ファンディスクの海 3

 それから時間はあっという間に流れ、訪れた冬休み。生徒会の一同に加え、それぞれの使用人を伴った一行は魔導飛行船へと乗り込み、フレイムフィールド国へとやってきた。


 一言でいうのなら――暑い。想像していたよりもずっと暑い。

 夏と言って差し支えのない気候である。

 魔導飛行船の移動速度から考えても、そこまでの距離を移動したとは思えないのだが……原作ゲームの設定に合わせて、なにかしらの理由が存在しているのだろう。


 そんな辻褄合わせの設定には興味ないが――と、周囲を見回した。

 ここはシャルロッテ殿下のプライベートビーチである。ちょうど三日月の形になっている遠浅の砂浜で、湾内であればかなり海を歩くことが出来る。

 ここであれば、海に不慣れな者でもそうそう溺れることはないだろう。


 更に陸には小さな丘、それに植えられた防風林が目隠しの役目を果たしている。そうでなくとも、王族のプライベートビーチに足を踏み入れる不届き者がいるはずもない。

 静かに、波の音だけが聞こえてくる理想的なビーチだ。


 その景色を楽しんでいると隣に影が差した。

 ソフィアお嬢様――ではなく、同じく同行してきたトリスタン先生である。


「ふふっ、しばらく見ないうちにいい身体になったわね」

「その口調は止めてくれって」


 周囲に誰もいないことを確認して溜め息をつく。

 トリスタン先生は原作、光と闇のエスプレッシーボの攻略対象であると同時に、前世の俺の姉の記憶を受け継いでいる。ゆえに彼が姉の口調で話すと、俺もつい前世の口調で答えてしまう。


「……というか、人の腹をつつくな」

「だって、こんな引き締まった腹筋、滅多に見られないじゃない」

「そういう姉さんも引き締まった身体だけどな?」


 姉さんも見事に引き締まった身体で、その上半身を惜しげもなく晒している。なんて言うと怪しい感じがするが、その身体はイケメンなちょい悪親父のものである。


「ふっ、まぁ冗談はこのくらいにしておこう」


 彼がチラリと丘の上に立つお屋敷から伸びる小道に視線を向ける。ソフィアお嬢様を始めとした女性陣がこちらに向かって歩いてくるところだった。

 俺に気付いたソフィアお嬢様が可愛らしく微笑んで、小走りに駆け寄ってくる。


「ソフィアお嬢様、慣れない砂浜を走るのは危ないですよ」

「前も歩いたことがあるから平気です――ひゃ」


 言っている側からお嬢様が転びそうになる。

 身体能力を強化した俺は、砂を蹴ってお嬢様のもとへと一瞬で駆け寄るり、転びそうになるお嬢様をクルリと回してお姫様抱っこで受け止めた。


「……危ないと申し上げましたよ?」

「ふふっ、シリルのお姫様抱っこ、役得です」

「……役得だ、ではありませんよ。ご自分が水着姿だと言うことを忘れていませんか?」


 遠目には平民のお嬢さん風の可愛い服装。

 だが、そのアウターやティアードスカートは刺繍部分が透けているシースルー。その下に身に付けているノースリーブビキニはもちろん、白い手足やお腹部分も透けている。

 お姫様抱っこしている俺には、その透け具合が物凄くよく分かるのだ。

 だけど――


「シリルなら、構いません」


 ソフィアお嬢様はほのかに顔を赤らめつつも、いたずらっ子のように微笑んだ。その仕草には破壊力がありすぎて、思わず撃沈するところだった。


「構いません、でもありません。みなさんの前ではしたない。下ろしますからね」


 お仕置きの意味も兼ねて、お嬢様をぽいっと虚空に放り投げた。

 普通のご令嬢であれば背中から落ちて怪我を負ってもおかしくはない――けれど、ソフィアお嬢様は空中で身体を捻って態勢を整えて、水着のヒラヒラをなびかせながら綺麗に着地した。


「シリル、放り投げるなんて酷いです」

「それだけの運動神経があるお嬢様が、どうしてさきほどのように転んだのでしょうね?」


 無論、いくら運動神経がよくとも躓くことはあるだろう。だが躓いた直後、お嬢様であれば即座に態勢を整えて持ち直す――なんて簡単に出来るはずだ。

 さっきのように転ぶのはわざと。もしくは――


「シリルが助けてくれるって信じていただけですよ?」


 俺を当てにした方だったらしい。


「それよりシリル――」


 その場でクルリとターンして、上半身を乗り出すような姿勢で見上げてくる。彼女がなにかを口にするより早く、その艶やかな唇を指の腹で押さえた。


「もちろん、とてもお似合いですよ。露出は抑えてデザインしましたが、それでも他の方に見せたくなくなるほど可愛らしいです」

「ありがとう、シリル。シリルも凄く、格好いいよ」


 愛らしく微笑んで、ちょっぴり照れくさそうに頬を染める。遅れてやってきたフォル先輩とアリシアが、物凄くなにか言いたげな目でこちらを見ていた。

 俺は素知らぬ顔で振り向いて、二人にお待ちしておりましたとお辞儀する。


「あら、ソフィアのときとずいぶんと対応が違うじゃない?」


 褒めろとばかりにクルリと身を翻す。

 こちらはソフィアお嬢様よりも身分が高い王族だが、同時に自由奔放な性格である。周囲に文句を言わせないだけの影響力も持ち合わせているためか、お嬢様よりも露出が高めである。

 具体的に言えば、身体のラインが出やすいタイプのワンピース水着を着用している。


「よくお似合いですよ。ですが……先輩への褒め言葉は、私ではなく、彼にお任せします」


 がんばれ――と、誰にともなく呟いて、トリスタン先生にその場を譲る。フォル先輩がわずかに身じろぎするのを横目に、俺はニヤリと笑った。


 でもって、最後はなにか言いたげな視線で訴えかけてくるアリシアだ。

 こちらはビキニタイプの水着で、上はフリルが少し、下はパレオを着用している。年相応よりも少し背伸びをした水着で、さすがヒロインというだけの輝きを放っていた。


「アリシアお嬢様もとてもお似合いですよ」


 俺は微笑みかけて、だけど称賛の言葉は最低限に留める。

 恋愛面では期待させないようにする必要があるが、友人としては冷たくあしらいたくない。微妙な関係を考慮しての対応なのだが、それでもアリシアは嬉しそうだ。


 ――なんてことを考えながら、周囲へと視線を巡らせる。

 何人かのメイドは薄手の仕事着を着用して控えている。ただし、フォル先輩お付きのリア、アリシアお付きのメリッサ、それにソフィアお嬢様お付きのルーシェは水着姿だ。

 これは遊ぶためではなく、お嬢様方が海に入ったときにも側にいるための配慮である。


 ちなみに、三人は二十代前半から半ばくらい。水着姿がよく似合っている。もちろん口にすることは出来ないが、十代前半のお嬢様方よりも男性の視線を集めそうだ。

 ここはプライベートビーチなので、他の視線はないのが幸いだと言えるだろう。


 というか、ここにあるはずの視線もない。

 同じ生徒会メンバーとして同行しているはずのアルフォース殿下、それにフォル先輩のお付きとして付いてきたはずのライモンドが見当たらない。


「アルフォース殿下はどちらですか? ライモンドも見当たらないようですが」

「アルフォース殿下とライモンドさんは後からくるそうです。よく分かりませんが、なんだか様子がおかしかったような気がします」

「……ふむ?」


 アリシアの報告に、なにかトラブルだろうかと首を傾げる。


「心配しなくても、慣れない環境に戸惑っているだけよ」


 やりとりが聞こえていたようで、苦笑いを浮かべたフォル先輩が教えてくれる。

 言葉を選んだようだが――なんとなく察した。前世の世界でも、女性は決して肌を見せてはいけないといった決まりがある国が存在した。

 そういう国では、女性の生足を見てしまった男性が、悶々として夜眠れなくなってしまった、なんてことが起きると聞いたことがある。


 むろん、この世界の貴族はそこまで厳格ではない。

 学園の制服のスカートは膝丈だし、ドレスは胸元が開いていたりするくらいだが……それでも水着姿のご令嬢は刺激が強かったのだろう。


 けど、ライモンドは平民の出身だよな? それならもう少し耐性がありそうなものだが……いや、年頃だしな。同年代の美少女が水着で勢揃いはさすがに許容範囲外か。


「なんにしてもそのうち来るでしょう。先に遊んでいて構わないわよ」


 貴族的には、アルフォース殿下の到着を待つのが当たり前だが、同じ王族であるフォル先輩からのお墨付きが出る。その瞬間、ソフィアお嬢様が飛んできた。


「シリル、シリル、わたくしはビーチバレーという遊びをやってみたいです!」


 ソフィアお嬢様がわくわくした顔で訴えかけてくる。そんな彼女の斜め後ろにはルーシェが軽そうな見た目のビーチボールを持って控えていた。どうやら、用意は万全らしい。


「かまいませんが、メンバーはどうなさるのですか?」

「そうですね。わたくしとシリル……では強すぎですね、きっと。わたくしとフォル先輩対、アリシアさんとシリルでどうでしょう?」


 頬に呼びを添えて考えを巡らせている。ソフィアお嬢様はゲームバランスを考えていて、俺とアリシアを引き離そうなんて少しも考えていないらしい。


「そうですね。みなさんがよろしければ、一度そのメンバーでやってみましょうか」


 そういってから、ソフィアお嬢様の耳元に顔を寄せ――


「お嬢様のそういう性格、俺は好きですよ」


 耳元で囁いて、真っ赤になるお嬢様に向かってイタズラっぽく笑った。

 


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 悪役令嬢の執事様2

 10月5日発売です!

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