第17話衛生問題に対して日本人式風呂殺法を叩き込む所存

「リュガさぁ、気持ちはわかるけどさー、どんだけ必死なのよー」


「んだよ、お前らだって王都に居た頃毎日俺ん家の風呂入ってたし、ここでも入れて当たり前な生活したいだろうが」


「そりゃそうだけど、あのおじさん達なんか半信半疑っぽかったよー。いかにも『まぁ全額自腹で出すスポンサーが言うからやってみるか』な感じー」


「くくく、無知と未知の螺旋階段。迷妄覚ますは行動と輝けし金銭のスプラッシュスターのみ」


「こればかりはとにかく作って貰って目に見える成果提示して納得してもらわんとなぁ。いやとにかくもうすぐ夏だから早くせんと」


 とりあえず有力者との挨拶がてらな面談終えた後、執務室にてマシロとクロエに呆れられながらも俺は断固とした意志を持って進める決意を新たにしていた。


 俺が提案した衛生策、それは各地に共同浴場施設を作るのをはじめとして様々な方法で公衆衛生というものを周知させていく事だ。


 なんだ転生や召喚ものにありがちな現代知識のベタなお披露目でテンプレ強さマウント取りかよ。と思われなくもないが、テンプレやありきたりという言葉は言い方や考え方変えると基本的な事であり王道な手段ともいえる。


 何よりも身近なことなので実践しやすいし個人的に欲しいものだからあって損はない筈だ。


 先程も述べたが、俺はこの世界で生まれ育って感覚的にはこちら寄りになってはいる。斬首やら臓腑飛び散り場面に対してのグロ耐性が高めなのもそれのお陰だ。


 だけど、それを持ってしても嗅覚というものはどうにもならなかった。


 とにかく体臭な。


 庶民どころか貴族や富豪などの上の階級でも珍しくもなく、身体の汚れからくる臭いというのが鼻について堪らなかった。それ誤魔化すために甘ったるかったり酸味効いた香水全身に振りかけてる奴もいたから更にきつかった。


 無論、衛生行為というのがこの世界にまったくないわけじゃない。そうでなければあっという間に疫病広まって魔法やポーションでも追い付かずに人口激減してただろうし。


 水やお湯で濡らした布で身体を拭くし場合によっては水浴びだってする。死体は埋めるか燃やすかする。汚れが酷いところは水をかけて隅に流す。家の清掃を行う。ネズミやゴキブリはなるべく退治する。傷は水で洗って布で防護する。病人はとりあえず隔離しておく。


 これぐらいの事はしてるが、それ以上ともなると概念や知識の希薄に宗教の存在が拍車をかけまくってる。この辺りは中世ヨーロッパと同じ流れ辿ってるな。


 王都に居た頃、当主になる前は両親から呆れた顔され小言を言われつつも庭の隅っこで酒樽利用してなんちゃって五右衛門風呂自作して入浴していた。


 当主になった後は俺の権限で屋敷内の奴らは例外なく清潔を心掛けさせる為に、五右衛門風呂置いてたところにミニ公衆浴場を建設させて一日一回の入浴を義務付けた。「面倒だ」と不平不満ある奴や何度警告しても怠った奴は問答無用で解雇してまで徹底させた。


 入浴だけでなく洗濯もマメにさせて着替えもわざわざ替えを複数支給してでもさせた。なんなら散髪や歯磨きだって定期的にやることを可能な限り叩き込んだ。


 周囲からは「たかが使用人相手に何してるんだか」「潔癖すぎる惰弱者」と冷笑や嘲笑されたが、お陰で俺の周りはほぼ汚れからくる嫌な臭いは激減した。


 欲を言えばもう少しなんとかしたかったが、現代にあるような強力洗剤やボディソープ等がない以上妥協するしかなかったわけですけどね。


 それを屋敷内のみから州全土へスケールアップさせたい。単に個人的な願望だけでなく、人口を無駄に減らすよう真似避けたいからだ。


 ただでさえ他の州より一段低い人口なのだ。今後の増加を期待して待ってるだけでなく、最低でも今の数を維持するには病気予防は必須なわけで。


「まぁ私らはまともなお風呂でゆっくり出来ればいいけどー。で、今日から何をやっていくわけ?」


 俺の熱弁を軽やかに聞き流しつつも、二人は俺の構造そのものには興味あったのかそう訊ねてくる。


「いきなり州全土に建設するとか言っても人手の問題もあるからな。まずは州都各所に建てることから始める。更にその前の段階でいうなら、今日を含めて数日中に州都庁の庭にモデルとしての浴場を作ってみてもらう」


 建設は二つ。まず俺とマシロとクロエの三人が使用するやつ。まぁこれに関しては後日州都庁増築してでも俺専用個人風呂作るがな。


 で、もう一つは俺の護衛及び州都庁の警備兵向けの共同浴場。どういうのを作ってもらうか知ってもらう為というなら、こちらがモデルになるので本命となる。


 これを基にして、次は区画の中で人口密度多いとこに数か所造り、そこから徐々に広げていく。出来れば本格的な夏になるまでに州都と港町、うちで人口が多い所ぐらいには用意しておきたいな。


