第83話 勇者の試験と修行の日々
順調に勇者の試験であるトーナメントを勝ち進んでいた。俺は試合を消化しつつ、試合が無い日などは弟子にしたジョナスを訓練して、鍛える日々を過ごしている。
彼に合うトレーニング方法を考えて、指導しながら実力を磨いた。剣術については習っていたようなので、そこはあまりイジらないように基礎的な能力を高めるための訓練をメインに行った。
走ったり、筋力のトレーニング、戦いの中での判断力を鍛えるための模擬戦など。長く戦えるように、力負けしないように、素早く判断して動けるように、訓練で体を鍛えていく。
ジョナスは教えると飲み込みが早くて、グンと成長していく。なので、教え甲斐もあって、予想した通り彼を弟子にして楽しい毎日を送れている。
ちょっとした期間で成長して、もとから彼が身につけていた戦い方や技術を上手に活かせるようになっていた。出会った頃から比べたら、数倍ぐらいは強くなっているジョナス。
「うっ!?」
「痛めた?」
ジョナスが、地面の上に倒れる。そして痛みを堪えるような表情を浮かべていた。今日は長時間、実践に近いような訓練を行っていた。疲れで集中力が切れたみたい。俺の攻撃を避けようとしたが、体勢が悪くて転倒したようだ。
手に持っていた訓練用の武器も落とす。その時に、地面に手をついて痛めたのか。彼に駆け寄って手を取り、怪我の具合を見てみる。
「いてて。ちょっと、怪我を」
「ん」
無理をして、立とうとする彼を座らせる。そして俺はすぐさま、ジョナスの怪我に向けて回復魔法を使った。
実は孤児院に居た時にブルーノから教えてもらって、俺も使えるようになっていた回復魔法。手のひらから放出した白い光が、彼の怪我をした部分に集中していく。
「師匠は、剣の腕だけではなく魔法も使えるんですよね。俺も魔法の練習を」
「だめ。まだ、早い」
ジョナスは、魔法を教えてほしそうにしているが、今はまだ手をつけるのは早い。もうちょっと、基礎能力を鍛えて成果が出たら、魔法を教えようと考えているけど。
今は、まだダメだと言葉短く指摘すると、彼は小さく頷いていた。
「はい、わかりました。もうしばらくは、今の特訓を頑張ります!」
「うん」
それでいい。素直に、俺の言うことを聞くジョナス。出会った時の、試合で見せた最初の傲慢な態度がウソのようで、別人だと感じるぐらい彼の態度は変わっていた。トレーニングの最中も真面目で、ちゃんと話を聞く。彼に対する印象が、とても良くなった。
「どう?」
「おぉ! 手に感じていた痛みが今、無くなりましたよ! ありがとうございます、師匠」
回復魔法を使って、ジョナスの怪我をちゃんと治すことが出来た。この世界に来て初めて見て、便利そうだと思って身につけた技を、存分に有効活用していく。
覚えた回復魔法は主に、戦いの時ではなく、訓練する時に重宝していた。この回復魔法があれば、訓練で多少の無理をして怪我を負っても、すぐに治せるから。
ただ、この力に頼りすぎないように注意もしている。もしかしたら、後々になって人体に悪影響が出てくるかも。そんなに気をつける必要はないのかもしれないけど、初めて手にした能力だったから注意しておくに越したことはない。
彼は立ち上がり、手首の調子を確認してから再び武器を取る。その動きに、痛みを我慢するような様子は見られない。しっかりと回復したみたいだ。良かった。
「では、行きます!」
「いつでも」
訓練を再開する。こんな感じで、ジョナスを鍛えて能力を高めていった。
今の実力があれば、トーナメントでも他の受験者を倒して優勝を目指せるだろうと思う。他の参加者たちの試合を見学して得た情報、実力を比較したら、ジョナスなら余裕を持って勝てるはずだと思った。実際に戦ってみたら何が起こるのか分からないから、油断は禁物だけど。
もう少し早く俺がジョナスと出会っていたら、今年のうちに勇者の称号を手に入れていたはず。
来年また行われる勇者の試験に参加すれば、きっと優勝できるだろう。これからも鍛え続ければ、その可能性が高くなっていく。
優勝を確実なものにするため、彼が覚えたいと希望していた魔法を教えようかな。魔力の操作から教えて、さらに彼の強さを磨いていこう。
後で発覚したことだけど、弟子のジョナスには魔法の才能もあった。予想していたよりも早く成長していくので、教え導くことが楽しかった。
俺は、4回戦まで勝ち上がって、次は5回戦である。その時点で、残りの参加者は8名となった。つまり、勇者の称号を得ることが確定した。
ここまで勝ち上がった実力が認められて、次の試合で負けたとしても、俺は勇者の称号を得られるらしい。
後は、トーナメントの優勝者を決めるためだけに試合が続いて、誰が一番の実力者なのかを競い合う。勇者の称号だけでなく、一番の実力者という名誉と、優勝賞品が用意されているらしい。それを目指して、最後まで皆は頑張るようだ。
5回戦が行われる予定の数日前に俺は、次の対戦相手となる貴族からの呼び出しを受けた。
「ちょっと待って、リヒトさん! 君に、これを渡すように言われて」
「ん」
「ちゃんと、渡しましたからね!」
「ありがと」
ジョナスを訓練してきた帰り、宿屋の主人に呼び止められた。そして、俺は手紙を受け取った。ちゃんと渡したと、しつこく念を押す宿屋の主人に礼を言って、部屋に戻り1人になって読んでみる。
その手紙には、送り主の名前と、話があるので指定する時間に、指定した場所まで必ず来るように、と書かれていた。呼び出した目的については、何も書いていない。こちらの事情など考えず一方的に、貴族らしい強引な内容の手紙であった。
これは呼び出しに応じて行くと、面倒なことになりそうだった。だが、行かないともっと面倒なことになりそうだよな。俺は少し悩んでから、どうするか決めた。
翌日。仕方なく、俺は1人で指定された場所まで行ってみることにした。これから会う貴族は、一体何を仕掛けてくるのやら。
同じく貴族であるジョナスの時のように、平和的に解決できれば良いんだけど。
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