エピローグ

 ――ソフィア・ローゼンベルクがベッドの上で転げ回っていたころ、王城の執務室では国王陛下――セオドアがうなり声を上げていた。

 薔薇園でなにがあったか報告を受け、対応について悩んでいたのだ。


 セオドアは少し前から、アルフォースが選民思想の強い貴族の子息に取り入られたことや、その親が教育係と結託して不穏な行動を取っていることを知っていた。

 知っていてなお、いくつかの理由により静観を決め込んでいたのだ。


 そもそも選民派は学園内での派閥、しょせんは子供達のママゴトに過ぎない。

 子供のころの失敗ならやり直しも利くが、大人になればそうはいかない。子供のころに失敗して学べというのが学園の――そして王族の教育方針でもある。


 それに、介入しづらい理由もあった。

 次期国王と目されているのは第一王子だが、代々の習わしに則って確定はしていない。現時点では第二王子のアルフォースが国王になる可能性も残っている。


 つまり、今回の一件はそれぞれの王子を擁立する者達の勢力争いの一環だ。直接的な手が目立ったのは事実だが、あくまで氷山の一角でしかない。

 証拠が揃っていない状況でセオドアが第二王子に肩入れすれば、より大きな派閥争いの火種になる可能性があった。ゆえに、現時点での介入は時期尚早だと静観していたのだ。


(それがまさか、ローゼンベルク家の令嬢に説教される結果となるとは、な)


 セオドアは深いため息を吐いた。大きな問題にならないと判断しての静観。その結果が、侯爵令嬢に第二王子が説教されるという結果を引き起こした。

 些細な問題とは言い難い。


(目撃者は口止めしたが、アーレ伯爵が黙っているとは思えぬしな)


