Rev.3

『何れ再来するであろう厄災に備えこれを残す。』


 古文書の最初はそんな言葉から始まっていた。


『我が四壁家は厄災に対し、海の神を召喚する事でそれを撃退する事に成功した。だが厄災は何れまた戻ってくると神は述べられた。故にその召喚に必要な物を残す。召喚に必要なのは、神より渡されし光の槍である。我が家に残すのは穂先。これを一ノ瀬家の槍、五十嵐家の宝玉と組み合わせる事で、海の神の召喚を成す事が出来よう。』


 読み進めたが、あまり新しい情報は無さそうであった。ここまでは先程読んだものと同様であった。


『だが気を抜くなかれ。本題はここからである。』


 ん、と目を細めた。本題とは何であろうか。


『海の神を呼び出すには、零天丘に立ち、丘から地面に飛び降りる必要がある。自らを贄にしてでも世界を救うという意思と、その勇気こそが神を呼ぶのである。』


 俺は絶句した。なんだそれは。槍で神を呼び出せるんじゃないのか。


『丘から神に祈りを捧げながら飛び降りた私を、神は優しく受け止めた。そしてこう述べられた。「次に私を呼ぶ時はこの槍を使いなさい。今回のように祈る必要はありません。丘から地へ自らの身を捧げ、地にこの槍を突き立てんとした時、私はその者の命を救い、世界の厄災を洗い流すため、この地へと降り立つでしょう。」と。故に必要なのは槍と勇気である。我が家の者こそその勇気を宿す者であると信じている。この書を読みし我が子孫よ、厄災に見舞われし時はこれを思い出すが良い。』


 言葉が出なかった。何だこれはと困惑した。崖から飛び降りて槍を突き刺せだ?それが俺の家系の役目だと?死ぬかもしれない、自殺みたいな行為をするのが俺の役目だとでも言うのか?

「ふざけんなぁぁぁっ!!」

 俺は誰も居ない蔵の中で一人絶叫した。



『聞こえているから叫ばんでくれ。』

 作者の阿呆が呑気に返事を返してきた。

「うるせぇ!!俺に死ねってのか!!」

『死なない事になっているので安心して欲しい。あくまで死ぬような目に遭うだけだ。死ぬ直前のところをちゃんと海の神がすくい上げる、そういうシナリオだ。』

 そうは言っても飛び降りるのには変わりない。気軽に言ってくれるなあと俺は歯軋りし、冷ややかな目で天を見つめた。作者自身は同じような場面で飛び降りたがると言うのだろうか。いや絶対に拒否するだろう。



 と作者に愚痴を零したところで、恐らくこの流れは変わらない。往々にして主人公というのは試練に立ち向かう必要がある。作者的にはこれがそうだと言いたいのだろう。であれば、この条件はどう足掻いても変わらない。とすればどうすべきか。俺はじっと悩んだ。

 だがそれを許さないものがあった。時間である。気づくと後三十分。スマホには声子からの督促の連絡が入ってきた。

『もう時間よ。まだなの?』

 メッセージに対し、『いや、もう物はあるんだ。だが覚悟が足りないんだ。』そう返したかったが、説明が難しかった。『見つかった。すぐ行く』とだけ返し、ともかく零天丘へ向かうことにした。俺は穂先と古文書をバッグにしまうと、蔵に鍵をかけて走り出した。全速力で走って十分くらいだろうか。なんとか間に合うといいのだが。


 走りながら考える。果たして俺はどうすべきなのか。いや、どうすべきなのかは分かっている。そうする事が出来るかが不安だったのだ。零天丘はそれなりの高さがある。大凡ビルの五階くらいだろうか。そこから飛び降りるというのは、助かると分かっていても実行に移すのはかなり怖い。考えただけで怖い。その場に立って本当に出来るのか?不安が俺の心を包み込んでいた。とにかく急いで向かうしか無い。その心のもやもやを振り払うように、俺は走り続けた。


 丘の上につく頃には息切れが酷くなっていた。だが辛うじて時間には間に合った。既に隕石は今まさに地面に直撃せんという程にまで近づいてはいたが、まだ完全に着弾とまでは行っていなかった。

「遅いわよ!ギリギリじゃない!」

「ごめん、遅くなった。ちょっと色々あって。」

「まぁ、まだ間に合いそうだし、良しとするわ。あれは持ってきたんでしょ?」

 俺はバッグから穂先を出して、ホレあるぞ、と見せた。彼女はそれをまじまじと見つめた後、俺の手からそれを取り、槍に付けた。槍の光は更に増し、錆も取れ、掛け軸の槍と全く同じ形に変貌した。

「…美しい…。」

 彼女が思わず溢した。そこにはこの神秘的な光景に対する興奮だけでなく、これから起こるであろう事柄に対する期待の念も含まれているように思えた。その声に反応するように、俺は彼女の方を向いた。

 その時彼女は、この三時間の中で一番の笑顔を浮かべていた。

 俺がもし何もしなかったら、この笑顔は奪われるのだろうか。

 そう思った時、何故か俺の体は勝手に動き出していた。

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