第27話公務出張in山岳地帯(後編)
「……今、貴殿はご自分が置かれてる状況を理解されてるのか?」
「兵士は居ない、それどころか自分の所の民もいない。更にこちらを害そうとする集団の本拠地にて囲まれてるときてますな。孤立無援の絶体絶命」
「ならば何故そのような返事をされて、しかも余裕ありげに笑みを浮かべられてる。言っておきますが、多少の虚勢を見抜けぬ程にワシは節穴ではありませぬぞ」
「身一つではないからですよ族長殿」
俺は肩を竦めて再度後ろに居るマシロとクロエをへ振り返る。
「兵士でもなければ私の所の民でもないそこの二人が、私にとって余裕であり続けられる元なのですから」
「その奇妙な格好をされた、ワシの娘よりも年が下の娘御らが?」
「見た目で判断して貰っては困りますな。こう見えて結構強いですよ彼女ら」
二人をそれなりに知ってるつもりな俺からしたらかなり控えめな言い草してるのだけど、それを知らない族長らからしたら不信感という火にガソリンぶち込んでるような発言に聞こえるだろう。
しかし族長は激発しなかった。厳つい顔を益々険しくはさせているが、怒声上げたり暴力行為で威嚇などはやらなかった。
「…………我らを馬鹿にしてるのか。と、言うのは簡単でしょうな。しかしここまで来られた貴殿がそこまで自信ありげに仰るならハッタリとも思えぬ。なれば証明してもらいたいのだが如何か?」
「よろしい。私もそれをもってこの険悪気味な状況を収めたいですからな」
そう言って俺は身体ごとマシロとクロエの方へ向き直り、二人の前まで戻ってきて小声で問いかける。
「という流れになったが、やれるか?」
「やるしかないでしょー。ていうかここでやりませんとか冗談でも口に出来ないっていうかー、そういうの通じない人らっぽいしー」
「一応言っとくが殺すなよ。お前らなら殺傷しなくても勝てるんだから変に禍根残す真似はしてくれるな」
「えー面倒くさーい。しかもいつも私らにあーだこーだ言うくせにこういう時頼るとかさー、リュガのそのツンデレの出来損ないみたいなクソデカ感情ウケるけど嫌いでもないけど好きでもないよー?」
「くくく、暗き深淵の愛憎サイコパス。無力な者の我儘気ままな運命グランドオーダー」
「うわーい素敵な褒め言葉ありがとう。素直すぎる君らすっげぇ殺してやりてぇー」
などと心温まる会話を終えた俺は族長にどうすればいいのか問いかけた。
返答は単純明快なもの。マシロとクロエとゲンブ族の戦士が決闘して勝利してみせよというものだった。
訳の分からない試練とか科せられる可能性とか考えてたから内心安堵しつつ俺は「よろしい」と短く答えた。
かくして舞台は平成が住んでる小屋から、村の集会所として使われてるであろう大広場へと移った。
到着すると、タイミング図ったかのように、ゲンブ族の人らが来た道を塞いで包囲する形をとった。
場の中央に進み出てきたのは、他の者より一回り大柄な男。太い手には青龍刀みたいな分厚い刃した太刀を握っている。
見るからにパワータイプなあの男が最初の相手らしい。
俺はチラッとクロエの方を見る。物憂げな笑みを浮かべてる少女はそれで察してくれたのか、俺にサムズアップしつつ中央へ歩き出す。
周囲のざわめきをなど聴こえてないかのような軽やかな足取りで男の前へ立ったクロエは笑みを崩す事なく男を見上げた。
「くくく、闇に呑まれよ」
いや、それ絶対台詞の使いどころ違うだろ。そういうのに疎い俺でも分かるレベルに適当に言っただろ今。
相手が意図を察しかねて軽く戸惑ってるのが救いだった。普通は「意味分からん事言って馬鹿にしてるのか!?」と怒られるとこだからね君。
男も族長らもとりあえず聞き流すという選択をしたらしい。誰もクロエのそれっぽい台詞に反応をあまり示さなかった。
族長が高く手を上げ、それを合図に傍に控えていた小さな鐘を持った男が音高く鳴らしだす。
勝負の始まり。
太刀を持った男は先手必勝とばかりに一声吠えてクロエに斬りかかった。横に大きく振りかぶられた白刃は首どころか胴体を勢い落とさず真っ二つにせんばかりの勢いでクロエへ突っ込んでいく。