 伯爵家の息子達は現在、侯爵令嬢に無礼を働いたことを理由に拘束中だ。だが、それも爵位を持たぬ子供同士の話で長くは拘束出来ない。


 彼らが解放されて家に戻れば、間違いなく親に泣きつくだろう。自分達の行き過ぎた行為を棚に上げ、侯爵家の令嬢の行き過ぎた行為を批難するに違いない。


 しかし、アーレ伯爵は第一王子を擁立する側の人間だ。

 侯爵令嬢を護るためには、彼女の行動を認める必要がある。だが彼女の行動を認めるということは、第二王子の非を認めると言うことだ。

 第二王子に非があるとなれば、アーレ伯爵は嬉々として第二王子の批難を始めるだろう。


 おそらくは、そこまで考えて息子達を唆したのだろう。

 子供同士の、それも学園でのトラブルであれば決して大事にならないと見越した。あるいは、派閥での地位を高められるなら二人の犠牲も覚悟の上だったのかも知れない。

 兄弟でありながら同い年、アルフォースと同学年なのは偶然ではないと言うことだ。


 とにもかくにも、裏で手を引いているのがアーレ伯爵であることは疑いようがない。ないのだが、残念ながらそれを示す明確な証拠はない。

 ゆえに、彼を黙らせるには相応の犠牲が必要になる。


 そこまでして彼を黙らせたとしても、様々な問題は発生するだろう。煌びやかな社交界の裏では様々な思惑が飛び交っている。

 大人達に護られた学園と違って、貴族社会は権謀術数に長けた者達が集まる魔窟なのだ。


 ゆえに、彼はローゼンベルク侯爵家の令嬢と実際に会って見極めることにした。

 王家にとって有益な人物であれば手を差し伸べて味方に引き入れる。そうでないのなら、彼女に与える罰を実害のないレベルに抑えてローゼンベルク侯爵家への義理立てとする。

 そんな結論に至った彼は、部下に侯爵家の令嬢を呼び出すようにと命じた。



 侯爵家の令嬢との面会場所は中庭が選ばれた。

 開けた場所であまり圧力を掛けないようにとの配慮だが、セオドアの考えではなく、話を聞きつけて参加してきた王妃のアデルの考えである。


「アデルよ、一応言っておくが、ソフィアという娘がアルフォースを叱ったのは――」

「分かっています。アルフォースが頼りないからでしょう? 貴方はどうだか知りませんが、わたくしはそれを咎めるつもりなんてありませんわ」

「ならば、なぜ同席するなどと言いだしたのだ……?」


 侯爵令嬢を咎めるつもりではないのかと、セオドアは疑惑の目を向ける。だが、アデルがソフィアに興味を抱いたのは、息子が好意を抱いていることを知っているからだ。


 社交界に舞い降りた聖女などと噂されているが、実際に噂されるような十二歳の少女がいるとは思えない。おそらくは背後にいる者に作られた偶像だろう。

 だから、本物の彼女がどれほどのものか見極めようと考えていた。

 だが、それをおくびにだすアデルではない。

 彼女はセオドアから向けられる疑惑の眼差しを、優雅な笑顔でもって封殺した。


 ほどなく、使用人に案内される侯爵令嬢が中庭へと姿を現した。

 艶やかなプラチナブロンドに、深みのあるアメジストの瞳。噂に違わぬ美しい容姿の彼女は、国王と王妃に気付くと大人顔負けの所作でカーテシーをおこなった。


「お初にお目に掛かります。わたくしはローゼンベルク家の娘、ソフィアでございます」

「ふむ。わしがエフェニア国の王、セオドアである」

「わたくしはその妻のアデルです。今日は夫が急に呼び出してごめんなさいね。かまわないから、どうか楽にしてちょうだい」

「お心遣い感謝いたします」


 さらっとアデルが仕掛けたが、ソフィアは引っかからなかった。

 ここは公式の場ではないとはいえ、国王と王妃が揃っている。しかも、ソフィアが呼ばれたのは、薔薇園での一件に他ならない。

 楽にしてかまわないと言われた程度で気を抜くようなら失格だ。


「本当に楽にして、席にかけてちょうだい。あなたのように愛らしい娘を立たせたままでは、わたくし達の方が申し訳なくなってしまうわ」


 先ほどと同じような提案だが、今度はそうしなければ王妃が困るという内容。それを聞いたソフィアは「失礼いたしました」と即座に応じる。

 使用人が引いた椅子に腰を下ろす所作は迷いがなく、洗練されていた。

 とても十二歳の娘の対応ではない。

 この時点で、アデルは彼女の噂の多くが本物であるとの判断を下した。


 また、セオドアの判断も同質のものだ。表面的に大人びた振る舞いが出来る子供達はいても、先ほどのような引っかけに対応出来る子供は滅多にいない。

 それを当たり前のようにこなした彼女は既に自分の判断で動けると言うことだ。

 そんな彼女が、感情にまかせて目上の王子に説教をするとは思えない。自分の行動がどういった事態を引き起こすか理解した上で、必要と考えての行動だろうと判断する。

