王命

閉じた酒場のドア越しに何がしかの合言葉を交わして入ると、ドゥリンはその奥の酒蔵のような場所へ入っていった。そこに続いていけば、樽の上に座るまぶしい金髪の青年がこちらにほほえみかけていた。


「鐘が一つ少なかったからどうかと思ったけれど、君がその様子なら心配はいらなかったね」


時刻の鐘は時たまずれるので気にしなかったが、そのタイミングと数で情報を伝えていたらしい。味方だったからよかったものの、うかつだった。私の動向が観察されていたのだ。

「街からアボワ村へ向かいそうな人がいたときに一つ少なく鳴らすんだ。誰であってもね」

「……そう、ですか」


顔立ちとその金糸の髪は見慣れていたが、目の前の青年はサーコートをまとい、腰のベルトにレイピアをいている。そのいかにもファンタジーの王子様然とした格好にはたじろいでしまう。


「明後日、戦が始まる。王国が、ガーグランツの公国占領軍を攻めに来るんだ」

「……」

「その先遣隊に僕の兵を貸し出している。集まれば最初の目標として辺境伯の砦が奪えるだろうね」


そもそも歴史的にも戦争では徴兵が肝だ。

権力者たちは手を尽くして様々な方法で兵を雇い入れる。

兵役に来なければペナルティを課す法を敷いたり、方方へ借金して傭兵を雇ったり、だ。そこに必要なのはコネクション、権力、そしてもちろん金なのだが、潜伏していた王子のティルに何のコネクションがあったのだろう。


「君は約束通り戻ってきて、アボワの村は焼かれていない。この先にもそれは変わるかもしれないが、今は君を使ってあげよう」

「はっ」


けれどそれを聞くのは今ではない。今はティルたちの信頼を獲得して打倒王国につとめるだけだ。


「君のことはなんと呼べばいいのかな?間諜かんちょうさん」


名乗るべき名前の準備はしていなかった。しかしここでまごつけば私が本当に王国を裏切っているのか疑われかねない。主君に告げて困る素性などあってはいけないはずなのだ。私の一瞬の動揺を見透かしているのかティルは愉快そうに私を見ている。被害妄想であってくれ。


「べ、ベス。ベスと呼ばれていました」

「君がそう言うなら、ベスと呼んであげよう。ベス、君に頼みたい役目があるんだ」

「何なりと」


ころころと喉奥で猫のように笑っていた青年の顔が、命令を下す王のかんばせに変わる。冷淡に私を青く見下ろし、拒否を許さない声で魔剣の王は告げた。



「辺境伯は君が獲れ」


「はっ」


その迫に私はこうべれ、膝をつき、その御意のままに動く以外の選択肢はない。




って、んん?待て?この王子様なんて?

まさか大将首を私に挙げろといいなすった?

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