この場に居る九割以上が即死か或いは腕が吹き飛び刃が胴に食い込む光景を想像しただろう。
だが、そうはならなかった。
瞬間、物と物がぶつかる鈍い音が場に小さく鳴った。ただそれだけである。
クロエは一歩も動かず、かといって避ける素振りもみせず、人差し指のみを刃の向かってくる方向に向けただけだった。
彼女の指先と刃の中央部分がぶつかる音がしたとき、この場で驚きを表に出さなかったのは俺とマシロぐらいだろう。
クロエは指先だけで大男が全力で振りかぶってきた刃を受け止めていた。それどころか厚めの刃は指先の当たった部分にヒビが入ってすらいた。
驚愕のあまり絶句して立ち尽くす男をクロエは鼻で軽く笑う。
男は見るからに顔を赤くして力を込めてるというのに、押されるどころか指が僅かも曲がる事はない。剣の方が震えている。
しばしの間、男の足掻きを見物していたクロエは飽きたのか刃に当たってる指先を軽く動かす。
やや離れていたところの俺にはそう見えたのだが、その瞬間男の手から太刀が弾かれて地面に転がったどころか、バランスを崩して片膝をついてしまっていた。
いや、お前どんだけ馬鹿力なんだよ。
男は起きた事が信じられず太刀を弾かれた手を凝視する。痺れでもあったのか、その手は震えてるように見受けられた。
短くも重い沈黙が集落を包んだが、やがてなんとか茫然自失から立ち直った族長が決着の判定を下したのだ。
「し、勝者クロエ!」
長の動揺交じりの声を切欠にしてゲンブ族の人らも互いの顔を見合わせつつようやくざわめき出した。
流石にこの状況で喝采や賞賛の声は上がらなかった。仮に彼らがその気があったとしても、クロエの得体の知れない強さに息を呑むしかないだろうな。
特にそういうの期待してなかったクロエはさっさとこちらへ戻ってきた。俺にはドヤ顔をしてみせて、マシロとは軽くハイタッチをする。
確かに要求どおりに殺さず傷つけずに強さも見せつけて勝ったけど、なんか加減間違えたかこれ。空気ドン引きなんですけど。
別の意味で不安になる俺を他所に、今度はマシロが鼻歌なぞ歌いながら中央へ歩き出す。
ゲンブ族側は誰が出るのかと思ってると、隣で叫び声が聴こえた。
慌てて横をみると、モモが数名の仲間と共に平成を引っ張ってる光景が目に飛び込んできた。
「いーやーでーすー!!あれ見たでしょ!?あんなのの相方とか同じぐらいヤバイ人ですって確実にぃぃー!!」
「お前は一応召喚されし勇者の一人で我が一族お抱えの魔術師なんだ。つまりこういうときに率先して出るべき役目なのだぞ!」
「モモさんさっきまでコレ反対してたじゃないですかぁー!?なんで勝負させるんですかぁぁ!!」
「今でも族長のお考えには反対だがこうなればやるしかないだろう!戦士として勝負事投げるわけにはいかないのだ!」
「僕は戦士じゃないんですぅっぅ!!ただの普通の人間なんですぅぅうう!」
「つべこべ言わず立ち会ってこい!大丈夫だ多分殺しはしないだろうから!」
「殺す気なくても結果的にうっかり殺されそうな予感しかしないっぃぃいい!!」
ちょっとした地獄みてーな光景が眼前で繰り広げられていた。
これから加工工場で解体されると悟って暴れる豚や牛のように必死の形相でもがく平成と、それを数人がかりで押さえつけて引っ立てるモモ。そんな光景を痛まし気に見つめる集落の人々。
なんだこれ。人質になるかどうかの瀬戸際の俺が僅か数分で悪人みたいなポジやんこれ。
既にスタンバってるマシロを見ると、アイツはこの光景見て笑い堪えてるし。目の前の悲壮感漂う光景をリアクション芸人が無茶ぶりやらされそうでゴネるシーンかなんかぐらいにしか思ってやがらねぇ。
「もー、大丈夫だよー平成太郎。私らと君の仲(ただし会ってまだ一日半)じゃないのー。モモっちの言う通りそんな酷い事しないってー」
俺の視線に気づいたのか、笑いを堪えつつマシロが暴れる平成にそう優しく声かけた。
マシロの発言に泣きながらもがいていた平成の動きがとまった。
「……本当ですか?」
「本当本当マジでー。なんならハンデつけてあげるよ。先に君から攻撃していいしー。私は君を殴ったり蹴ったりしないからさー」
「……」