 セオドアは、彼女に罰を押しつけて事態を収拾するという考えを捨てた。


「ソフィア、そなたを呼んだのは他でもない、薔薇園での一件についてだ。実のところ、そなたがアルフォースをたぶらかしていた者達を排除してくれたことには感謝している」


 王子に恥を掻かせた者として罰するのではなく、王子の過ちを正そうとした忠臣として評価するという意思表示。最初からそのつもりで呼んだのだという印象づけも忘れない。


 セオドアは続けて、アルフォースの抱えている問題について知っていたこと、知っていた上でアルフォースが自らの力で解決するのを望んでいたことを打ち明ける。

 そのうえで、アルフォースが自分の力で解決出来なかったことは残念だが、親が強制的に排除するよりは好ましい結果であることも伝えた。

 明らかに事情を話し過ぎだが、それは彼女に恩を売るための布石であった。


「ゆえに、わしがそなたを咎めるつもりはない。ただ……」

「アーレ伯爵の動向を憂いておられるのですね」

「う、うむ」


 感謝していると伝えつつ、ソフィアの行動によって予定が狂ったことをほのめかす。そのうえで、感謝の印に伯爵家を黙らせると約束して恩を売る予定であった。

 けれど、ソフィアはそれよりも早く、使用人を通じて羊皮紙を差し出してきた。


「これは――っ。こ、ここに書かれていることは誠なのか?」

「もちろんです、陛下。わたくしの専属執事が調べ上げた信頼できる証拠でございます」


 セオドアはゴクリと生唾を飲み込んだ。その羊皮紙に書かれていたのは、アーレ伯爵が働いた不正や悪事を示す証拠の数々だったからだ。

 確実な証拠だけでもかなりの数。疑惑に至っては数え切れない。


「あなた、そこにはなにが書かれているのですか?」


 アデルに求められて書類を渡せば、彼女も同じような反応をする。そんな二人に対して、ソフィアは「ですから、口止めの心配なんてありませんわ」と笑う。


 微笑みすら浮かべるソフィアに、セオドアは薄ら寒いものを感じた。

 たしかに口止めの心配なんて必要ない。この証拠の数々が事実であれば、アーレ伯爵は物理的に首が飛ぶ。首がいらぬことをしゃべるはずがない。

 少女に恩を売るつもりが、気が付けば逆に恩を売られている。


「さすがは噂に名高い侯爵家の令嬢ですわね。あなたのように聡明な娘が、息子のために身を挺して行動してくれたこと、わたくしはとても嬉しく思います」


 直前まで試していたことなど微塵も感じさせず、アデルが全力でソフィアを取り込みに掛かる。その代わり様にセオドアは少し呆れつつ、無理もないとも考えた。


 海千山千の貴族を相手にすれば、状況をひっくり返されるのはままあることではある。だが、相手はたった十二歳の少女でしかない。

 幼い少女にこの国の王が翻弄されている。これは明らかな異常事態だ。


 トリスタンという天才に英才教育を施された才女、フォルシーニアという姪を間近で見ているからこそ、それを上回るソフィアの異常性をセオドアは正しく理解していた。


「ところで、ソフィアさんはお忍びのアルフォースとダンスを踊ったそうですわね。その息子とこうして学園で再会するなんて、春の訪れを願う神々の巡り合わせかしら?」


 セオドアは体面も忘れて咳き込みそうになった。アデルの言葉は迂遠ではあるが、紛れもなく婚約の打診をほのめかす言葉であったからだ。


 だが同時に、お忍びのアルフォースと踊ったと聞いて得心もいった。

 アルフォースは第一王子のパーティーを境に上の空になることが多くなった。選民派の子供につけいられる切っ掛けともなったのだが、その原因が彼女だったという訳だ。


 それよりも――と、セオドアはソフィアを注視する。

 普通の十二歳であれば、さきほどの迂遠な言い回しは理解できないだろう。だが、彼女であれば気付くかもしれない。いや、彼女の瞳は確実に理解の色を灯している。


 けれど、本来は本人に聞くようなことではない。打診をするのであれば彼女の父、ローゼンベルク家の当主に持ちかけるべきだ。

 ゆえにこれはアデルの暴走に他ならず、セオドアが止めるべき案件なのだが……彼はソフィアの答えを知りたいと思ってしまった。


「……わたくしには隣を歩きたい人がいます」


 ソフィアが恋する乙女のように言葉を紡ぐ。その美しくも愛らしい表情を見たセオドアは、いますぐにでもローゼンベルク家の当主に子供達の婚約を打診しようと思ったほどだ。

 けれど――


「わたくしをいつだって見守ってくれているその人は、けれどわたくしの遙か前を歩いています。わたくしは、そんな彼の背中に追いつきたくて必死なのです」


 続けられた言葉はアルフォースを指していなかった。それでも、諦めるにはあまりに惜しい。そんな未練を抱くセオドアに、ソフィアは更なる言葉を発した。


「わたくしはその望みを叶えます。たとえ――神々を敵に回すことになったとしても」


