街で就職しました
朝に村を出てから日が暮れかかった頃、本をうずたかく乗せた荷車を引くロバと引手に出会った。引手のおじさんは小脇に一冊本を抱えていて、そこかしこに傷がある。この古傷がすべて商品を守るために負ったものなら、街と外の行き来に慣れているのではないだろうか。
「お、じさん…おじ、さん!」
おじさんは片眉をあげて私に振り向いた。聞こえている、よし。
「街への道はこっちであってるんだよね?」
くたびれかかっていた短くて遅い足に喝を入れ直して隣に着く。
「……なんだあの歩き方は…農民の歩法じゃねえな……」
「ねえ、おじ…おじさん!」
「チビすけ、街はまだまだ先だ」
「あってるんだ!」
おじさんの荷車に腰掛けたり、泥道で荷車を一緒に押したりしながら私達は3日で街の門をくぐった。おじさんは私がパンを差し出すから案内してと頼んだら、いらねえと首を振って、荷車に乗れと言ってくれた。愛想はないけれど、優しい人なんじゃないかと思う。
進むのをやめる間、彼はぽつぽつと荷物の本が魔導書であることと、自分はいわば武器商であることを話してくれた。本があれば魔導が使えるなんて、とおじさんに一つ値段を聞いてみたが、文字が読めて理解できていなきゃ使えないとくるので私が魔導士になる未来はなさそうだった。
しかし魔導書、なぜかその装丁や存在、そして魔導という存在が妙に頭にひっかかる。私は何かを知っているのか?私の頭に降りたどこかの世界の生活の記憶に何かある気はするが、一体何なのかはわからない。いずれこの記憶も馴染んでくれるのだろうか。
別れ際、おじさんはマシな暮らしがほしけりゃこっちだ、なんて言って武器商ギルドを紹介してくれた。紹介といっても、親方のところに無愛想に押していっておじさんはさっさと行ってしまったのだけれど。
古傷まみれの筋骨隆々とした腕を組み、髭面の禿げた四十代くらいの男が私を見下ろしてくる。この威圧感には耐えきれない。
「田舎、から、出てきききました!マデリンです!は、た、働かせてください!」
「………」
「ち、小さいです、けど!私、重い袋とか担いでずっと歩けます!え、ええっ
と……」
自分の中にあるものを必死に探る。
私の強み、私にしかないもの。
あの日に受けた啓示しか思いつかない。
その中で私の特技は、私が知っていて強いものはなんだ?
信じてもらえるものは…
「っけ、剣!とか!槍を持った人と!素手で戦えます!!」
盛ってしまった。
なにかそれに準ずる鍛錬が身についている記憶はある。
でもそれは実戦で使おうとすれば1、2手いなせればいい方だったような。
顔を上げれば親方は片手で髭をさすっている。当然だ。ちびの田舎娘が突拍子もない事を言い出したのだから。
「小娘…将校の歩き方……バックスの紹介……ふむ、兵士にとりたてられてしまわないように連れてきたか…」
「親方…?」
「田舎娘!いやマデリン。今日からあそこで槍おろしてる男についていけ。田舎はどこだ?そこの教会に口きかせてやる」
武器商としての人生がはじまった。
検品する槍の最後の一本が曲がっていないことを確認して汗をふく。親方のところで働き始めてから丸一年になる。屋根裏で雑魚寝しているみんなはもう兄弟のような感覚だ。
私の世話係に指名された『交渉上手』は、「マデリンはもっと大きくなれ」なんて言って、給金がはずむたび飯屋に連れて行ってくれる。
親方はあまり言葉をかわしてくれないけれど、彼が私の村の教会に、私の給金分安く魔導書をおろしたと聞いた。
司祭様に私の名前で貸しを作るなんて、村で暮らしていたときは考えられないことだったのに。
日なたに出して検品した槍を元の場所に戻したら、今日も街の鐘とともに遊びに出る。
持ち場でやることが終われば自由時間…という名の修行の時間だが、私は親方に内緒で抜け出している。
人やものが溢れていて、ご飯の選択肢がこんなに広いのだから、出歩かなければ損だろう。
それにこの世界には天馬騎兵という女の子にしかなれない仕事がある。
処女しかなれない精鋭兵で、領主でもお金持ちしか雇えないそう。
そしてその騎兵たちは生まれを問わず、素質があると認めて貰えれば誰でも選ばれるらしい。
私のような出稼ぎ娘や身寄りのない子、修道女たちの憧れだ。
私は街に来てから存在を知って、この前はその一部隊が街の上空を駆けていくのを見た。
五年に一度、王様の命令を受けた天馬騎兵がいろんな街に降り立って娘たちを選びに来るようで、次に天馬騎兵が娘たちを選別にくるのは3ヶ月後らしい。
そのためにも私達は自分のお披露目を忘れないのだ。
選ばれたときは武器商ギルドのみんなとはお別れだけれど、給金がいいお城仕えになるのだから、そのお金をギルドにおろして恩返しをしよう。
などと夢物語に胸をふくらませていると、少しずつ道から女の子たちが消えているのが見えた。どうやら夕刻を告げる鐘が鳴っていたらしい。
急いで戻ると建物の前で親方が腕を組んで仁王立ちしている。
これは久しぶりにげんこつをもらうかもしれない。
「こ、こんばんは……」
「田舎に身寄りがあるくせに、お前も騎兵になりたいのか」
ばれていた。
「武器商としての修行も欠かしてなんか」
「冗談じゃない。なんのためにお前をここに置いてやっていると思っている。兵士に
もっていかれないためだぞ」
「もっていかれないように?親方、女がなれる兵士は天馬騎兵くらいじゃないんですか」
「馬鹿野郎。いいか?女は間接が柔らかくて病気と飢えに強いんだ。戦争が始まったら身寄りのないの、丈夫なのから取り立てられる。しかも捕虜になっても殺されづらいから敵の兵糧も減る」
なんだか生々しい話がさらっと混ぜられた気がする。
「でも男の方が力が強いですよ親方。体力だってある」
「男も女も兵にされるさ。いざとなったらそんな差なんて誤差だ。戦が長びきゃ兵なんて選んでる暇もねえ」
「はあ……」
この人がお人好しなのはいまのでよくよくわかった気がする。
「親方…あの、なんでそうやって私のこと気にかけてくれてる、んですか…?」
「娘がいたからだ。これ以上は言わん。だが…ああ、別れならそうか、潮時か…」
親方が頭をかく。娘さんがいたというのは聞いたことがなかった。どこかお嫁にでもいってしまったのだろうか。だが、別れ?まさか解雇されるのだろうか?
「どれくらい字が読めるようになった?ん?」
「まだあんまり……ちょっとずつなら」
「お前の村からの知らせだ。読んでやるからよく聞けよ、マデリン」
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