第54話:決着

 剣を正眼に構えて、男と向き合う。


「本気でやるってわけかい。やっぱり、てめぇとは喧嘩した方が面白そうだ……なっ!」


 男が身体に強大な魔力を纏わせた。


 そのまま即座に、またいきなり消失したような動きを見せる。


 今度は正面!


 男の動きを魔素認識能力も含めた六感全てを使って捉える。


 頭へと向かって左腕全体を使った薙ぎ払うような攻撃。


 身体を後方に反らして最小限の動きで避ける。


 直撃すればただでは済まない暴力が鼻先を掠める。


 避けても一安心している時間は一切無い。


 続けて、反らした身体に対して追撃するように右拳が直線的に飛んでくる。


 大きく振りかぶられたその攻撃は俺の元に届くまでに若干の猶予がある。


 ならば……。


 足から順番に身体の可動に合わせて補助用の魔力を移動させる。


 そのまま全力を込めて直線的に飛んできた右腕を斬り上げる。


「はぁっ!!」


 魔力の補助を全開にして、一気に振り抜いた。


 手の内側に強い衝撃。

 手首、腕、肩と順に伝わってくる。


 それでも離してしまわないように柄を強く握りしめる。


 金属と金属が激しくぶつかったような甲高い音が周囲の空間に鳴り響く。


 全力攻撃の反作用で後方へと跳ね飛ばされる。


 だが、手応えは……


「やるじゃねぇか、でも軽ぃな」


 男は斬り上げられた右腕を擦りながら余裕の表情を浮かべている。

 腕を斬り落とすつもりの一撃だったが、そこには僅かな切り傷しかついていない。


 やはり堅い。


 あれだけの魔力を帯びられては単純な物理攻撃ではまともなダメージを与えられない。


「そんじゃ……もっかいこっちからいくぜぇっ!!」


 耳をつんざくような咆哮を上げて、再び馬鹿みたいに正面から突っ込んでくる。


 教科書通りとは真逆な大雑把の極みのようなその戦闘術。

 まるで最初期のサンを思い出すが、それとは文字通りに桁違いだ。


 気を抜けば俺の理合いはあっという間に持っていかれる暴虐。


「くっ……」


 まるで人型に圧縮された大型魔獣のような攻撃をひたすら凌ぎ続ける。


 全てをなぎ倒す暴風雨のような絶え間のない連打。

 その一撃を防ぐ度に、腕と剣の両方が悲鳴を上げる。


「おら! どうした!? 威勢がいいのは口だけか!?」


 理不尽な暴力を凌ぎ続ける。


 焦ってはいけない。


 魔力の使用は最小限に、その時々で必要な部位だけに留める。

 機会が来るまでは体力を温存しなければならない。


 対して男は細かい制御など知ったことかと、全身を常に強大な魔力で纏いながら戦い続けている。

 普通なら燃料切れを狙いたいところだが、目の前にいる男の底が全く見えてこない。


 このまま防戦一方でいれば先に消耗するのは俺の方だ。


 だが、幸いな事にこいつは獣だ。


 まともな理合いはない。

 無いからこその強さ。


 故に待っていれば必ずその機会は……


 来た!


 待っていた弧を描くような右の大振り。


 当たれば勝負が終わる一撃。


 軌道を剣で反らすのは容易だが、それでは反撃の機会は生まれない。

 攻撃の主導権を取り返す事は出来ない。


 何も持っていない左の手に魔力を込める。

 そして、獣の暴力とは真逆の技――人の術理によってそれを受け流す!