最悪の結末回避の兆しが見えて戸惑う平成。しかし俺はオチが読めた気がして額を抑えて俯いた。
確かに殴ったり蹴ったりはしないだろうよ。でもな、それは反撃しないとはイコールじゃねぇからな平成。こんな安っぽい詭弁に騙されるんじゃねぇぞおい。
当然ながら俺の心の声など届く訳もなく、マシロの言葉に「あ、じゃ、その、お手柔らかに」とか言いながらおっかなびっくりに広場中央へ歩き出していく地球からの召喚者でありお抱え魔術師である男。
まぁいいんですけどね。俺は交渉さえ上手くやれれば。
再び族長が高く手を上げ、それを合図に傍に控えていた小さな鐘を持った男が音高く鳴らしだす。
「怪我させたらすみません!いきますファイアーボール!!」
開始直後、平成は無詠唱魔法発動のスキルを使い素早く野球ボールぐらいの火の玉を生み出してマシロへぶつけた。
当たったと同時に安物花火が撃ちあがるような音と共に軽く砂塵が舞い上がった。
火属性の基本魔法であり初心者向けとはいえ威力はそれなりにある。直撃で尚且つ当たりどころが良ければ一撃で下級の魔物ぐらい倒せるかもしれないだろう。
まぁ、あくまで常識の世界ではね。普通なら無詠唱で出た事に気をとられてからの直撃で勝つか優位に立つかどちらか出来るんだろうけど。
この場では何もしないよりかマシレベルな無駄な行為なんで。下手したら何もしない方がマシかもしれんけど。
「へいへーい、ピッチャービビッてるぅー?」
平成が抱いたであろう砂粒以下の希望は陽気な煽り声で一瞬で砕け散った。
すぐに消えた砂塵から現れたマシロは当然無傷。それどころかクロエに続いて指先一つで平成の放ったファイアーボールを受け止めていた。
小さな火の玉は指先で弱弱しく燃えていたが、やがてしぼんでいきあっという間に小さな炭となって地面に落ちていく。
そもそも自分で戦う事を考えずにやっていこうとしてた男の渾身の一撃とはいえ、あまりにも無慈悲な現実。
「あ、あ、あ、あ、あぁ……」
「よーし、私が平成太郎にお手本みせてあげよう。こんぐらい出せるよう頑張っていこかー」
朗らかそうな笑顔でそう言いながらマシロは「キュアップラパパ!」と呟くと同時に火の玉を止めてた指先を頭上へ向ける。
瞬間、この場に小さな太陽が生み出された。
本当に一瞬だった。いきなり肌に至近でストーブ当たってるかのような熱さ感じたと思ったら目の前に軽く数メートルはあるかもしれない火の塊が出現していたのだから。
突然の事に腰を抜かす者もいれば、恐怖のあまり硬直して立ち尽くす者もいた。
平成といえば、この光景を認識した瞬間に小さな悲鳴を上げて気絶して倒れてしまった。まぁこの中で一番距離近いとこでこんなの見せられたら死んだなと思うよなぁ。
「あらー、気絶しちゃったら見せられないわー。残念だわー」
ちっとも残念そうな風も見せずにマシロは小さな太陽を引っ込めた。出すのも一瞬だが消すのも一瞬。こいつにとっては魔法はライターやリモコン感覚で出せるもんなんだろな。
「…………し、勝者マシロ」
腰は抜かさなかったもののそれ以上言えず沈黙してしまった族長。モモをはじめとする他の者も全員マシロとクロエに視線を固定させたまま口を開けて呆然としてしまっていた。
まさかここまでやるとは俺も思わなかったわ。
ハイタッチするイカレコンビを尻目に俺は頭を抱えてしまった。
「……これでお分かり頂けたでしょうか。何故私が一兵も連れずにここまで余裕を持ててたのかと」
「理解しました心底理解できました。言い訳はしませぬ。節令使殿こちらの非礼誠に申し訳なかった……」
「えっ、いやまぁ、頭上げてください。私はあくまで交渉をしに来たのであってあなたがたを従属させようとかではないのですから」
憔悴しきった顔で土下座せんばかりに頭を下げてくる族長らを慌てて止めながら俺はその辺りを強調した。
こちらを引き込んで事を成そうとしてたモモら若手組ですら一緒に頭下げてくるんだから気まずいにも程がある。
二人の強さに驚いてその場で手のひら返し程度ぐらいを想像してただけにここまで死か服従か的な空気になるとそれはそれで話し合いし難いんですけど!?
