全キャラ攻略の悪役令嬢。でも待って、これ違う!
わたし……いえ、わたくしの前世は、べつに不幸ではありませんでした。
たとえ、やりがいのある仕事に恵まれなくとも。
たとえ、気のあう友人に出会えなくとも。
わたくしは常に、満たされていました。
だって、彼がいたから。
大好きな乙女ゲームの、推しキャラクターの彼。
わたくしは彼のグッズで部屋じゅうを満たし、笑顔の彼のポスターに囲まれながら、静かに息を引き取りました。
***
そして今世は、さらに幸せです。
なんと、彼のいる乙女ゲーの世界に転生することができたのです。
本気で歓喜しました。
わたくしはついに、本当の意味で彼と結ばれることができるのですから。
全キャラ攻略後に現れる、隠しキャラクターの彼に!
そう、全キャラを並行して攻略しなければ彼は登場しない仕組みです。
なのでわたくしは、この世界で本気を見せました。
誰にも身を引かせないため特定キャラクターの好感度を上げすぎないよう細心の注意を払い、登場する全キャラクター、すべての男性との婚約フラグを立てるーー
それは並の転生者であれば難しいことだったでしょう。
だって転生した先は、主人公ではなく悪役のほうなのですから。
これまでのゲームプレイで覚えた選択肢や攻略法を、そのまま適用することはできません。
放っておくと自然と男を吸い寄せてしまう主人公の謎パワーに注意しつつ、悪役令嬢としての暴虐なふるまいの中で好感度を上げるという、もはや難度インフェルノ攻略。
日々の全キャラの行動をすべて頭に叩きこみ、先回りして行動し、誰かに対する悪行が誰かの利となり好感度アップに繋がるよう、巧みに動きました。
一発勝負の神プレイ。
わたくしは気合いと根性で成し遂げました。
「どうかぼくと婚約してくれ」
「おれとに決まってるだろう?」
「……ボク、だよね?」
「ふん、お前を奪えるのは俺だけだ」
最終チャプターの婚約パーティ会場で、わたくしは次々に言い寄られます。
だって、全員との婚約フラグが立っているのですから。
「え……あたしは……?」
主人公は壁の花というか、壁のシミみたいになっています。
ごめんなさいね。
あなたに恨みはありませんが、ひとりでもあなたに渡すと条件が満たせないのです。
「きみと婚約するのが幼いころからの夢だった」
「おいらも婚約したいぜ、ねーちゃん」
「フッ……わかっているね?」
「わしもまだまだ若いんじゃぞ」
近所の子どもから学園長のおじいさんまで、みんなに婚約を迫られます。
攻略対象が幅広すぎるこのゲームにおいて、すべて同時というのは本当に大変でした。
でも、これでーー
彼に逢える。
最終アップデートで追加された彼。
愛の神です。
アップデート時の告知バナーでほほえむ彼に、わたくしのハートは射抜かれました。
もちろん、賛否両論はありました。
すべてを見守っていた愛の神が実装されるという突然のメタ展開もそうですが、神が人間と結ばれることの違和感というものに納得できなかったプレイヤーもそれなりにいたようで、アップデート適用後のネットは、このゲーム最後の大反響といったところでした。
でも、叩かれれば叩かれるほど、わたくしの愛は深まります。
わたくしだけが心から彼を受け入れていると、実感することができました。
「さあ、来て……!」
わたくしはパーティホールの天井に向けて叫びます。
「地上の愛はすべてわたくしで満ちましたわ。次はわたくしを、あなたで満たしてください!」
……。
……来ません。
「なぜ? なぜですの? 条件は確実に満たしています」
大勢の男性に囲まれ、もみくちゃにされながら、わたくしは思いました。
もしかしてここ、最終アップデートが適用されていない世界だったのでは……。
「た、タイトル画面のバージョン表記を確認させてーー」
男たちの求愛の大合唱で、わたくしの声はかき消えてしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます