戯曲 光と闇のエスプレッシーヴォ 前編 1

 生徒会入りが決まったとはいえ、使用人コースの授業は通常通りに行われる。その日も、朝から使用人になるための授業を受けていた。

 使用人は一般的にスペシャリストよりもジェネラリストであることが求められる。ゆえに、授業も広く浅くが基本で、今回は魔術を学ぶこととなった。


 だが、この世界の魔術はそれほど発展していない。

 これは、前世の世界の歴史に沿ったものだ。前世の世界では発展した魔術が人々の暮らしを豊かにしていたが、貴族制の時代では魔術があまり発展していなかった。

 この世界は、そんな現実が反映されているのだ。


 反面、魔導具の類いについてはそれなりに進歩している。これはおそらく、貴族制の時代を舞台にしつつも、プレイヤー達の共感を得る世界観にしたためだ。


 たとえば、上下水道の魔導具が存在するので、町の景観が美しい。明かりの魔導具が存在するので、舞台で踊る二人にスポットライトが降り注ぐ。

 物語を美しく見せる演出に必要な魔導具だけが突出して発展しているのだ。


 この世界における現実の理由としては、歴代の貴族がそれらを重要視したからだろう。長らく平和な時代が続いているこの世界の貴族達は、衛生や優美さに力を入れている。


 ゆえに、授業で学ぶ魔術の内容も魔導具についての話がメインだ。どのような魔導具があって、どのような使い方が出来るのかと言ったことに特化している。

 はず、だったのだが――


「魔術の活用についてレポートを書いてみろ」


 実技がない座学のみの授業――雑学を担当しているトリスタン先生がそう切り出した。

 使用人たる者、あらゆる可能性を考慮して、主人に役に立つことを考えるのが義務。そんな名目で、魔術を使用人としての仕事に活かす方法を議題に挙げたのだ。


 トリスタン先生はこれまでにクラスメイトの信頼を得ている。クラスメイト達は文句を言うこともなくレポートを書き込んでいく。


 だが、俺にとっては難しい課題だった。

 なぜなら、発展した魔術が日常においてどのように役立てられているかを知っている。たとえば、風の魔術と布を使って部屋の埃を集めていく掃除魔術がある。


 この世界の魔術は発展しておらず、埃を集めるような強い風は起こせない。だが、扱うことが出来れば非常に便利な魔術であることは前世の世界で証明されている。


 それを仮説として書いても夢物語だと断じられるだろう。だが、実用出来るレベルのレポートを書けば騒動になる。結果を知っているからこそ、何を書くべきか決められない。


 迷った俺は、現存する魔術の利用方法を書くことにした。

 たとえば光の魔術を不意打ちで使えば目くらましになるし、風の魔術を収束させれば相手に切り傷を負わせることが出来る。武器を持ち込めない場所での護衛に役立つかも知れない。

