第79話【飛翔】

「さて、それじゃあイブ。周囲の警戒を頼むね」


 翌日、僕はアスタナ島への準備の1つをするために街の外へとでた。


『平気ですよ。今は周囲に人影もありませんし、マスターには幻惑が掛かっています』


 今回の目的は新しく覚えた恩恵の効果を確認すること。


「よし。それじゃあ早速使ってみようかな……【飛行】」


 僕が意識を集中すると、全身を青白い光が覆うと身体が浮き上がり始めた。


「おおおおおっーーーーー!!!」


 感動を押し殺すことが出来ずについつい声が出てしまう。


『す、凄いです! マスター浮いてますよ』


 イブの声を聞くあいだにも高度が上がっていく。

 意識をコントロールすると上昇スピードが緩やかになった。

 僕は色々と試すと上昇と下降を繰り返し、身体の向きを変えたり腹を下に向けた状態で安定させながら高度を上げていく。すると…………。


「す、凄い! 王都があんなにはっきり見える」


 眼前にはこの世界で初めて見る光景が広がっている。


 アレスさんやエクレアさんが住む城や僕やロベルト、アンジェリカが通うアカデミー。イザベラさんが働く毛皮骨肉店にセレーヌさんの実家のダンジョンコアショップまで。


 行き交う人々や魔導車に、線路を走る魔導電車など。それらの全てを視界へと収めた。


「コアランクⅥの価値を完全に超えてるよこれ」


 人類初と思われる空を飛ぶ恩恵。僕は解放感を覚えると自然と笑みを浮かべる。


「ちょ、ちょっと飛んでみるよ」


 そういうと僕は王都から離れると平原の上を飛んでみる。

 最初はゆっくり飛んでいたのだが、次第に慣れてきたので自在に飛び方をコントロールする。とても気分が良い。


『マスター、カイザーが一緒に飛びたいと言ってますよ』


 感動に酔いしれているところをイブが話し掛けてくる。

 僕としてもこの喜びを誰かと共有したいと考えていたところだ。


「わかったよ」


 僕がザ・ワールドの入り口を開くと。


「クエエエーーー」


 そこからカイザーが鳴き声をあげながら出てきた。


「わっ! 飛びついてくるなよっ! まだ飛ぶのに慣れてないんだから」


 そんな僕の言葉を聞いていないのかカイザーは腕の中に納まる。


「おっ、カイザーの重量が加わると少し高度が落ちたな」


 そういいながらも少し飛んでみる。走るのより全然早いのだが、さすがに魔導車程のスピードは出ていない。スピードを出すと風の抵抗も強くなってきたのでこれ以上は目を開けていられないかな?


 そんなことを考えていると急激に風が弱まった。


「あれ?」


 何故突然風が弱まったのか困惑していると……。


「マスターいかがでしょうか?」


 イブが何やら質問をしてきた。そこで僕はこの現象についてイブに聞いてみることに。


「もしかしてこれ、イブがやってるのか?」


「ええ、風でマスターの体が冷えると良くないですから。イブが風魔法で壁を作っているので安心して飛んでいただいて構いませんよ」


 流石はイブである。僕の考えが及ばない部分をきっちりサポートしてくれる。

 1人では気付けないこともイブと2人で考えれば最善の結果を導き出せる。昨日の【増幅】の使い方とかだったり、これまでもお互いの知恵を出し合っては能力を便利に使ってきたのだ。


「よし、それじゃあ【増幅】を使うか」


『あ、あまり無茶はしないでくださいよね?』


「大丈夫だ。僕はイブの魔法コントロールを信じてるからな」


 他の誰でもないイブだからこそ背中を預けられるのだ。僕に全幅の信頼を寄せ、僕がもっとも信じている相手だからこそ。


「カイザー、ちょっと離れてくれな?」


「クックー」


 わかったとばかりに羽ばたいて離れる。


「よし。それじゃあ【飛行】に【増幅】を使用する」


 次の瞬間、身体を黄金色の光が包み込む。

 先日の【畑】と同じ変化だ。


『マスター、恩恵の【飛行】が変化しました。現在の状態は【飛翔】です』


 言われなくても理解できていた。

 先程までに比べると感じる力強さが段違いだ。


「よし、カイザー。僕と競争しないか?」


「クエ?」


「真っすぐ飛んで相手をある程度引き離せた方が勝ちってことでどうかな?」


 この世界においてクリスタルバードのスピードを超える飛行生物は両手で数える程しか存在しない。

 せっかく【増幅】を使ったのだからこの機会に実験をしておきたかったのだ。


「クエックエッ!!」


 どうやらやる気をみなぎらせているらしい。


「よし、イブ。合図を頼んだぞ」


『はーい、仲良くていいなぁ。それじゃあ……よーいスタート!』


 イブの合図と共に僕は全力で飛ぶと………………。


「ちょっ! はやっ! こわっ!」


 目まぐるしく目の前の光景が変化していく。そのあまりの早さに自分が何処を飛んでいるのか一切わからない。


「クエエエエエエエエエエエエエエン――――!!!」


 最初の方はカイザーの鳴き声が聞こえていたのだが、すぐにその声は遠のいていきやがて聞こえなくなる。


『マ、マスターこれやばいです……嫌っ! 本当に無理っ! こ、こんな凄いのた……耐えられませんよぉぉぉぉーーーーー』


 イブの叫び声が脳に響く。これほど慌てたイブの声を聞くのは初めてだ。もしかすると魔法の負荷が凄いのでは?


「とっ、止まれええええええーーーー!」


 僕は流石に危機感を覚えると速度を落とすことにする。

 そうすると、徐々にスピードが落ちてきたようでようやく自分が飛んでいる景色が見えるようになってきた。


 そして、なんとか空中で停止すると周囲を見渡して呟く。


「ここは一体どこなんだろうか?」


 下を向くと、見たことが無い街があるのだった。

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