「ぬぁっ!?」


 渾身の一撃をすかされた男の身体は、行き場を無くした自分自身の力によって大きく流れる。


 大きく崩れた体勢、がら空きになった胴体に剣先を突き立てる。

 ガキンと金属がぶつかったような音が鳴り響く。


「はっ! 効かねぇな!」


 尋常ではない量の魔力を纏って鋼鉄よりも硬くなっている身体。

 しかし、剣を当てたのはそれを貫く目的ではない。


「なら、これはどうだ?」


 周囲の魔素を一気に取り込む。


 フルグル・テンペス・フーガ・ランシア・デケム・シンセシス。


 体内でルーンを繋ぎ、大規模な攻撃魔法を構築。


 組み上げた魔法を一気に増幅する。


 ゼロコンマ一秒にも満たない時間で一連の流れを実行。


「なっ……!」


 魔法反応による発光を見て、男が驚嘆の声を上げる。


 杖の機能も兼ねた剣の先端から組み上げた魔法が放出される。

 収斂された大嵐そのものである稲妻の槍がゼロ距離から男の腹部に命中する。


 防御姿勢を取る事も出来ずに直撃を受けた男は、獣のような雄叫びを上げながら後方へと吹き飛んだ。


 轟音――大きな身体が残った門の片側に背中から打ち付けられる。


 門にもたれかかる様に、ゆっくりと腰から地面に崩れる男。


 単体への攻撃に特化させた第八位階魔法。


 まともに受ければ大型の竜であっても倒れる代物だ。


 しかし、その代償に俺もかなりの体力を使ってしまった。


 頼むから立ち上がってくれるなよ。


 剣を構え直して、呼吸を整えながら祈るが……


「や、やるじゃねぇか……今のは流石に効いたぜ……」


 そんな祈りも届かず、男はぷすぷすと体中から煙を出しながらゆっくりと立ち上がり始めた。


 化け物かよ……。


「くそっ、服が黒焦げになっちまったじゃねーか」


 焦げた服の破片を指で摘みながら、再びこちらへと向かってくる。


 だが、その足取りはさっきとは比べてものにならないくらい重く見える。

 あの一撃をまともに受けて大きく消耗しているのは間違いない。


 俺も体力を大きく消耗してしまったが、状況はまだ五分と五分だ。


「行くぜ! クソガキ!」


 男がまたあの野獣のような眼光と共に全身に魔力を纏う。


「来いよ! チンピラ!」


 剣を正眼に構え直して、再びそれを迎え撃つ体勢を取る。


 その後、どちらも大きな有効打を与えることなく。

 一進一退の互いに体力を消耗していくだけの戦闘が続いた。



 **********



「ぜぇ……ぜぇ……。てめぇ……なかなかやるじゃねぇか……」

「はぁ……はぁ……。お前こそ……強いな……」


 互いに肩を上下させて呼吸しながら、向かい合う。


 このまま戦い続けても間違いなく決着は永遠につかない。

 互いの実力はそれほどに拮抗している


 夕日が背景にあれば友情が生まれそうな状況だが、それでもこいつはやっぱり何かムカつく。

 根本的な部分で合わない。


「なんすかなんすかー、どかーんぼかーんって聞こえて来ますけどー」


 庭園の方から声が聞こえてくる。


 男の身体を感覚で捉えたまま、視覚だけを僅かにそっちに向ける。


 壊れた門の片側が横たわっている辺りにロゼとリノがいる。

 二人は徐々にこちらへと近づいてくる。


 危ないからこっちに来るなと叫ぼうとするが、乱れた呼吸のせいで上手く発声出来ない。


 そうこうしている間に、更に側へと寄ってきた二人が俺たちを視認した。


「あっ、ハザール様じゃん。ちーっす」

「あ? 誰かと思ったらリノか。お前は相変わらず色気がねーな」


 え?


「ひどっ! ていうか二人で何してんすか? 向こうまですごい音が聞こえて来てましたよ」

「いや、このクソガキが俺に楯突いてきやがってな」

「ほえー、それでやりあってたわけですかー。てか、フレイ様ってほんとに強いんですね。ハザール様とサシでやりあえるって事は」

「……まあまあってところだな」


 え?


「ハザール様、お久しぶりです」

「よう、ロゼ。お前は相変わらずいい女だな」

「ありがとうございます。ですが、あまりお暴れになりますと御身体に障りますよ」

「すまんすまん。つい楽しくなっちまってよ」


 えっ?


「あのー……? お二人さん?」

「何でしょうか?」

「なんですかー?」


 謎のチンピラと普通に談笑している二人に尋ねる。

 どこかで聞いたことのある名前が何度も出た気がする。


「今……、こいつの事を何て呼んだ……?」

「ハザール様です」

「ハザール様ですよー」


 さも当然のように、二人は揃ってあの子たちの父親の名前を口にした。

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