 まぁゲームじゃねえからボタン一つコマンド選択一回でポッと建てられるわけじゃないので、あくまで願望要素の強い計画。重機とか現代技術フル活用出来るならまだしもそれが望めないしな。年内に州都には常設させたいとこだが。


 建てるだけでなく啓蒙活動という程ではないが全員利用させる為の方策も同時に行っていかなければなるまい。


 時間かけていいなら、宗教の布教の如く根気強く一人一人に語り掛けるかのように説明してまわる方法もよかろう。が、そんな悠長なことしてる暇が一応高位の官職に就いてる俺にあるわけないのでこちらも露骨な俗物的方法を採る。


 法律作って強制的に入浴させたり、不潔な奴は罰していく。とかいう馬鹿な真似はしない。


 良いことだからと何しても何言っても許される独り善がりなぞそこら辺の悪党より始末に負えない。と本気で思ってる俺からしたら選択項目にすら上がらんわ。それよりも「俺に今から従えばお得だよ!」戦法だ。


 一つ目は利用料無料。永久でなく開設から一年間という区切りを設けるが、期間限定キャンペーン終了後も赤字覚悟で安値提供する。当然石鹸等の風呂場の備品も使いたい放題だ。


 二つ目はスタンプ制。毎日利用ないし利用回数に応じて特典やプレゼント付与することでマメに通う習慣をつけさせる。


 これに関連して定額制フリーパス発行も考えている。庶民にはちと高値かもしれんが、懐に余裕あるやつなら買える値段設定にするし、入浴習慣根付いていけば購入者も増えていくことだろう。


 三つ目は弱者救済措置。足腰の悪い老人や怪我や病気で銭湯まで行けない相手の家まで簡易風呂乗せた荷車で巡回して入浴してもらう。湯船に浸かるの難しくても清潔な湯と布で身体拭くだけでも気分は違う筈だ。ここで俺の本気度を周知させる狙いだ。貴賤問わず老若男女問わず湯に浸かるべしと。


 子連れ、しかも赤ん坊やまだ目の届く所に置いてないと不安な年齢の子供抱えてるママさん向けの専用室作るのもやぶさかではない。何歳まで女湯に男の子連れていけるかなんて細かくは俺も指定難しいし。


 赤字覚悟とはいえ、今後も存続させていくからには収入も必要なわけで。そこに関しては飲食物やボディタオル販売したり、マッサージ施設や遊戯店の併設などで回収できるとこから回収していく予定。


 と同時にマナーの悪い奴や覗きや盗みや売春やろうとする連中はビシビシ取り締まる。安心して通えるようにするためにはそこも大事だ。なので警備員もきっちり審査と面接したやつを起用。


 などとあれこれ考えているが、逸る気持ちを宥めて今は自分の分に関してだな。ローマならぬ風呂は一日にして成らずってやつだ。


 俺は勢いよく椅子から立ち上がり、デスクに置いてた上着を羽織りなおした。







「伯爵の指示どおり、今の時間で周辺で暇してた奴ら連れてきましたが足りますかな?」


 面会から差ほど時間経過してないにも関わらず、ヴェークさんの後ろには四十人前後のガタイ良さげな男衆らが立っていた。更にその後ろには工具の詰まった籠が幾つもあり、材料さえあればすぐに開始出来そうな勢いだ。


 男爵の迅速な対応に俺は満足そうに頷いてみせる。大がかりのなら桁が一つ増やす必要あるが、これだけいれば俺とマシロとクロエ用の風呂は今日明日にでも完成しそうじゃないかこれ。


 流石にそれは過剰な期待というものは分かってるが、なんでもチャレンジしてみるもんだな。


「後、帰り際に渡された浴場の図面を軽く目を通しましたが、伯の描かれたものではいささか分かりにくい箇所が多かったので話をしたいのですが」


「そうですな。頭で閃いても図面や設計図はやはり本職にお任せしたほうがよろしいですよな、いやはや申し訳ない」


 それっぽく描いてみたけど、やっぱり素人のなんちゃって図面じゃ駄目だったか。


 俺のスキルはあくまで知識検索であって、それがそのまま表に反映されるとは限らない良い例である。特に専門系ともなれば僅かな手抜きが致命傷になるから余計に配慮しなければ。


 なので俺は素直に頭を下げて教えを乞うことにした。と言ってもヴェークさんらの意見には余程でない限り首を縦に振るわけで。


 庭の一角に長方形のテーブルを持ち出し、そこに図面など建設に必要な書類を敷いて俺達は話し合いを始める。


 建設前に確認されたことは水の事だ。これがないと建てたとこで意味をなさないので当然である。


 幸い州都庁内には二か所井戸があり、そのうち最初に建設する場所(つまり俺の部屋と二人の家のある所)の近くにある一つをお湯の補給地とすることに。


 水を汲み、お湯を沸かし、入る都度交換。将来はもっと進化させていきたいところだが、当面は広めるの優先でいくのでシンプルな手段。勿論改良を視野にいれてスペースに余裕作らせる。


