第206話 お見送り

 パーティーの活動方針が決まった後、彼女たちの行動は素早かった。その日のうちに旅の荷物をまとめ終えて、翌日にはオプスクの森から旅立つことになった。


「リヒトさん、色々とお世話になりました」

「久しぶりに人と触れ合えて、俺も楽しかったよ」


 翌朝ナディーヌと、お別れの挨拶をする。普段は俺とリヴだけが居るこの拠点に、他の人が入ってきたのは嫌じゃなかった。久しぶりに、別の誰かに色々と教えることが出来て楽しく感じたのも本当だ。それから彼女は転生者であり、前世の楽しかった記憶を思い出すキッカケになった。


 彼女と出会えたことは、本当に良かったと思っている。


「世話になった」

「気にするな」


 大きな荷物を背負ったレオナルトは、しれっとした表情を浮かべている。そして、あっさりとした言葉だけで別れを済ませた。俺も、同じように軽く返す。


 それだけで、俺たち2人のお別れは済んだ。ただ、一言添えておく。


「例の件、頑張ってな」

「あ、あぁ……」


 ナディーヌとの関係について、俺は応援していると暗に伝えた。すると彼は、動揺しつつ頷いた。彼なりに、頑張るようだ。


「?」


 レオナルトの横で、不思議そうな表情を浮かべるナディーヌ。例の件、ってなんだろう。そんな表情のように見える。


 それとも、俺たち2人が普通に会話している様子が不思議だったのかな。しばらく前までは、それほど親しそうにしてなかったからな。まぁ今でも、そんなに仲が良いというわけではない。


 だけど、短い言葉で意思疎通が出来る程度には親しくなったのかもしれない。




「リヴくん、今までありがとうね」

「リヴ。助けてくれて、助かったよ」

「ワウ!」


 俺たちから少し離れた場所でシルヴィアとパスクオラルが、横になっているリヴの頭やら背中を撫でながら、感謝の言葉を伝えていた。彼女たちの言葉に、短く吠えて反応を返すリヴ。


 凶暴なモンスターがあちこちに生息しているオプスクの森。武器を捜索するという彼女たちの護衛を任せていたが、その間に仲良くなったようだ。


 シルヴィアたちは寂しそうな表情を浮かべて、リヴとの別れを惜しんでいる。旅に同行してほしそうな顔をしているけれど、残念ながら俺とリヴは一緒に行かない。




 別れを終えて、ここから出発する準備は万端。あとは、拠点から出ていくだけ。


「あの、リヒトさん。2つだけ、お願いしてもよろしいですか?」

「なんだ?」


 出発する間際にナディーヌが真剣な表情で、何かお願いしたいことがあるという。お願いしたいことは何なのか、聞いてみると答えが返ってきた。


「1つは、私たちを助けてくれた報酬について、しばらく待ってもらいたいんです」

「あぁ。それぐらいなら、構わない」


 報酬を出すことを条件に彼らを助けたけれど、しばらく一緒に過ごしているうちに情が湧いてきた。それで、報酬の件についてもすっかり忘れてしまっていた。


 ナディーヌからお願いをされて、ようやく思い出したぐらい。だから俺は、彼女のお願いに頷く。そんなに急いでい用意しなくても大丈夫。特に今は、魔王対策などで大変だろうから。


「ありがとうございます。状況が落ち着いたら、必ず用意してお渡しします」

「あぁ、待っているよ」


 頭を下げて、感謝を言葉にするナディーヌ。さて、もう1つのお願いとは何か。


「それから、もう1つ。もし私たちが魔王復活を阻止できなかった場合、後のことを任せてもよろしいですか?」

「なるほど、わかった。その時は、俺も動こう」

「ありがとうございます。万が一の場合には、使いの者を送ります」

「無事に、成功することを祈っているよ」


 ナディーヌは女神から、もうひとりの転生者である俺の力には頼らないように、と言われたらしい。


 俺も女神から、余計なことには首を突っ込まないように、静かに暮らすように、と言われていた。だから俺は、彼らの旅には同行しない。ここで、ちゃんと別れる。


 だけど、ナディーヌは失敗してしまった後のことを考えていた。


 万が一、ナディーヌたちが魔王に敗北してしまった場合には、人類は魔王によって滅ぼされるらしい。流石に、人類が滅亡するかもしれない時に、俺は傍観者にはなれない。その時になったら、俺も動くことを約束する。


 かつて俺も、勇者だった時の人生がある。それを思い出すと、復活してくる魔王を放置することは出来ない。


 でも、彼女たちは大丈夫だろうと思う。この短期間で戦闘訓練を繰り返し、経験を積んで、かなりレベルアップをしていた。レオナルトは、なかなか実力のある勇者に成長していた。


 これから復活するという魔王の強さがどの程度なのかは知らないが、レオナルトとナディーヌの2人で対処できると思う。俺は、彼女たちが魔王の復活を阻止できると信じて、静かに待っておこう。




「それじゃあ、皆。行きましょう」

「あぁ」

「はい」

「了解です」


 ナディーヌが号令をかけて、レオナルトたちが返事すると森に向かって4人で進み出した。彼女たちは振り返らず、前だけ向いて進む。すぐに、オプスクの森も抜けて王都に帰還する。


 ナディーヌとレオナルトの2人は出会ったときと比べて、実力については段違いに強くなっている。この付近に生息しているモンスターと戦っても楽勝だろう。あの時のような、全滅の危機は訪れない。


 拠点から去っていく彼らの背中を見送って、俺とリヴはいつもの日常へと戻った。

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