05話

「あー! うちの部の姫発見! 翠葉ちゃーんっ!」

 観覧席の下、コート内から大きな声で名前を呼ばれる。

 誰だろう、と思って探そうとしたら、探すまでもなかった。

 背が低く、髪の毛先がくるんとした栗色頭くんが思いっきり手をブンブンと振っている。

「加納先輩……」

「やっほー! 俺ね、次のバスケに出るんだ! 応援してね!」

 それはもうキラキラの笑顔でお願いされた。

 この先輩は先日、私の目の前で花壇の植え込みを助走なしで飛び越えるという偉業を見せた。

 もしかしたら、すごい脚力の持ち主なのかもしれない。加えて、とても小柄ですばしっこそうである。

「次のバスケって、司が出るんじゃないっけ?」

 海斗くんに訊かれ、

「会長も藤宮先輩も両方応援しちゃえば?」

 私の隣にいた希和ちゃんに言われる。

「そうそう、うちのクラスもう関係ないしさ。なんでもありでしょ」

 そう言ったのは、先の試合で藤宮先輩を忍者か何かと言っていた河野くん。

 二年A組のメンバーが続々と集まってくる中に藤宮先輩の姿を見つけると、海斗くんがすかさず声をかけた。

「司ーっ! ヘマしたら真っ先に笑ってやるからな」

 藤宮先輩は返事こそしないものの、少し凶悪な視線をこちらに向ける。

 そのとき、私がいることに気づいたのか、桜林館に無事にたどり着けたかをたずねられた。

 なんと答えようか迷っているうちに海斗くんが、

「サッカーの試合が終わってから、超ダッシュでピックアップした」

 自慢げに親指を立てて見せる。

 藤宮先輩は納得したのか、プイッと奥側のコートへ向かって歩き出した。

 恐ろしいほど素っ気無い態度だというのに、それすら様になってしまうのはどうしてなのか……。格好良すぎて少しずるい。

『あと三分で三年A組対二年A組のバスケが始まります! おっとー? これはこれは生徒会のキラキラ王子こと加納先輩と、影の会長と悪名高い藤宮先輩の戦いです! みなさん、会長の身長が低いなどと侮っちゃいけませんっ! あの人の足は一〇〇パーセントバネでできていますっ。もはや人間じゃありません! あれは猿ですっ!』

 ……この声、飛鳥ちゃん?