平成なんて俺の隣で体育座りして未だにガタガタ震えてるぞ。まさか異世界でなく同じ世界の人間にトラウマ植え付けらるとはコイツも思わなかっただろうな。
なお元凶の二人は互いの愛車に寄りかかって持参してきたパンやチーズを取り出して一足先に昼食を摂っている。
この空気で平然と飯食える神経なんなんだお前ら。用が済んだらもう他人事と切り替えられるとか、お前らの神経はチタンかオリハルコンかで作られてるんか。
ツッコミたい気持ちを抑えながら俺はとにかくゲンブ族の皆さんを必死に宥めた。
「落ち着かれよ。そちらが私の来訪を機と見て行動した事自体は間違ってるわけではなく、このような事は想像出来かねるだろう。そもそも制圧を目的とするならあなたの娘を介するまでもなく行動してたのですから」
言わなくても分かってそうだけど、あえてこちらから言うことで少しは罪悪感緩和されればと俺は細々とそう説いた。
その甲斐があってか、俺の言葉に族長らは顔を見合わせてようやく恐る恐る顔を上げてきた。
「節令使殿のご配慮感謝致しますぞ。話し合いの席を設ける事で少しでも非礼の償いとなるならば喜んで御受け致します」
「う、うむ。当初の目的を果たせそうだけでも大変ありがたい。寧ろこちらこそなんか申し訳なかったと言うべきか」
「いいや、こちらこそ。まずは、そうですな、ワシの家へと来られよ。そこは話し合いの席としても使ってるので」
「分かりました。では話し合いはそこで改めて」
互いに謝りつつぎこちなく握手を交わす。周囲の空気も幾分かは緩められた気がする。
仕切り直しには成功した。ようやく本題に入ることが出来そうだ。やりすぎたかもしれんが、これで大概の事は一族上げて同意してくれそうだし。
三日不在にしたものの一日で終わりそうな感じだな。まさかこんなにもとんとん拍子に行くとは思わなかった。
なんだかんだであいつらに助けられたもんだ。その点は感謝はするさ。
ただなぁ。
「おーい、リュガ。話終わったんならそこの平成太郎に午後ティー買ってこさせてー。三分以内なー」
「くくく、負け犬の俊足期待の甘露。甘き紅茶の一滴の焦がれし五臓六腑」
空気読めそうなのに空気読まずな言動は少し自重して欲しいよねぇ!?
この場の空気でそんなどうでもいいことわざわざ口出さなくてもいいよねー
!
「午後ティーなんてこんなとこにあるわけねぇだろ!泥水でも啜ってろKYどもめ!」
「ひっどーい。硝子の心な繊細なか弱い乙女に泥水とかひっどーい。悪徳貴族様引っ込め―。打倒専制政治ー」
「くくく、悪徳専横横暴伯爵の怒りのマッドロード。血塗られし言葉の暴風が堕ちた天使を嬲る無常なるデットエンド」
「うっせぇよ文句あるならもうちょい穏便にやってみせろよこの野郎!」
モモや族長らが目を点にしてこちらを見てるも忘れて俺はマシロとクロエとしばし言い合いをしでかすこととなる。
後日、この光景に関してモモと平成に異口同音に「あの直後に二人にそこまで言えるとか頭おかしい」と評され俺は甚だ傷つくこととなった。
おいまてや君らあんな奴らと一緒にすんなよ。
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