010 二人旅(1)

 かくして二人連れの道行きとなったわけだが、初めて共に明かした夜の色づいた遣り取りなどなかったかのように、その道中は何とも情趣のないものであった。


 行けども行けども代わり映えのしない野っ原で、五郎太一人であればずっと同じ場所を彷徨っているのではないかという疑念に囚われていたことだろう。だがそんな単調な景色の中にも何か目印のようなものがあるらしく、クリスは随所で馬を進める方角を指し示してくれた。


 クリスが口にした通り、出立から人の姿を目にするまでに三日を要した。もっとも、それだけかかったのは馬を攻めなかったこともある。一昼夜駆けさせた後にあの物ノ怪との死闘があった。その上、どちらかといえば華奢な身体とはいえクリスという新たな荷を加えて北斗を駆けさせるのは、五郎太にとってどうにも忍びなかったのである。


 三日三晩の無聊も手伝って、道すがら五郎太は己が今いるのがイスパニアであるという推察の確証を得るために何彼とクリスに質問を投げかけた。それに対するクリスからの回答には五郎太の推察を裏打ちするものもあったが、逆に疑いを抱かせる類のものも少なくなかった。


 そんな問答を続けるうち、五郎太は推察の検証を抛擲した。結局のところ、五郎太の側にイスパニアについての知識が圧倒的に足りないのだ。何よりここがイスパニアだとわかったからといって何になろうという諦念が五郎太に考えるのを止めさせたのである。


 どの道、都合良く日ノ本へ向かう船など見つかるとも思えない。切支丹伴天連に同行させてもらえばあるいは……という思いがないわけではないが、五郎太の同行などまず認めてはもらえぬだろう。五郎太自身が切支丹になりでもすれば別かも知れない。だが信心しておらぬ神を方便のため信じると偽るなど、到底、五郎太にできることではない。


 それにつけても、気候が穏やかなのは勿怪もっけの幸いであった。季節は春の終わりということで暑くもなく寒くもなく、雨にも降られなかったため星空天井の夜営に辛苦することもなかった。


 もとより五郎太にとって野宿は茶飯事である。こと戦にあっては屋根のある営所の方が珍しいのであるから、一日二日の草枕などどうということはなかった。ただ、クリスも同じくそれを苦としなかったのが五郎太には少し意外だった。


 あの物ノ怪に襲われていた場所で何をしていたかという五郎太の問に、領内を視察していたのだとクリスは返答した。それはとりもなおさず、クリスの領国が馬で三日行けどもめぐりきれぬ広大さであることを意味する。


 蓋し、クリスは日ノ本でいうなら少なくとも大名にあたる者と考えていいのだろう。それがたまさか遭遇した素性もわからぬ牢人と鼻歌まじりの気安さでこんな出鱈目な旅をしているのだから恐れ入る。五郎太への態度や言動も、明らかに大名のそれではない。


 もっとも、右大将様の若かりし頃がまさにそうであったと聞く。氏素性の判然せぬ輩を含め下々の者とつるんでばかりで、それが御父上様との軋轢を生んでいたとも。背中合わせで馬に跨り、のんびり旅の風情を楽しんでいるように見えるクリスに、やがて五郎太はそうした右大将様のごとき懐の広さを感じるようになった。


 出会いが出会いだっただけにどうしても軽い目で見てしまいがちだが、あるいは見た目よりもずっと大きな人物なのかも知れない……などと考えはじめた頃には、互いの他に語り合う者とていない数日間を過ごしたこともあり、五郎太はクリスをあたかも長年の友――と言うより止む無く付き合っている腐れ縁のような目で眺めるようになっていた。

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