 さて水を汲むという点だが、この時代だと井戸から水を汲みだす方法は100%人力かそれよりかなりマシな釣瓶式かである。


 都市や発展の恩恵受け入れやすい周辺地域ではほぼ釣瓶式であるが、地方の田舎だとロープに繋げた桶を投げ込んで引っ張り上げるガチ人力式がまだまだ珍しくない。


 個人レベルなら釣瓶式でも構わないが、今後は数千数万の人間の入浴を担うとなれば人手も幾らあっても足りないし効率も悪い。せめて水汲む手間が緩和されれば少しはマシになるだろう。


 ということで俺がここに持ち込んで尚且つこの地域で普及させていこうとしてる物を使うことにする。


 その名も手押しポンプ。日本の田舎舞台にした某有名名作アニメで観た事ある奴多いであろう、ハンドル押し上げて井戸水吸い上げていくあれだ。


 原理自体は紀元前の西側には存在したという説があるが、日本とかで全国レベルで普及したのは近代と意外に遅かったりする。少なくとも、この世界じゃまだ話には聞かないから通用する筈。


 王都に居た頃に広めようと試みたが、例の俺的暗黒時代のとき具申して「そんな訳の分からないものなくても水汲みなぞ下々の者らがやるから必要なかろう」「全部取り換える金なんぞそんな見たこともない怪しいものに出せるか」と現物お披露目どころかロクに説明聞かれず拒絶されたよ。


 以降は俺の家のみに設置。あと制作依頼した職人ギルドにもお試しで一、二個作らせて彼らに使用させていた。評判は上々で「水汲む手間が短縮された分、時間と体力仕事にまわせる」と感謝されたのがせめてもの慰めだよね。


 でもさぁ、これ普通の流れならギルドに顔出したなんか偉い身分の人の目に留まってそこから俺と出会いそして良い意味で変化訪れるパターンだよね?そんな音沙汰一切なかったよ。どんだけ自分らの領域に引きこもってやがるんだこの世界の貴族連中。


 話が逸れた。


 ヴァイト州へ赴任する際に改めて依頼して数個作ってもらったので、そのうちの一つを設置して運用することに。


 俺が従者数名に命じて倉庫から持ち出した見た事のない金属の塊にヴェークさんや大工らは訝し気な顔をしている。俺がこれがどういうものか説明すると、そこに興味の色が加わった。


「話が確かなら良い発明品でありますな。正直風呂の話を伺ったときは水の供給如何されるか疑問でしたので」


「最終的には人力便り辞めれる装置生み出したいものですが、とりあえずこれを州全土に定着させていきたいものですね」


「そんな魔導具のようなのがあればその分人手を建設にまわせますな!レーワン伯の今後の閃きに期待したい」


「ご期待に添えたいものですが、閃けても実現までが大変でしょうけどね」


 州全土に上下水道とか水車とか使った動力装置とか、なんならダムなんかの設置は人口増やしてから絶対やるけどね。絶対にだ。


 そんな話をしつつ、井戸に手押しポンプを設置。ジャストフィットといかず、固定する為の板の取り付けなどで時間を有したものの無事終わった。


 次に配管内の気密性を高くする為にポンプ内に水を注ぎこむ。これしないと水を押し上げる為に必要な真空状態出来ないからな。水を呼ぶ為に必要な、まさに呼び水だ。


 あとは試運転。大工の一人がハンドルを握り力強く押し始めた。


 小気味良さ気な金属音とピストン音が周囲に響き渡る中、固唾を飲んで見守る俺らだったが、時間はそうかからなかった。


 最初はチョロチョロと、だがそれもほんの僅かな間ですぐさま勢いよく口から水が出だした。周囲から小さく驚きの声が漏れる。


「こらぁ凄い。一々汲みあげるよか力使いませんわこれ」


 押してた大工が感心したように声を上げている。そうこうしてる内に下に置いてあった大きな桶は水で満杯だ。あとはサイフォンの原理とか使って上手く大量の水溜められたらいいんだがな。


 どうやら成功したようで俺も内心ちょっと安堵。これで風呂作りのハードルも下がるってものよ。

 これでひとまず水の問題クリア。ということで、さっさと次の段階にうつることに。


 個人用風呂場は建設というより増築みたいなものなので、男爵らはマシロとクロエの住まいを見回しながら測量や話し合いを行っている。


 その結果、今日は増築する場所を更地にする作業のみ行い、明日には建て始めるとのこと。今の人数で朝早くから開始すればその日には終われそうと話してくれた。


「仕事早いですね。一日で出来るもんなんですか」


「いやぁこれが家ならそうじゃないですが、規模的に部屋一つ程度な上に特に意匠なぞ気にせんでいい簡素なもの。しかも既に大まかな設計図頂いてるのでなんとかやれそうですよ」


 建設業の元締め的な存在の男爵の力強い返答に俺はただただ感謝するのみだった。それに甘えて湯沸かし用の窯の制作依頼もしたがこちらも快諾。


 これでようやくお湯に浸した布で身体拭くだけの日々から解放されて一か月ちょいぶりに風呂に入れるな。


 以降の入浴施設もだが、他の事もこれぐらいとんとん拍子に行ってくれたらいいよねぇ。

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