 そんな無難なレポートを書いておいた。


 レポートを提出してその日の授業は終了。放課後は生徒会へ行く予定だったのだが、俺はまたもやトリスタン先生に呼び止められた。


「なんでしょう? レポートになにか不備がありましたか?」

「いや、そっちは問題ない。おまえにしては、少々平凡な内容だったがな」

「それは失礼しました。次からはもっと精進いたしましょう」


 俺の目標は、常識の範囲で非常に優秀な執事。

 いまのトリスタン先生の反応からいって、自重が過ぎたのだろう。そう判断した俺は、次の機会ではもう少しだけ踏み込んだ意見を言おうと心に誓った。


「ところで、そっちはとおっしゃいましたが、別件ですか?」

「ああ、少し聞きたいことがある。生徒会入りが決まったらしいな。それもおまえらだけじゃなくて、アリシア嬢とアルフォース殿下まで生徒会に入ることになったらしいな?」

「耳が早いですね」


 まだその事実はお茶会に参加した一部の者しか知らない。箝口令を強いたわけではないが、通常はそのような話を言い触らしたりはしない。

 お茶会参加者の中に、強力なパイプを持っているということだ。


 それ自体は驚くほどのことじゃないが……最近妙に話す機会があるのは気のせいじゃないだろう。色々と探りを入れられているようだ。


 理由には心当たりがある。

 彼が仕える主の娘――つまりはフォルと俺達が関わることになったからだろう。

 だが、俺やお嬢様を警戒するのなら、フォルと俺を引き合わせなければ良いはずだ。それなのに、生徒会入りの話を俺に伝えたのは彼だった。

 なにか裏があるはずだが、現時点ではそれが予想できない。


 とはいえ、執事が主やその関係者を護るために周囲の者を調べるのは不思議でもなんでもないので、探りを入れられていること自体は警戒することじゃない。

 こちらに後ろめたいことはないので、現時点では様子見で良いだろう。


「ところで、用件は雑談だけですか?」

「いや、今回は別件だ。おまえも知っているだろうが、もう少ししたら文化祭がある。クラスの代表はおまえだが、おまえは生徒会で忙しくなるだろ?」

「忙しく……なるのですか? 私はまだ生徒会の仕事をよく理解していないのですが」

「俺の予想だが、忙しくなるだろうと踏んでいる。だから、そうなる前にクラスの代表代理を誰にするか考えておいてくれ」

「代表代理……誰でも良いのですか?」

「そうだな……有能で、おまえと意思の疎通ができる奴が好ましい。おまえには、生徒会に集中して欲しいからな」

「……なるほど。かしこまりました」


 警戒はしていても、生徒会で活動して欲しいという意思は本物のようだ。その辺りに、色々と複雑な事情があるのかもしれない。


 それはともかく、クラスの代表代理、か。

 本来であれば次席――ライモンドが妥当なところだが、彼は一度クラスメイトの信頼を失っている。和解をしたことで関係は改善しているが、代表代理を任せるのは早いだろう。

 そんな風に考えながら先生の下を離れると、ルークとクロエが近付いてくる。


「シリル、なんの話だったんだ?」

「あぁ……実は――クラス代表の代理を決めて欲しいと言われまして」

「なるほど、おまえは生徒会で忙しくなるからな――あいたっ」


 クロエに頭を叩かれたルークがうめき声を上げる。


「なにするんだ、クロエっ」

「なにをするんだ、じゃないわよ。あなたこそ、なに迂闊なことを言ってるの」

「あぁ……?」


 分からなかったようで、ルークは首を傾げた。


「私が生徒会に入ることを知っている人間はまだ限られていますよ?」

「……あっ。いや……その、先生と話していたのが聞こえてな」

「いまの『あっ』がなければ上出来だったんですけどね」

「ほんと、ルークは迂闊なんだから」


 クロエは仕方ないわねとため息を吐く。

 呆れてはいるようだが、出会ったときのように誤魔化そうとはしてこない。ある程度は俺に対して警戒心を解いてくれているのだろう。

 まぁそれはともかく、クラスの代表代理である。


「もし、本当に私が忙しくなるのなら、代理をルークに頼もうかと思っていたのですが……」

「代表!? 俺がか!?」

「ええ。ですがさきほどのうっかりを見ると、再考した方が良いでしょうかね?」

「いやいや、大丈夫だ。もう迂闊な真似はしない。だから俺に代表代理をさせてくれ!」


 たしかに、前回の新入生歓迎パーティーではしっかり補佐をしてくれた。代表を任せても大丈夫なくらいの実力はあるはずなのだが……この調子の良さが心配だ。


「クロエ、彼の補佐をしてくださいますか?」

「嫌よ、馬鹿ルークの面倒を見るなんて」

「……それでは仕方ありませんね。ひとまず保留にしますか」


 俺はそう結論づけて、生徒会に向かうべく荷物を纏め始めた。


「え、おい、ちょっと待てよ。大丈夫、大丈夫だから。それに、補佐なら心当たりがある」


 荷物を纏めていた俺は、その言葉に興味を抱く。


「……心当たり、ですか?」

「ああ。前回は対立してしまったが、今回は一丸となって準備にあたるべきだと思うんだ。だから、俺はあいつに補佐を頼みたい」


 ルークが視線を向けた先には一心不乱に授業の復習をしている生徒がいる。教科書を見つめる青い瞳には、いまはとにかく勉強を頑張るという明確な意思が宿っていた。


「彼を補佐に選ぶのですか?」

「あいつは前回の件を反省しているし、もともと能力もある。それに、師匠の教育方針は失敗から学べ、だからな」


 その言葉から一つの可能性に思い至る。

 それ自体はもしかしたらそうなのかも知れないな――くらいだったのだが、横にいるクロエが『ばかルーク』と言いたげな顔をしたので当たりかもしれない。


「分かりました。正式な委任は本当に生徒会が忙しくなると分かってからですが、今のうちに彼が受け入れられるように根回しをしておいてください。それがあなたの最初の仕事です」


