第171話船上のひざまくら
「……一体なぜ!」
愕然とした表情を議長は見せた。
「何故って、当然でしょう?」
「私はエリク君の要望に応えると言ったのだ! なぜ、副議長がコールリングを受け取るのだっ!」
僕は焦りを浮かべる議長に向き直ると説明をする。
「僕は『不要な議員がいれば解任してほしい』と言ったのですよ」
「ああそうだ。だからこそ私は不要と思われる議員を解任すると約束したのだ」
どうやら理解できないらしい。僕は副議長の方を向くと。
「副議長。この島に不要な議員はいるのですか?」
「皆この島に住み、島を良くしようと悩み苦しみ続けてきた。これまでアスタナ島が国家の介入を防いでこれたのは彼らの力のお蔭だ」
その言葉は僕が望んでいた答えだった。
「これが、僕が副議長を信頼する理由です」
「意味が解らない。これまで島に貢献してきたからなんだというのだ。役に立たなくなったら解雇するのは当然だろうがっ!」
「ふざけるなっ!」
怒鳴りつけようとする副議長を僕は手で制する。そして議長に言う。
「商売でもっとも大切なものは最新の施設でも魔法具でもない。それらを管理し働く人達です。この島もホテルもまだまだ発展する。現時点で不要な人間なんて存在するはずがない」
いくら最先端の設備があろうが、いくら豪華な魔法具があろうがそれらを利用するのは人間なのだ。管理する側の人間がそれを理解していなければ働く者は幸せになれない。
「僕はこれまでのこの島を否定する気はありません。なぜなら、先人達が苦労して開拓し、ここまで発展させてきた歴史があるからです」
最初は海路が安定せず、少ない人員で森を切り開いたと聞く。
そうしてアルカナダンジョンを発見してから街を作り、組織を作り大きくなっていった。
そんな先人たちに敬意を払うのは当然だ。
プレオープンの時、副議長はホテルの欠陥を指摘した。
実際には欠陥では無く、その後の説明で問題がないと分かったのだが、議長を含む何名かは僕を非難した。
そんな中、副議長は彼らに怒鳴ると改善のための協力を申し出たのだ。
野心があるのは当然だ。誰だって生活向上のために生きている。
だが、彼はそれだけではなかった。
支援なしで成し遂げた僕らを評価し、手を差し伸べてくれたのだ。だからこそ……。
「僕は副議長ならこの島をもっと良い方向に発展させてくれると信じています。だからホテルの支配人をやってくれませんか?」
あの時、僕達を庇おうとしたように。先程議員を庇ってみせたように。
副議長なら島の人間に指示をしてダンジョンホテルを軌道に乗せてくれるに違いない。
「ま、まてっ! 私が……」
まだ見苦しくあがこうとしている議長が何かを言おうとする。だが……。
「この島の発展とホテルの利益に最大限貢献することを誓おう」
副議長は指輪を受け取ると僕にそう誓うのだった。
「見てくださいマスター。海ですよ海!」
船の手すりから身を乗り出したイブが目を輝かせて海を見ていた。
「あまりはしゃいで落ちるなよ?」
「イブがそんなドジするわけないじゃないです……わわっ!」
タイミングを見計らったかのように揺れが起こり、イブはバランスを崩した。
「ったく、だから言ったのに」
イブの身体が僕にすっぽりと収まる。
「す、すみません。まさか急に揺れるとは思わなかったんです」
申し訳なさそうに見上げてくるイブ。僕はイブの身体を戻すと手すりに手を付いた。
「それにしても本当に良い人材がいたものですね」
イブは手すりを抱えるように掴むと頬をつけこちらを向く。風で金髪が揺れ、陽光をうけて輝いている。
「そうだな。あれだけ仕事に実直で部下想いなら安心して任せられるよ」
前世で職場の上司に恵まれなかった僕には羨ましいとすら感じる。
「副議長さんに任せておけばマスターの手を煩わせることなくホテルに集客することができますからね。SPもかなり溜まってきていますよ」
帰国の船に乗って数日。収穫できるSPの量が日々増えていることから副議長が上手くやっているのを疑う必要がない。
「あの議長さんに任せてたら多分あっという間に崩壊してましたね」
「最後までごねてたからなぁ……」
僕は苦笑いを浮かべた。副議長にコールリングを渡した後から彼は副議長に命令をしようとしたのだ。
周囲の議員達も自分を切ろうとした議長を白い目でみていたので、彼は完全に孤立してしまった。
「あの人マスターを非難したし自業自得です。イブはすっきりしましたよぅ」
日差しが気持ち良いのか目を細めながら身体を伸ばす。
「あれでも昔は島に貢献してくれたんだ。副議長もそれがわかってるから仕事を割り振ったんだし」
誰一人不要な議員はいないと言った副議長は、議長も労働力として組み込んだのだ。
「今はクレームをつける人を宥めているようですよ」
イブはダンジョン内の様子が手に取るようにわかるので、議長の様子を教えてくれる。
一時期は議長まで上り詰めたというのに今はクレーマー相手の接客。自業自得とはいえばその通りだが同情はできないな。
「それにしても平和だなぁ」
結局あの島にいる間休めた記憶がない。
ホテルがオープンしてからは不備がないか常に見回りをしていたし、合間に教えを乞う生徒に講義をしたりもした。
昨晩など、最後のチャンスとばかりに夜明けまでいろんな人間に付き合わされたのであまり寝ていない。
「マスター。眠いのですか?」
「ん?」
気が付けばうとうとしていたようだ。
暖かな日差しに柔らかい風が吹き眠気を堪えることができない。
僕が瞼を開こうと力を入れていると。
「マスター私の膝でよければ使ってください」
イブがゴッド・ワールドからクッションを取り出し床に置いて座る。
そして自分の膝をポンポンと叩いて見せた。
「ん、ありがとう」
船室に戻ることも一瞬よぎるったのだが、戻るまでに眠気が飛んでしまうかもしれない。もやがかかったような思考の中そう考えた僕はイブの太ももに頭を預ける。
「ふふふ、今回もお疲れ様でしたマスター」
イブの優しい声が子守歌のように僕の思考に溶け込んでいく。
優しい手付きで髪を撫でられる感触がする。
僕はそのあまりの心地よさにいつの間にか意識を失う直前に。
「…………今はゆっくりお休みください」
イブの声を聞いた気がした。
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