マディは裏切ります


裏切ったはずの祖国、その旗印の情報を持ち帰り、私は報告に入った。

 

王の私室で御前にひざまずく。王を狙う企て、それも王族のものとあらば私のような者といえど、直接伝えねばならないと判断した。

王の傍らには戦場でもないのに甲冑をまとい、深くヘルムを被る将が佇んでいる。三年前に馬車に乗ってこの城を襲撃した精鋭の一人だ。


下手を踏んだら死ぬな、これ。


「アボワ村の調査より帰還しました」


王は興味なさげに眉をあげる。

しくじった。


よもや私のことなどもう覚えていなかったのかもしれない。

一人で王国の竜騎士団に匹敵すると比喩なく伝えられる将軍だった男だ。小さな企てはおろか、村で拾った小娘の密偵などとうに眼中になくてもおかしくない。

そもそも私に調査命令を出したのは王の身辺を掃除する側近だったじゃないか。


であれば何も言わずこっそり抜け出していたほうがよほど賢かった。


「何だ。言っていけ、密偵よ」

「はっ」


今更まごついても仕方がない。


「あの村にはかつてこの公国が秘匿した王子とその従者が潜伏していた模様」

「………」

「しかし半年前に村を発っていました。方角は北西、王不在の王国へ亡命を図ったかと」


冷や汗一筋でもかいたら負けだ。


「…して、貴様は追うこともなくおめおめと帰ってきたのか」


ぶわりと肌が粟立つ。王か、その隣の将が得物に手をかけた瞬間に私の最期は決まってしまうだろう。


「故に、越境しての調査許可をいただきたく…っ……」


王の手元を床に伸びる影で確認する。傍らの大剣、切っ先が丸い処刑人の剣にも似た巨大な王のフランベルジェはその形状故に鞘がない。

抜く瞬間はなく、振りかざせばそれで私は終わりだ。

王の影は愛剣の柄に手をかけ…


「勝手に行け」

「っ……必ずや朗報を」


言うやいなや王を視界から離さぬよう後ろへ跳び、壁を蹴って天井の梁へ跳び上がった。背中を切りつけられる気しかしなかったのだ。心臓を呼吸で抑え込みながら下を見ていれば、二人の勇将は何事もなかったかのようにお互いへ向き直っていた。

さっさとこんな部屋からは離れよう。




「強いと踏んだから拾ったというのに、未だ狩らぬとは」


幅の広い剥き身の刀身に陽光を照り返す王の愛剣を見やり、甲冑の騎士が口を開いた。


「剣が食おうとせなんだ者など知らぬ」

「一度はそれでも切ろうとしたでありましょう」

「フェイバーめが初めて我に諫言した折か」


王が半目で顎髭をさする。彼にとって芥子粒のような密偵の仕事など些事でしかなかったのだろう。


 王の精鋭たる騎士カラドクは傍らの大剣、自身に向けて鈍く光る凶刃を見下ろした。

波打つ諸刃はフランベルジュを思わせるが、その刀身は広く、遠目には処刑人の剣そのものである。

大剣の刃は比喩ではなく文字通り騎士の命を欲していた。

その暴王の牙ブルトガング、強者の命を啜って切れ味を増す魔剣だ。

 王が捕虜にした兵らを気まぐれに相争わせ、選別した果てはこの剣の糧である。カラドクが切られていないのは王の秤がまだカラドクを臣下にもつことの利を優先しているからだ。


「本国を調べると言っていましたが」

「捨て置け。三年追い、親しい諸侯を消しても立ち上がらぬ王子なぞもはや幻と変わらぬわ」


王はつまらなそうに吐き捨てる。自身を興じさせる相手、ブルトガングの糧になる相手でないと判断した亡国の王子などとうに眼中になかったのだろう。であれば、とうに王から臣下ともみなされていない密偵は言わずもがなであった。


「拾わせたのは陛下だろうに」

「ふん、その時だけはこの剣が強者と見たのであろうよ。育てば良い糧になるとな」


カラドクはヘルムの中で、フェイバーが王に村娘の命乞いをしたのを思い出していた。育てろと命じたはずの娘は魔剣の見出した萌芽をついぞ芽吹かせなかったのか、あるいは。

(奴が娘の命惜しさに隠し通した、か)

いずれにせよカラドクには関わりのないことであった。彼にとっては小娘の持ち入った報告こそ注意を向くべきものだ。果たして理不尽に自分たちのもとへ引き入れられた者が、解放の旗印を追討するのだろうか。

(こちらも密偵を差し向けておくか)

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