京都ロイド、ミヤコちゃん!

森野コウイチ

第01話 おこしやす、ミヤコちゃん!

「ただいまー、あー寒かった」


 12月の寒空の下から自宅に逃げ込むと、暖かい空気に包まれる。

 電車に乗っている時にエアコンのスイッチを入れておいたのだ。


「京介はん、おかえりやす」


 艷やかな黒髪の少女が京都弁で出迎えてくれた。

 少女の名前はミヤコ。

 生身の人間ではなくオードドール、つまりは機械で出来た人形だ。

 かがくのちからってすげー。


「いくら科学が進歩しても夏は暑くて冬は寒いんだよなぁ」


「東京なんて京都に比べたら全然ましどす」


 ミヤコはなんでも京都に結び付ける。


「ああ、京都盆地があるからな」


 京都盆地は夏は暑くて冬は寒いという気候的に理不尽な土地である。


「京都盆地……東山……東京……」


 ミヤコは急にブツブツと何かを呟き出した。


「ど、どうした?」


「東山が西にあるんどすえ! おつむがおかしなりそうやわ」


「え? 東山……?」


 俺は思わず訊き返した。

 まぁ、おまえのおつむはすでにおかしいけどな……。


「そうどす。京都盆地の東にある山どす」


「でも、ここは東京だから東山が西にあるのは当然じゃないか?」


「京介はんはこないな屈辱に耐えられはるんどすか?」


 どんな屈辱だよ……。


「屈辱と思ったことは一度もないし、ほとんどの人もそうじゃないか?」


 そう答えると、ミヤコは心底呆れた――いや、憐れむような表情で――。


「いややわぁ、京介はん。東京なんかに下らはって、すっかり田舎もん根性が染み付いたはるわ……」


 一体、どうしてこうなってしまったのか……。


 まぁ、どう考えてもアレ――“京風はんなりパッチ”だよな。

 昨日の夜、面白半分で入れてみたら、まさかこうなるとは……。


 普通に喋り方がカワイイ京都弁になるくらいだと思っていたんだよ。

 甘かった。

 それはかくも“えげつない”ものだったのだ!


 ミヤコが俺のところにやってきたのは3ヶ月ほど前になる。

 サイバー・カラクリ社の愛玩用女性型オートドール〈カラクリ撫子なでしこ―参〉を購入したのだ。

 値段はかなり高額だったが、展示品の前に通い続けてついに購入を決意。

 家に配達されてきたときの高揚感はすごかった。

 そして、俺は届けられた彼女にミヤコと名付けた。


 だが、どこか彼女は他人行儀というか、上手くは表現できないが、そんな気がしたのだ。

 ハメを外しすぎないようにメーカーがロックをかけているという話を聞いたことがある。

 そんな時である、俺はネット上で“京風はんなりパッチ”なるものを発見してしまったのだ。


 逆に考えるんだ……京都弁ならちょっとぐらい他人行儀でも違和感がないはずだ。

 そんな謎理論を考えた俺は、安易にそのパッチを実行してしまったのだ。


 その結果が“これ”である。

 ミヤコは超ステレオタイプの京都人になってしまったのだ!


 後日配布サイトを覗いてみたが、公開停止となっていた。

 なんでも、“過激過ぎた”らしい。そりゃそうだ。


 このパッチを解除する方法もあるらしいのだが、“せっかく公開停止されたものだから、それなりに遊ばないと損だ”という気分になり、今に至る。


「おーい、ミヤコ。お茶を淹れてくれ」


「ウチは『大人の科学』の付録ちゃうで?」


 付録というからには、何かの雑誌だろうか……?


「何を言っているのかさっぱりわからないぞ……」


「やれやれ、京介はんはほんに無粋どすなぁ」


 そう言って、ミヤコは台所の方に向かっていった。


 前はお茶を入れてもらうのにこんなやり取りはなかったんだけどなぁ……。

 だけど、この面倒さちょっと楽しい気もする。


 ミヤコはすぐに手ぶらで戻ってきた。


「あかんどす。お茶は淹れられへん」


「どうしてだ? 新しいのを開けてもいいぞ」


「あれは“静岡茶”どす」


「は?」


 確かに[原産地:静岡]とか書いてあった気がする。


「京都人にとってお茶とは“宇治茶”どす。もちろん、宇治で栽培されてものに限るどすえ」


「宇治茶って宇治で栽培されたから宇治茶じゃなかったのか?」


「ちゃいます。京都府、奈良県、滋賀県、三重県で栽培されたものを府内で仕上げたものどす」


 めっちゃ早口で言ってそう。実際はそうではないのだが。

 この知識は今調べたのか、それとも“パッチ”に含まれていたのか……。


「だけど知っているぞ。京都人にとって京都とは碁盤の目の中のみ! だったら宇治でも静岡でもいいじゃないか」


 そうなのだ。“京都人”にとって“京都”とはかつての平安京の部分のみ。

 京都府はおろか京都市ですらも大半は“京都”とは認められないのだ。

 さらに“京都人”と認められるためにはその地に何代にも渡って住み続けなければならない。

 というわけでオートドールであるミヤコが京都人であるわけがないのだが、どういう仕組みかそこは解決されているらしい。


「京介はんはな~んもわかっとりまへん。大事なのは“京都人が飲むお茶”ということどす」


「なるほど……」


 確かに昔の京都人がわざわざ遠くの静岡から優先的に取り寄せたとは考えにくい。


「ほんまのところは栂尾とがのおで栽培されたものが“ほんちゃ”で、宇治で栽培されたものは“ちゃ”と呼ばれとったんどすが……。まぁ、そこまで求めるんは“無粋”どすなぁ」


 とっくに無粋を通り越してるよ。


「朝飯は普通に作ってくれたじゃないか。しかも、洋食」


 搾りたてオレンジジュース付き、サイコーだね。


「乏しい食材でなんとかするのが京料理どす。せやけど、お茶は妥協できまへん。ここの蛇口を捻っても京都のお水は出えへんどすえ。お茶っ葉くらいは拘らへんでどないします?」


 と、謎理論を展開するミヤコ。

 ミヤコが京都と思ったものが京都なのだ。

 京都弁が頑固な印象を高める。


「……自分で淹れてくる」


 俺は台所へ行こうと椅子から立ち上がった。

 オートドールは強く命令すれば必ず従うが、それは“無粋”というものだろう。


「それやったら、ウチの分も頼んます」


 意外な言葉に思わず立ち止まって振り返る。


「おまえ、水以外飲めんのかよ!?」


 俺の驚いた様子を見て、ミヤコはいやらしくニタァと笑う。


「いややわぁ、オートドールが水やないもの飲めるわけあらへんやろ?」


 厳密には専用の“洗浄液”は飲むことができる。


「おちょくってのか?」


「うふふふふふ」


 ミヤコはただニコニコとしていた。


 これは、ステレオタイプな京都人と化してしまったオートドールとの心暖まる“はんなり”とした日常の話である。

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