 ルークは一瞬怪訝な顔をするが、すぐにこちらが代表代理を任せるつもりだと理解したのだろう。任せてくれと満面の笑みを浮かべた。



 その後、お嬢様を迎えに行った俺は、アルフォース殿下やアリシアとも合流して生徒会室へ向かった。王子にヒロイン、それに悪役令嬢という、そうそうたるメンバーである。


 もしも俺の他に光と闇のエスプレッシーヴォを知る人間がいればびっくりの状況だ。そうでなくても、第二王子や侯爵令嬢と友達になったアリシアには注目が集まりそうだ。


 ……彼女がやっかみなどを受ける可能性があるな。彼女には優秀なメイドが付いているので出る幕はないかもしれないが、一応は気に掛けておくとしよう。


 とにもかくにも、その三人と、それぞれの使用人を引き連れて生徒会室を訪ねた。ノックをして部屋に入ると、フォルはいつものようにシステムデスクで作業をしていた。


 そんな彼女のピンクゴールドの髪は今日も揺れていた。

 どうしてそこまで魔術にこだわるんだろうか……と、そこまで考えたところで、魔力過給症という可能性が思い浮かんだ。

 魔力過給症は副次的な効果として魔力の回復速度が速い。風の魔術を行使し続けるくらいならなんてことはない。それを利用して涼むというのは……まあ悪くない選択だ。


 もっとも、魔力過給症の人間は、精神的に不安定になりやすいと認識されている。

 ゆえに、魔力過給症であることを隠す人間が多い。ソフィアお嬢様が魔力過給症であることも、ごく限られた者にしか教えていない。

 だから、常用的に魔術を使用して魔力を消費すると言うのは珍しい。

 珍しい病気だからバレないと思っているのか、はたまた自分は確実に制御しているという意思表示なのか……どちらにしても、気づかないフリをするのが賢明だろう。


 それより、フォルは前回同様に無意識に返事をしたようでこちらに気付いてない。彼女の背後に控えるメイドが、こちらから隠すように腕を動かした。


「――ひゃうっ」


 フォルがびくりと身を竦めて、続けてメイドを不満気に見上げる。けれどメイドが視線を向けているのは俺達の方。その視線をたどったフォルが「あっ」と声を漏らした。


「みんな来ていたのね。いらっしゃい」


 なんとも微妙な空気が流れる。

 初めはソフィアお嬢様を越える才女なお姉さんといった印象だったのだが……最近、そのイメージが少しずつ崩壊している気がする。


「ひとまず――自己紹介は必要ないわね。今日から貴方達はこの生徒会のメンバーになったわけだけど、特にやることはないからのんびりしてもらって良いわよ」


 フォルがあっけらかんと言い放つ。

 いくらなんでもそれはないだろうと思うのだが、そこまで堂々と言われるとそうかも知れないと思ってしまうから不思議だ。

 だが、トリスタン先生は、俺達が忙しくなると言っていた。フォルもいつも書類作業をしていることから考えても、本当になにもないなんてことはあり得ないだろう。

 ゆえに、俺は質問よろしいですかと手を上げた。


「なにかしら? と言うか、いちいち手を上げなくて良いわ。ここは学園で、身分に関わらず対等という校則がある以上、あなたも私も対等よ」


 それが王族の言葉であると知っているのは俺とアルフォース殿下だけ。

 ゆえに、ソフィアお嬢様からしたら目下の人間からの提案だが、そもそもソフィアお嬢様は身分を振りかざすような人間ではないので問題はない。

 アリシアに至っては「なら、いまからみんなお友達ですね!」と宣言してしまった。フォルの正体は知らずとも、アルフォース殿下が王族だと知っているはずなのに……恐ろしい。