 王族の意向が働こうとも、運命に逆らおうとも、自分の想いは決して曲げないという明確な意思表示。彼女は王族を敵に回しても、自分の想いを叶えると言い放ったのだ。


 それを理解した使用人達に緊張が走る。このままでは、ソフィアと敵対することになってしまう。それを感じたセオドアはすぐに口を開く。


「……それほどの一途な想いであれば、神々もきっと祝福することだろう」


 それは、王族がいまの言葉を咎めることはないという意思表示だ。

 本来は婚約を打診したアデルが伝えるべき言葉ではあったが、彼女はショックからか俯いている。ゆえに、セオドアがその言葉を口にした。

 それによってようやく、張り詰めていた空気が弛緩する。


 その後は、軽い世間話と称しつつ、友人としてアルフォースのことを頼んだりはしたものの、とくに特筆するようなこともなく解散となった。


 面会を終えた後、セオドアとアデルは応接間へと移動。しばらくは気を紛らわすように雑談を続けていたが、しばらくしてセオドアがため息を吐いた。


「……ソフィア、か。惜しい、実に惜しい。なんとしても縁を結びたい人材だが、想い人というのは誰なのだろうな?」

「そういえば、先日の誕生パーティーにはパートナーを伴っていましたね」


 ふと思い出したようにアデルが応じる。


「あぁ……あれか。ローゼンベルク侯爵が身分を保証したために出席を許されたが、誰も正体を知らなかったとかいう少年だったか」

「ええ。たしか……執事様、だったかしら」


 ソフィアに負けず劣らずの洗練された立ち居振る舞い。整った顔に優しい微笑みを浮かべて、甲斐甲斐しくパートナーに付き従っていた。

 その光景を見たご婦人方から、正体不明の少年は執事様と呼称されていた。


 その事実を思い出したアデルが「貴方はなにか知りませんか?」といつの間にか部屋の隅に控えていたトリスタンに問い掛ける。

 彼はセオドアの弟に仕える執事だが、学園で様々な情報を集めるために教師をしている。今回ここに居るのは、学園で情報を集めている彼の意見を聞くためである。

 そのトリスタンが、「その者の正体は私の甥です」と口にした。


「あなたの甥、ですか? では、噂になっている執事様というのは……」

「まさか、本当に執事だった……というのか?」


 アデルとセオドアが信じられないと目を見開いた。

 身内でないパートナーを伴ったのなら、それは婚約者候補と見做される。

 ましてや、くだんのパーティーは第一王子の誕生パーティーだ。ただの執事をパートナーにするなど、ローゼンベルク侯爵が許可をするはずがない。


 だが、その執事の身分を保証したのは他ならぬ侯爵だ。認めるはずのないことを侯爵が認めた。そこから推測できる可能性はそう多くはない。

 興味を抱いたアデルが、その執事がどのような人間か問い掛けた。


「一言で表すなら忠臣、ですね」


 トリスタンは控え室での一件を口にした。

 教えを請うアルフォースに対して、身を挺して助言をした――と。

 それを聞いたセオドアがため息を吐く。


「あやつは、失態を晒したばかりだというのに……」

「それよりも、アルフォースを叱責したことですわ。わたくし達だから咎めませんが、他の国で同じことをすればただではすみませんわよ」

「ですから忠臣だと申しました」


 トリスタンの返答にアデルは小首をかしげる。その少年がアルフォースの使用人なら分かるが、彼はローゼンベルク侯爵家の使用人だ。忠臣という言葉は当てはまらない。


「彼は、自分のお仕えするお嬢様が、王族入りを望まれると予想しているのでしょう」

「……そういうこと、ですか」


 自分のお仕えするお嬢様が嫁ぐかも知れない相手だから、自分の命を賭けてでも正しく導こうとした、だからこその忠臣。


「本当に出来た執事なのね。話ではずいぶんな美少年だったと聞いているけれど、あなたの甥ということは、十代後半くらいなのかしら?」

「いいえ。ソフィアお嬢様と同じ十二歳、私の受け持つクラスの生徒ですよ」


 セオドアとアデルは揃って目を丸くした。



 ――その後、シリルの様々な逸話を聞いたセオドアは息子に同情心を抱く。

 トリスタンの報告によると、子爵家の娘までもがご執心。

 トリスタンの愛弟子であり、セオドアの姪でもあるフォルシーニア。更にはその従者達が揃ってシリルを高く評価しているらしい。

 息子ではライバルにはなり得ないとセオドアは嘆いたが、アデルはなにやら目を輝かせる。


「息子の嫁に出来ないのであれば、婿を息子にすれば良いのです」


 彼女はそんなことを言ってどこかへ行ってしまった。

 娘を欲しがっていたアデルは、ソフィアのことがいたく気に入ったようだ。さすがにただの執事を養子にするなどとは言い出さないだろうが、おかしなことをしないか少し心配だ。


