうが。ゲンブ族の人ら乗せる経験させる暇なんざねーよ」


「お願いですから道交法守った速度で走ってもらいたいですがね」


「あの二人に言えよ。気分次第で守るんじゃないかな」


「お、おう……」


 あからさまにガッカリしたような表情浮かべて首を垂れる平成に俺は同情を込めて肩を軽く叩いた。


 このやりとりを間近で見てたマシロとクロエは悪そうな笑みを浮かべて沈黙していたが、ツッコミいれたら拗れそうなのであえて黙っておく。後はその日の気分をお祈りしとけとしか言いようがない。


 その後は戦終わった後の捕虜引き渡しを口実にした会談をはじめとする今後の大まかな日時決めを相談。お手軽頻繁に連絡出来ないから多少のズレも考慮にいれないと駄目なのが面倒ではあるがこれはもう仕方がない。


 なにせ迎撃する側であり主導権握る側としては相手が打って出ると同時に潰したいので、モモらが帰還したタイミングで出陣して一足早めに到着からの待ち構えをすべきだろう。悠長に部族側が押し寄せてくる報を州都で受けるのは戦略戦術的にも駄目だとうな。


 という事情もあってモモらが州都を出て三日後には俺も軍勢率いてツアオ平原へ向かうこととなる。早く着いたら着いたで陣地を補強する時間に充てればいいかという軽く雑な考えなどもしつつ。


 モモと平成は帰還したら早々に血の気の多い二大部族に事の次第を報告した上で俺の策に関する話なぞも吹き込んで信じ込ませてもらいたいものだ。


「ではすぐにでもここを出て行った方がいいか?」


「いや、流石にもう日が暮れるから一泊していけばいい。明日の朝でもよかろうよ」


 あの頭おかしい速度出せるバイクに乗るならまだしも流石にこの時代の夜道を男女一組だけは危なっかしいよ。


 俺の勧めにしばし考え込んだモモも「ではそうしようか」と決断。族長の娘殿の判断に隣に居た平成は露骨に安堵した表情を浮かべた。まぁ気持ちは分からんでもないけどね現代人的に灯りが何もない夜道歩くとかさ。


 ということで俺はドアの外に控えていたターロンを呼び出した。


 顔を出してきた昔馴染みの部下に数枚の銀貨を投げ渡し、二人を防犯対策されてるそこそこ良さげな宿を案内するように命令した。


 そして案内した後は私兵部隊から何名か選び、翌朝二人を大山脈付近まで護衛するようにも命じた。


 突然の命令だったがターロンは差ほど驚かず軽く頷き返した。


「なるほど戦の前に軽く下見してこいということですな」


「そういうことだ。一通り現地を見回った後は構築中の陣地なり近場の詰め所で待機しておけ。俺とは現地で再会予定な」


 俺は手早く紙にターロンの身元と来訪理由そして自分の名前を記して最後に節令使の印を捺したものを手渡した。これで現地の兵士らもターロンらを粗略に扱うこともなかろう。


「ではまずそこの二人を宿へ案内してきましょう。それから後は準備にはいってさっさと出ていきますので坊ちゃんとはここで一旦おさらばですな」


「まぁ一週間以内には顔合わすがな。とにかく気を付けていってこい」


 気負った風もなく答える部下に俺も軽く応じてやった。


 三人が出て行った後、俺は何件かの書類決済と部下への指示を出し終えて執務室を出て行った。


 マシロとクロエを連れてやってきたのは州都庁の庭の一角。


 柱など一部を除き全て石材で作られた物置小屋が六つそこにはある。俺が赴任前に事前連絡を入れて急ぎ建設させたものだ。


 二つは元々地下室に置いてたものを保管する為に。三つは建築資材や緊急用の備蓄用食料を保管する為に。


 俺が来たのはそれら用の小屋ではなく、この五つから少し離れた場所に建設された六つ目の物置小屋。


 腰に下げてた鍵束から一つの鍵を取り出して差し込む。軋みを伴った解除音を確認して取っ手を押すと厚めの鉄扉がゆっくりと開かれた。


 保管されてる物が物なので他の小屋よりも風通しに気を使ってるのだが、それでも連日の暑さによる生温い空気が顔を撫でてくる。


 乾燥さえ出来れば問題ない筈だがやはりこの暑さだと湿気はある程度避けられんか。


 二重の意味で少しばかり眉を顰めつつも俺は中へと足へ踏み入れた。


 全開にした扉から差し込む日の光のお陰で薄暗いながらもなんとか目前にある物は視認できる。

 目の前にあるのは積まれた木箱。数にして二十程ある。


 中身は黒色火薬。俺が王都時代にコツコツ制作して貯め込んできたものだ。


 硫黄や木炭は容易に入手出来たが硝石確保は苦労した。というのは異世界でも変わらずであった。


 ダンジョンやそれ未満の洞窟で蝙蝠などその地に生息してる生物の住処付近の土を採取しに行かせたり、魔術実験の材料集めと触れ回って周辺の町村の床下や便所にある土回収させたりしてそれを土硝法にて硝石を作り出していった。


 一回やるとそこで再び採取出来るのは二十年以上かかるらしいので、王都近辺でやり尽くすとケーニヒ州全域にまで拡大して回収させてきた。それを何年も続けた成果物が目の前に積まれてる木箱らである。


 中身の火薬は重さにして三、四㎏。全部でざっと八〇㎏前後はあるとみていいだろう。弾丸でいうなら大体二〇〇〇人の兵士に三〇発ちょい支給出来る火薬量だ。


 多いように見えるが今後も火薬が必要な局面出てくること考えたら全然足りない。戦争以外でも役立つからね火薬というのは。


 かといって死体に糞尿かけた即席硝石生産地作るわけにはまだいかないので、年月費やしてコツコツ気長に作っていくか運よく大鉱床発見できるかしかないわけで今の所。まぁその辺りに関しては今回は考慮はしない。



 勿体ない気持ちがないわけではないけど、なるべくこちら側の犠牲少なくして派手に勝つにはどうしてもこいつの力が必要なのだ。


 自分に言い聞かせるように胸の内で必要性を再確認しつつ俺は後ろの二人に輸送関係を担当する役人を連れてくるよう頼んだ。とりあえず万が一用に一つ二つは残しておいて残り全部持っていき派手に使おうと決めた。


 軽い返事をして立ち去る二人の背中を見ながら俺は職人ギルドに依頼したものの出来は如何ほどかということに思いを馳せるのであった。


 なんだかんだでちゃんと仕事してくれてるとは思うけど何分初めて作るようなものだしね。早めに到着したら試運転しなきゃならんかもな。などという考えが頭を占めていた。


 後々になって当時を振り返る度に思わず苦笑するのだが、あの時自分が負けるかもしれないという点をまったく考えてなかったというのも我ながら自信過剰というかなんというか。






 モモと平成がターロンらに護衛されながら州都を出て行った三日後。


 西方の部族に不穏の気配ありの報告が入った。という名目で俺は現地入りしてる兵を除く旗下の兵一四二〇名を率いて出陣。戦場予定地であるツアオ平原へと向かうのであった。








 ヴァイト州節令使リュガ・フォン・レーワン伯爵の初陣であり後に彼の肯定派否定派共に「インチキ征伐」と記録することとなる小さな戦争の始まりであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る