第81話ゴールデンシープ

「おっ、群れ発見!」


 山脈の中腹の傾斜の途中にそれはいた。

 空から確認できる黄金の羊毛は太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


「わざわざ飛んできた甲斐があったな」


 レアモンスターのゴールデンシープの発見に僕は頬をほころばせた。


『雄は屠って肉にして、雌は乳と毛を刈るために捕獲しましょうか?』


 唐突に物騒な提案をするイブに僕は答えた。


「別に今すぐ食べるわけじゃないからな、取り敢えず捕まえてそっちに送るから」


 僕はそう言うと、高度を落とす。そして…………。


「メエエエエエエエエエーー!」


 群れの前に降り立った。

 するとゴールデンシープは突然現れた僕に驚き、鳴き声を上げて警戒を促す。


「メメメメッメエエエエエエーーーー!」


 その内の1匹が睨みつけたかと思うと僕へと突進してきた。


『マスター気を付けてください。そいつら結構力強いですよ』


「うん。知ってるよ」


 アカデミーの図書館にあったモンスター図鑑に載っていた。

 冒険者などが積極的に狩りに行くので弱いような印象を受けるのがゴールデンシープなのだがその実力は決して侮れない。


 実際のところ強さはCランク程なのだが、倒した時の旨味が大きいので冒険者などは連携を駆使してゴールデンシープを倒すのだ。


「メーーーーーーエッ!」


「おっと、中々強いな」


 意外と硬い金糸に体重の乗った突進。普通の人間ならこれで撥ね飛ばされているところだろう。


「だけどこのぐらいなら問題ないかな」


 色々な経験のおかげで身体能力が凄いことになっている僕にとっては小犬がじゃれついているようなもの。


「よっこらせっと!」


 ゴールデンシープを持ち上げつつもザ・ワールドの入口を開くと……。


「メ、メメッメエエエエエエエエエーーー!!」


 入り口に向かってゴールデンシープを放り込んだ。


「あとはイブに任せればいいな」


 イブならば巧みに通路を限定させることでゴールデンシープを【牧場】まで誘導してくれるに違いない。


「「「「「メ、メェーーーー!!」」」」」


 僕がそんなことを考えていると残ったゴールデンシープ達は一斉に別々な方向へと走り始めた。


「あっ、こらっ!」


 流石は野生のモンスターだけある。

 今の一瞬で僕にどうやってもかなわないことを察したらしく、散り散りになることで逃げきるつもりのようだ。

 ところが…………。


「カイザー、逃がさないように回り込め」


「クエッ!」


 僕が命令するとカイザーは空からゴールデンシープに襲い掛かると退路を塞いでしまった。


「メメメ、メェー」


 前方にはクリスタルバード。後方には僕に挟まれる形となったゴールデンシープは怯えた様子を見せる。


「ほらほら、取って食ったりはしないから。大人しくこの中に入るんだよ」


 言葉が通じたのか、逃げられないと悟ったゴールデンシープ達は僕の指示に従う様に……いや、カイザーが追い立てたおかげでザ・ワールドの中へと入って行く。


「まるで牧羊犬みたいだな」


 カイザーは賢いので僕の意をくみ取るとゴールデンシープ達を誘導してくれたのだ。

 それからしばらくしてその場の全てのゴールデンシープを捕獲した僕は様子を見るためにザ・ワールドへと戻るのだった。





「みてくださいマスター。大人しいもんでしょう?」


 中に入って見ると、イブが牧場娘のような服装で僕を出迎えた。


「本当だね。狂暴なモンスターだと思ったのに一体どうして?」


 仮にもCランクモンスターなら暴れるか逃げ惑うかしそうな気がするのだが…………。


「それはあれのおかげですね」


 そう言ってイブが指差した先にあるのは牧草だった。


「なんか最初は興奮していたんですけど、あそこに積み上げられてる牧草を食べたら急におとなしくなったんですよね」


 もしかするとこれも【牧場】の効果なのだろうか?

 積み上げられた牧草はゴールデンシープ達がいくら食べても減ることがない。

 やがて満腹になったゴールデンシープ達は牧場の中で横になり始める。


「全部で23匹か。餌の問題がないみたいだし余裕で飼えそうだな」


 このゴールデンシープは生け捕りするのが難しいモンスターなのだ。

 それと言うのも住処が山脈の中腹と、捕まえても連れて帰るには険しい場所にあるからだ。


 だが、生け捕りにした際のメリットはとても高い。そのメリットというのは……。


「マスターせっかくなので乳を搾ってみましょう」


 そう言うと桶を用意してくる。


「大丈夫か? 暴れたりしないかな?」


「平気ですよ。暴れるようなら首を壁に固定して拘束しちゃいますから」


 イブの鬼畜な提案を聞きながら1匹のゴールデンシープに近寄る。

 先程までの敵意はなりひそめると普通に立ち上がりじっとしている。


「よーしよしよし。ちょっと乳を搾らせてもらうからな」


 そう言って話し掛け、桶を下に置くと搾る。

 ゴールデンシープを生け捕りにしたメリットとは羊乳を搾取できることだ。


 ゴールデンシープの乳は市場で滅多に見かける事は無い。

 討伐の際に余裕があれば搾取するらしいのだが、戦闘するのは足場の悪い山脈。

 ゴールデンシープを無力化しつつ乳まで回収するには余程の手練れで無ければ実行できない。

 そんな事情もあってか、もし乳を入手したとしてもそれらは貴族や豪商など一定以上の地位の人間が買い占めてしまうのだ。

 

「め、めぇ~~」


「こうしてみると結構可愛いな」


 乳を搾られて気持ちよいのかゴールデンシープが嬉しそうな顔をする。


「ですねぇ。生き物は従順なのが一番ですよ」


 隣でイブも満足そうに頷いている。

 しばらくして桶が羊乳で満たされるとゴールデンシープはその場を離れると群れに戻って行った。


「取り敢えずこれで目的の1つは達成だな」


 僕の今回の目的は【牧場】を利用することだった。

 アスタナ島に行く前に、食糧をもっと充実させたいと考えたのだ。


 【畑】のおかげで農作物の供給は問題ない。その上で次に用意すべきは畜産物だった。

 ちょうど山脈付近にゴールデンシープが生息しているのを知っていた僕はその最上の羊乳をどうしても入手したいと思ったのだ。


 幸いなことに僕には【飛行】があったので索敵は問題ない。

 さらに、生け捕りに関してもこうしてザ・ワールドに入れてしまえば運ぶのも簡単。

 そして【牧場】に連れて行った後はこの通り。

 まるで安穏の地を見つけたかのように寛いでいる様子はゴールデンシープ達にとってここが最高の環境だというのがはっきりわかる。



「マスター。低温殺菌をしておいた羊乳です」


 イブが早速羊乳を持って戻ってきた。僕はその羊乳に口を付けてみると…………。


「へぇ、濃厚で甘みを感じる。喉越しも良くて素晴らしい味だな」


 これならばどんな料理に使うにしても素晴らしい味わいは保障されるだろう。


「わざわざ探し回った甲斐がありましたねマスター」


 横でニコニコ笑うイブに応えると。


「これなら最高のバターやチーズを作れる。料理の幅が広がるな」


 みなぎってくる料理熱に僕はルーム内の台所事情についても考えなければならないのだった……。

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