11~16 Side 秋斗 05話

「眠かったら寝てていいからね?」

 シートベルトを締めながら彼女に声をかける。

 車に乗る前に彼女のバイタルはチェックした。今のところ異常を知らせる数値はないけれど、今日は朝から動いていることもあり、体力残量が気になるところ。

「さっき、一時間は寝てましたよね? だから、今は元気です」

「そう? ならいいけど……。肌、少し赤い?」

 レストルームから出てきたときにも思ったけれど、自然光の下で見ると薄っすらと赤くなっているのがわかった。

「あ……少し長く塗りすぎちゃったかな?」

「日焼け止めにもかぶれるの?」

「はい。なるべく肌に優しいものを使ってはいるんですけど、難しくて……。本当はあまり陽に当たらないほうがいいのでしょうけど、森林浴はやめたくないし、着込んじゃうと血圧下がっちゃうし。かといって日傘を持って写真は撮れないでしょう?」

「手のかかるお姫様だね」

 笑いながら言ったけど、本人にとっては気をつける項目が増えるわけだから、やっぱり大変そうだ。


 帰り道はノンストップで高速を走った。

 地元に帰ってからの時間をゆっくりとりたかったから。

 彼女はカーオーディオから流れてくる音楽に耳を傾けつつ、一斉に灯った外灯を目で追っていた。

「実はね、あっちのウィステリアホテルにも予約が取ってあるんだ。ディナーはいかが?」

 訊けばきょとんとした顔で見られてしまう。

 ま、それは想定済み。

「出かけるときに栞ちゃんと蒼樹には話してきてるから、家のほうは大丈夫だよ?」

「なんか、色々としてもらいすぎてどうしましょう……」

 不安そうな顔でこちらを見ているのがわかる。

「あのね、僕がしたくてやってることだから、そういうところはいちいち気にしないの」

「でも……」と納得はできないよう。

 それならフェアになるようにしてあげようか……。

「じゃあさ、この間の約束を履行して?」

「……クッキーですか?」

「そっちじゃない。土曜日にお昼ご飯を作ってくれるっていうほう」

「本当に、それでいいんですか?」

「ぜひ、お願いします」

 彼女は「それでいいのかな?」という顔をしつつも了承してくれた。

 翠葉ちゃん、君はとても甘いと思う。今のはちょっとしたトラップだ。

 俺が君を手に入れるための……。

 そんなことに気づきもしない彼女は、まだどこか不安げな顔をしていた。


 六時前には市街まで戻ってこられたが、日曜の夕方ということもあり、高速を降りたあとの国道が渋滞していた。

 まいったな……。目的地を目前に、まったく動かなくなった。

「あと少しで目的地なのに」

「きっとすぐに抜けますよ。よく渋滞するのはここだけって蒼兄が言ってましたから」

 言いながら、彼女はカーオーディオから流れてくる曲を聴いて「これは誰の曲ですか?」とたずねてくる。

 俺が持ちうる限りの情報を開示していると、彼女の好きな曲「Close to you」が流れた。

「この曲、好きな人の側にいたいって歌詞だよね?」

 車が動かないとあって、彼女を見ながら話すことができる。

 彼女は表情を和らげ、

「はい……。あなたが近くにいると、いつも急に小鳥たちが姿を見せる。きっと私と同じね。小鳥たちもあなたの側にいたいのね――なんだかその光景が見えてくる気がして……」

 それは嬉しそうに和訳を口にした。

「その先もきれいな歌詞だよね? 星が空から降ってくる、とか」

「そうなんです! 好きな人ができたら世界がこんなふうに見えるのかな、って……。ちょっと憧れちゃう」

 初恋もまだという彼女らしい想像だ。

「……意外とドロドロした世界だったらどうする?」

「……夢を壊さないでください」

 ちょっぴり拗ねた表情で怒られた。

 そんな話をしていれば渋滞はあっという間に抜けてしまい、予定時刻より少し早くにホテルに着いた。

 ホテルに着いたことが緊張の引き金になったのか、それとも服装を気にしているのか、どこか不安が増した彼女の顔。

 そんなの、俺に任せてくれてかまわないのに。

「まずはこっちね」

 と、二階にある貸衣装店マリアージュに連れて行く。

 そこで園田さんが待っているはず……。

 園田さんは湊ちゃんと栞ちゃんの同級生で、人当たりも良ければ対応も的確という噂の人。加えて、人にドレスを選ぶセンスはピカイチだと聞いた。

 ショップの入り口で出迎えてくれた園田さんに、彼女をお願いする。

「園田さん、この子お願いできますか?」

「承ります。今日はずいぶんとかわいらしいお嬢様をお連れですね」

「そうでしょう?」

「秋斗さんっ――」

 彼女はぎこちない動きで俺を見上げる。

 きっと、緊張と困惑の両方なのだろう。

 でもね、まだ終わらないから。

「翠葉ちゃん、かわいくドレスアップしておいで」

「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。私、園田と申します。お嬢様のお名前をおうかがいしてもよろしいですか?」

「御園生翠葉です……」

「とてもすてきなお名前ですね」

 園田さんは俺に向き直ると、

「十分ほどお待ちください」

 と、彼女を連れてショップの奥へと見えなくなった。

 さて、どんな変身を遂げてくれる?


 十五分もすると、園田さんに手を引かれた彼女が戻ってきた。

 ソファから立ち上がるも、彼女から視線が外せない。

 メイクまではしていないだろう。髪をアップにするだけでこんなにも印象が変わるものなのか……。

 いつもは髪に隠れている頬から顎までがすっきりと見え、首筋を邪魔するものはなく、華奢な肩と鎖骨が露になっている。

 着ているドレスは淡いグリーンのオーガンジーを何枚も重ねたようなチューブトップのワンピース。その色は、彼女の肌をとても白く見せた。

 園田さんから彼女の手を渡され、

「きれいにドレスアップしたね」

 この場に園田さんがいなければ、抱きしめてキスをしていたかもしれない。

 そのくらいの変身を見せた。

「あの……私、今、何が起こっているのかわからなくて……」

「だろうね?」

 とてもきれいな彼女はひどくうろたえていた。

「秋斗様、あまり意地悪しますと嫌われてしまいますよ?」

「そうですね。でも、驚いた顔を見たくなる子なので……。園田さん、ありがとうございました」

 彼女は緊張で声も出ないようだ。

 胸元で、彼女の脈を知らせる振動が心なしか速い。

「翠葉ちゃん、緊張しなくていいよ。行き先はレストランの個室だから」

「お嬢様、すてきなディナーをお楽しみください」

 園田さんに見送られ、戸惑う彼女の手を引きマリアージュをあとにした。

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