「それで、シリルの質問はなにかしら?」

「仕事がないとのことですが、フォルさんはいつも書類仕事をしていませんか?」

「あぁ、これ? これは私が書いている日記みたいなものよ」

「日記、ですか」


 予想外すぎる。

 だが、よくよく考えれば、生徒会が毎日書類仕事にいそしむと言われてもピンとこない。もともと生徒会は派閥だったようだし、仕事はそれほどないんだろう。


「では、本当に仕事をする必要はないんですか?」

「そうねぇ……たまにくる要望に目を通したり対処したり、その程度かしら。あとは、文化祭の申請なんかで少し忙しくなるけど、忙しいほどじゃないわね」

「他にはないのですか?」

「もともとは派閥のようなものだったの。だから、役員が私一人ないま、やることは特にないのよね。暇だったら、帰ってくれて良いわよ?」


 フォルの言葉には説得力があった。それに、嘘を吐いているようにも見えない。だけど、トリスタン先生は忙しくなると断言していた。

 やはり、どこか腑に落ちない。

 どうしますか? と俺はお嬢様に視線を向けた。


「フォルさん。役員があなたしかいないので特にやることがないとのことですが、それ以前はどのようなことをしていたか分かりますか?」

「あ~、たしか……そっちの生徒会室にそういった記録があると思うわよ」


 生徒会室? と、俺達は顔を見合わせた。


「ここは、生徒会長が来客者の応対をする執務室なの。でも、派閥としての活動をするのに、この部屋は少々手狭でしょう?」

「たしかに、フォルさんのおっしゃるとおりですね」


 ソフィアお嬢様が同意して、アルフォース殿下も頷く。

 だが、横でアリシアが狭いですか……? と疑問符を浮かべている。上級貴族や王族と、下級貴族のあいだには感覚的な隔たりがあるらしい。


 とにもかくにも、生徒会室あらため執務室の扉の奥に、本当の生徒会室があるそうだ。フォルの許可を得て、俺達が扉をくぐると――そこは物置だった。


「……フォルさん?」


 どういうことかと視線を向けるとふいっと目をそらされた。代わりにフォルのメイドが「私が至らず、申し訳ありません」と頭を下げる。


「ちょっと、リアが謝ることじゃないわ」

「ですが、フォルお嬢様が謝罪なさらない以上、責任は私にあるではありませんか」


 ……いやそれ、暗に本当に悪いのはフォルだって言ってるも同然なんだが。なんて思っていたら、フォルがむぅっとうなり声を上げた。


「……悪かったわ。私が生徒会室の掃除はしなくて良いって言ってあったのよ」


 あぁ……と理解した。

 これは想像だが――

『フォルお嬢様、本当に生徒会室の掃除はしなくてよろしいのですか?』

『必要ないって言ってるでしょ。彼女達を生徒会に入れるつもりはないもの』

 みたいな会話があったのだろう。


 理解はしても、ツッコミを入れないのが大人の対応である。俺は何食わぬ顔で、生徒会の仕事として、生徒会室の掃除を提案してみた。


「生徒会のメンバーで、生徒会室の掃除をするというの?」

「いいえ、お嬢様方に掃除をさせるわけには参りません。ですので、私が生徒会メンバーを代表して掃除をするというのはいかがでしょうか?」


 生徒会のメンバーであると同時に使用人でもある自分なら適任だ。そんな風に切り出したのだが、ソフィアお嬢様に反対されてしまった。

 それに、アリシアやアルフォース殿下まで同調する素振りを見せる。


「さきほど、フォルさんが学園では対等だと言ったでしょう? シリルだけに掃除をさせるわけにはまいりません。わたくしも手伝います」


 お嬢様は掃除がやってみたいらしい。

 だが、いくら対等だったとしても、ソフィアお嬢様に掃除なんてさせられない。と言うか、俺はソフィアお嬢様に掃除のやり方なんて教えた記憶はない。

 他所の者が見ていない状況であれば考えなくもないが――このような公衆の面前で、ソフィアお嬢様に失態を演じさせるわけにはいかない。

 そうだな……


「では、私が荷物を片付けますので、お嬢様方は過去の活動記録を調べてください」


 そもそもの目的は、生徒会の過去の活動を調べること。書類仕事であれば、立派な貴族の仕事だ。少なくともソフィアお嬢様であればお手の物。

 それならば問題ないだろうと手伝いを任せることにした。


 ちなみにアルフォース殿下やアリシアも同じような感じだったのだろう。二人の使用人達があからさまにホッとした顔をする。