 なんか今、ものすごいことを言っていた気がするのだけれど……。

 どこで話しているのか、と桜林館の中を見回していると、

「あそこ」

 海斗くんが指を指して教えてくれた。

 そこは実況中継するにはもってこいな場所。ステージ脇にあるガラス張りの放送室だった。

 海斗くんが「くくっ」と笑い、

「あいつ、中等部のときから放送委員なんだよ」

「そうそう、紫苑祭や紅葉祭に燃えてるよなー?」

 相槌を打ったのは、今回の球技大会で捻挫してしまった井上くん。

「もうね、飛鳥に打って付けの委員会なのよ」

 言いながら理美ちゃんが笑う。

 ……それはいったいどんなものなのだろう。

「ま、そのうちわかるよ」

 と、楽しげに話す海斗くんにお預けを食らった。

「あっ! 桃華!」

 斜め後ろに座っていた亜美ちゃんが、桃華さんに気づいて声をあげる。

「あら、いい席確保したじゃない。ご苦労様」

 桃華さんは満面の笑みで声をかけたけれど、隣を歩く佐野くんはげっそりとしている。そしてふたりは、両手いっぱいにスポーツドリンクを抱えていた。

 そういえば、うちのクラスは桜林館に集まるのは早かったけれど、誰も飲み物は手にしていなかった。

「遅くなっちゃったけど、全員分あるからしっかりと水分補給をすること」

 ふたりはペットボトルを配りながらこちらにやってくる。

 桃華さんはきちんと押さえるべきポイントは押さえているからすごい。

 細かいところにも気が回る人ってすてきだな……。

 けれど佐野くんは、少し見ないうちにやつれた気がする。

「集計終わったの?」

 隣に座った桃華さんにたずねると、

「えぇ、もちろんよ。ねぇ、佐野?」

 後列を振り返ると、ふらっふらになった佐野くんが立っていた。

「こいつ鬼……。もしくは、将来有望な悪徳政治家。俺、あんなに必死で集計したこと未だかつてねえ……」

「あら、何か言った?」

 桃華さんは軽くあしらう。

「いつかぜってー足元掬ってやる……」

「ははっ! 佐野くんてチャレンジャーだよね?」

 希和ちゃんがおかしそうに笑っていた。


 ピーッッッ――

 ジャンプボールは二年生チームが獲得してゲームが始まった。

「あの……この人たちは普段何部なんだろう?」

 誰かに訊かずにはいられなかった。

 動きに無駄がない。そのうえスマート。小難しそうなドリブルやパスって、そんなに簡単にできるものなのか。

 ボールが藤宮先輩に渡る直前でカットされた。

「あ、加納先輩っ!」

「あの人厄介よぉ? いいバネ持ってんの。そのうえすばしっこい……。しょっちゅうバスケ部に乱入しちゃ引っ掻き回していく常習犯――っていうか猿?」

 バスケ部の久我聖子くがせいこちゃんが教えてくれる。

 さっき、飛鳥ちゃんにも猿って言われていた気がする。なのに、パッチリ二重瞼で睫もバサバサ、髪の毛がクルクルしていて色も明るくて、どこを取って見てもキラキラ王子。

 猿と王子の共通点がなさすぎておかしい。

「だから、何部なの?」と思うようなプレーが依然繰り広げられているわけだけど、よくよく考えてみれば、加納先輩は写真部だし、藤宮先輩は弓道部だ。

『おーっと! 相変わらずいいバネしてますっ、会長! カットしたボールを四番にパスっ! 四番そのままレイアップシュート! 華麗なるシュートを決めましたっ! 二年生チームもやられてばかりではありませんっ! 突っ走れーっっっ! 行っけーーーっ! シュート! 入りました! おぉっ!? 女子生徒の応援にも熱が入りますっ! がっ、藤宮先輩ノーリアクションっ! 少しはリアクションしたほうがいいですよっ! あっ、なんて言ってる間に三年チームに点が入った模様です! 誰が入れたんでしょう? バスケは展開が速いので見逃すことも多しっ! あしからずっ。え? あぁ、今のは三年二番の村川先輩だとか。あっ、会長さすがに上からのパスは難しいかっ!? バウンドバスを出すも二年生五番にカットされる。が、それじゃ終わらないっ! 取り返しに行くかっ!? 行くのかっ!? 一番の仲間に任せた模様っ!』

 さっきからこの実況中継が気になって仕方ない。時折佐野くんと顔を見合わせてしまう程度には。

「立花、だよな?」

「そうなんだって」

「すっごい楽しそうに喋ってるな」

 私と佐野くんはクスクスと笑いが止まらない人になっていた。

「もうこれは飛鳥の天職ね。将来リポーターとか性にあってるんじゃないかしら?」

 桃華さんの言葉に海斗くんが同意する。

「確かに飛鳥ならなれそうだな。もう、これがないと球技大会って気がしないし」

 クラス中から、「これがなくちゃね」と言われるほどに、飛鳥ちゃんの実況中継は支持されていた。

 飛鳥ちゃんの実況中継は、言っている内容はかなり大雑把なのだけど、とにかくテンポとノリがいい。

 中継を聞きながら試合を見ていれば、あっという間にハーフタイム。

 プレイヤーはみんなすごい汗をかいていて、息も上がっている。

 けれども、それ以上に歓声がすごいことになっていて、思わず周りを見渡してしまった。


 ハーフタイムが終わりホームコートが変わると、私たち観覧席側に藤宮先輩たちが移動してくる。

「翠葉、声かけなくていいの?」

 桃華さんに訊かれて言葉に詰まる。

 藤宮先輩を目で追うと、うっかり目が合ってしまい、恥ずかしくなって俯く始末。

 やだな……。顔、熱いや。

 左手で頬の熱を確かめるように押さえる。

「何? 翠葉って司が好きなの?」

 右隣にいた海斗くんにサクリと訊かれて、

「えっ? 違う、違うよっ」

 思わず、両手を突き出して否定する。

「でも、すごい真っ赤よね?」

 と、左隣の桃華さんに頬をつつかれた。

「だからねっ――」

 否定しようとしたら、真後ろにいた佐野くんの顎が頭に乗せられる。

「顔が好みなんだと」

「あー、文句なしに格好いいもんね?」

 希和ちゃんがぴょんぴょんと跳ねながらこっちを見ている。

「仕方ないわね。今はそういうことにしておきましょ」

 話を切り上げてくれたのはものすごくありがたかったけれど、桃華さんの流し目がちょっと怖かった。

「えっ!? それでみんな納得しちゃうの?」

 海斗くんはまだ訊き足りないといったご様子。

 いや、だからと言って問い詰められても困るのだけど……。

「だって、この子いじったって……ねぇ?」

 桃華さんが佐野くんを見ると、

「確かに……反応が正直すぎて面白くない」

 顎を頭に乗せられたまま言われた。

「なるほど」

 海斗くんに見下ろされて、その視線だけでぺしゃんこになれそうな気分。

「ちょっと、藤宮司っ。うちのクラス負かしたんだから勝ちなさいよねっ!?」

 よく通る桃華さんの声が響く。

「そうそう、うちのクラスの勝利の女神が応援してんだかんなっ」

 海斗くんが私の頭をくしゃくしゃ撫でながら言うと、

「ほら、応援っ!」

 と佐野くんに小突かれた。

「あ……えと……藤宮先輩がんばってください?」

 近くで話すくらいの声量でしか言えなかった。

 当然、声は届かないわけで、コートにいる藤宮先輩は、「何か言った?」みないたリアクションを返してくる。

 シニカルな笑みを浮かべているところを見ると、何を言ったのかは察しがついたのだろう。

 本当に意地悪っ。

「……藤宮司っ、ふぁいっとっ」

 悔しかったから、自分に出せる精一杯の声を張った。

 私的にはしてやったりなつもりだったのに、周りのクラスメイトからは笑われてしまう。

 時間が経つにつれて、頬が熱を持つような気がした。

「もう……やだ」

 顔を両手で隠すと、真後ろに座っている佐野くんが自分のジャージを頭にかけてくれた。

 そのまま観覧席の、手すりすれすれまで隠れてしまう。

 藤宮先輩は笑うのを我慢してるみたいに口元を押さえているし……。

 ……悔しい。そして恥ずかしい……。

 佐野くんのジャージがありがたすぎる……。

 佐野くん、ジャージのお気遣い、ありがとう。

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