「しかし、有能な執事と、その弟子のお嬢様、か。まるでそなた達の再来だな」

「薔薇園での一件では、その瞳を赤く染めたそうです」

「……なんと。それでは、彼女も?」

「ええ、おそらくは」


 トリスタンの肯定に、セオドアは無言で眉に深いしわを刻んだ。


「ですが陛下、悲観することはありません。もしも私の想像が正しければ、彼女の専属執事であるシリルは、私を越える逸材である可能性があります」

「……なにか根拠があるのか? いくら優れている執事だからと言って、そなたと同じ分野に精通しているとは限らぬであろう?」


 期待を裏切れば傷つく者がいる。

 ゆえに、ぬか喜びはさせられぬとセオドアは憂慮した。


「もちろん、期待外れに終わる可能性は否定できません。いまはまだ探りを入れている状態で、この話をするのも陛下が初めてです。ですが……」

「可能性はある、と?」

「ええ。ソフィアお嬢様とシリル。二人はイレギュラーな存在です。とくにシリル。彼がなぜ入学試験で51点という数字をたたき出せたのか、私は非常に興味深く思っているのですよ」


 ――ソフィアの教育係はシリル。

 優れた者の愛弟子であれば、ソフィアの能力が高いことも頷ける。


 だが、シリルは特定の師匠を持たない。

 本来であれば平凡な成績。それどころか、三年後まで学園には姿を現さないはずだった。その彼が、まるで別人のような立ち居振る舞いを身に付けている。

 その理由に思いを巡らせ、トリスタンは口の端を吊り上げた。



     ◆◆◆



 アルフォース殿下と話していると、ソフィアお嬢様が戻ってきた。お嬢様は俺の向かいの席にアルフォース殿下が居ることに気付いて目を丸くする。


「……アルフォース殿下?」

「あぁ、すみません。シリルに話を聞いていたのですが、もう帰らせていただきます」

「そう、ですか……?」


 お嬢様はいぶかしむ様な表情を浮かべる。薔薇園での一件を考えれば警戒するのも無理はないが、お嬢様が考えているようなことはなにもない。

 俺は「お嬢様――」と小さく首を振り、問題がないことをそれとなく伝える。続けて「陛下との会談はいかがでしたか?」と問い掛けた。


「心配を掛けてごめんなさい。だけど、もう大丈夫です」

「そうですか、それはようございました」

「ええ、本当に。ホッとしました」


 気が抜けたのだろう。殿下やトリスタン先生が見ている前だというのに、ソフィアお嬢様は無邪気な微笑みを浮かべた。


「……ソフィアさんが信頼を寄せるのは、やはりあなたなのですね」


 殿下が羨ましいと言いたげに呟いた。

 ……勘弁して欲しい。お嬢様にはアリシアのことで妬かれているのに、殿下にまでソフィアお嬢様のことで妬かれたら耐えきれない。

 折を見て、嫉妬するようでは女性にモテないと刷り込んでおこう。


 それはともかく、アルフォース殿下は「色々と失礼を致しました。また後日、あらためて謝罪させていただきます」とお嬢様に謝罪して去って行った。

 トリスタン先生も、お嬢様に一礼をしてその後を追い掛けていく。

 それを見届け、二人っきりになるとソフィアお嬢様が俺を見た。


「殿下はどうなさったの?」

「色々と反省なさったようですよ」

「反省、ですか?」


 お嬢様に振り向いてもらうために心を入れ替えたようですよ――とは口が裂けても言えない。俺は「ところで、陛下とどのようなお話をなさったのですか?」と話題を変えた。


「陛下とのお話の内容が気になるのですか?」

「ええ、それはもちろん」


 話の内容は色々なパターンが考えられる。

 俺が渡した切り札がある以上、最悪の結果にはなっていないはずだが、お嬢様にとって歓迎できる展開になるとは限らない。


 たとえば、ソフィアお嬢様を気に入った陛下が、強引な手段で第二王子との婚約を纏めようと画策する――なんて可能性も零ではない。

 ソフィアお嬢様が望むのならともかく、そうでないのなら対処しなくてはいけない。

 そんな風に心配したのだが――


「心配ありません。わたくしの計画は順調に進んでいます」

「……お嬢様の計画、ですか?」


 なんのことだろうと首を傾げる。ソフィアお嬢様は軽やかな足取りで俺に近付いてくると、なにやら俺の真横に立って後ろ手を組むと、トンと肩を押し当ててきた。

 そして――


「――シリルには内緒、です」


 肩越しに俺を見上げるお嬢様は、イタズラっ子のように微笑んでいた。

 

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