「まずは部屋の掃除を致しますので、ひとまずこちらでお待ちください」


 待つことも仕事だと言い含めて、俺は生徒会室へと足を踏み入れた。それから、執務室へと続く扉を閉める代わりに、窓という窓をすべて開け放った。


「さて――それでは執事としての本分を発揮させていただくとしましょう」


 最初に用意するのは一枚の布。

 続けて詠唱と魔法陣を用いて、特殊な風魔法を起動する。つむじ風が埃を舞い上げ、布を通すことで埃を集めていく。前世の世界に存在した掃除魔術である。


 前世の世界ではわりとポピュラーな魔術で、魔術を専攻する学生であれば誰でも使うことが出来たのだが、この世界の者が使うことは出来ない。

 ソフィアお嬢様なら、教えれば使いこなせると思うが、ほかの者は技術不足だろう。フォルが風の魔術を使っていたが、おそらくこの世界ではあれが精一杯だ。


 それはともかく、高いところから順番に埃を浮かせて部屋を綺麗にする。それから上から下にぞうきん掛けをして、綺麗になった棚に散らかった書類を収納。

 最後に、荷物が積み上げられていた場所の拭き掃除をして掃除は終わった。


 部屋の掃除を手際よく終えた俺は、最後に自分の身だしなみを整えて執務室へと舞い戻った。すると、俺が戻ってきたことに気付いたアリシアが話しかけてくる。


「シリルさん。掃除の調子はどうですか? やっぱり私達も手伝った方が良くないですか?」

「ご心配には及びません。掃除は終わりましたから」

「え、なにを言ってるんですか? まだ掃除を始めてそんなに……って、ホントに終わってる? え、シリルさん、こんな短時間で掃除を終わらせちゃったんですか!?」


 部屋を覗き込んだアリシアが目を丸くする。その向こうでは、メリッサたち使用人も驚いていた。掃除魔術を知らない者にとってはあり得ない速度だったようだ。



 そんなこともありつつ、お嬢様方と生徒会の過去の活動記録を確認していくが、基本的には派閥としての活動だけだったようだ。

 だが、いまの集まりは派閥ではない。それ以外にやることはないかと調べていると、活動記録に目を通していたソフィアお嬢様が「これなんてどうでしょう?」と声を上げた。


 お嬢様のもとへ行くと、そのしなやかな指が記録の一点を指差している。


『文化祭における、歴代生徒会の演目』


 そんな書き出しと共に、何年にどんな演劇を公演したかが書き連ねられていた。


「これは……生徒会が文化祭で演劇をしていた、と言うことですか?」

「ええ。この記録を見るとそのようです。三年前まで毎年おこなわれていますね」


 それまでは毎年続けられていたようだ。誰もが知っているような有名な演目から、聞いたことのない演目まで様々なタイトルが並べられている。


「ソフィアお嬢様は……演劇に興味がおありですか?」

「そう、ですね……誰かを演じることには興味があります。それに生徒会で実績を残すことは、わたくしの目的を達成する助けにもなりますから」

「かしこまりました。それがお嬢様のお考えなら、お止めする理由はありませんね」


 ソフィアお嬢様のお望みのままにと一歩退く。

 彼女はこくりと頷いて、あらためて他のメンバーへと視線を向けた。


「この行事を私達の手で復活させるというのはいかがですか?」


 お嬢様の問い掛けに、アリシアとアルフォース殿下が同調する。王公貴人はダンスや演奏にも通じている。同じ芸術的な理由で、演劇を演じることにも理解があるようだ。


「みなさんこう言っていますが、フォルさんはいかがですか?」


 ソフィアお嬢様が問い掛ける。

 それに対してフォルは眉を寄せた。もしも彼女が拒絶するのなら、俺はフォルではなく、ソフィアお嬢様を説得しなくてはいけない。

 そんな風に身構えたのだが、結果的に見ればそれは杞憂だった。


「そうね。一度くらい、そういう経験をしてみるのも良いかもしれないわね」


 凜とした雰囲気を和らげ、口元をほころばせる。他人を遠ざけ、自分を傷付けていた少女が歩み寄りを見せた。それはきっと運命の転換期。

 フォルの一言が決め手となって、生徒会は文化祭で演劇を公演することになった。


 だが、演劇といえば当然ながら演目が必要だ。

 演目を決めて、台本を用意する必要がある。その台本をどうするか話し合った結果、フォルが心当たりに頼んでみると言うことになった。

 

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