20話「一段落と戸惑い」
20話「一段落と戸惑い」
空澄は自分の魔法で吹き飛ばしてしまった男の子の事が心配で、すぐに小檜山に連絡をした。魔女の登録が終わったその日のうちに、事件を起こしてしまったのを申し訳なく思った。
すると、小檜山は電話口で『連絡しようと思っていました』と全てわかっているような調子で言ったのだ。何でも防犯カメラに全て写っていたようで、小学生が空澄を襲ったのも全て録画されていたというのだ。それを見た小学生が「自分の体が勝手に動いた」と話している事から、他の魔女が操ったのだろうと調べているそうだ。空澄は彼とその保護者に謝罪したいと伝えたが、擦り傷ぐらいの軽傷だった事、そして保護者が「魔女と関わりたくない」と話している事から、被害届などは出さない事になったそうだ。
それを聞いて空澄はまた悲しくなってしまいそうだったが、希海に「無事でよかったな」と言われて、少しだけ心が軽くなった。
確かに男の子の怪我が軽傷ですんだのでよかったかもしれない。けれど、それはたまたまそうなっただけだ。運が悪ければ大怪我をしてしまった可能性も高いのだ。
安心しきらないで、魔法の使い方をしっかりと学ばなければ、と空澄は心に強く誓ったのだった。
それから、希海と空澄は話し合って、朝早くに起きて近くの丘で魔法の練習をし、昼間は地下の秘密部屋で勉強。夜も外での練習をする事にした。自分が狙われているとわかっているのだから、早く魔法を自分のものにしていきたかった。体はボロボロになる事も多かったけれど、風魔法は上手く扱えるようになり、自由に風を操り短時間ならば空を飛べるようにもなった。それは初歩的な魔法であり、属性が火の希海でさえも出来る事だから、まだまだ覚える事があるのだと思い知った。
それに、空澄を襲った魔女が使った魔法は高度なものであり、魔女の能力は相当高いだろうと希海は話していたので、日々の生活の中でも油断は出来ないなと感じられた。
そんな日々が続く中で、空澄の家で璃真の葬儀がひっそりと行われた、璃真の友人や会社の上司などの数名で行われたものだが、皆が彼の死を悲しんでくれていた。家族もいない璃真の葬儀の喪主を務めた空澄も参列者の話しを聞くだけで、泣いてしまっていた。
本来ならば、空澄と璃真の側にいた鴉だった希海も参列したかったようだが、彼がいる妙な勘繰りをしてしまう人もいるだろうという事になり、璃真は別室で待機することになっていた。
葬儀が終わり最後まで残っていたのは、璃真の会社の上司だった。璃真を可愛がっていてくれたようで、とても残念そうにしていたのが空澄にもわかった。その上司から、会社にある荷物や書類などは後日郵送させてもらうと言われ、空澄はお礼を伝えた。
お骨は墓をどうすればいいのかわからず、しばらくの間、仏壇の前に置く事にした。そうすれば、いつもお祈り出来るなと思い、空澄はしばらくの間はそのままにして置く事にした。
「無事、終わったか?」
「あ、希海。うん、終わったよ」
「じゃあ、俺も拝んどこうかな」
2階の部屋に居た希海は人がいなくなったのを確認しながら階段を降りてきた。そして、仏壇の前に座り、手を合わせた。しばらくの間、何かを璃真に伝えていたようで、その様子を空澄は微笑みながら見守っていた。
希海が鴉の呪いがなかったら、璃真と仲良くなっていたのだろうか。幼馴染みが3人というのも面白いだろうな、なんてもしもの昔を考えてしまったのだ。
「今日の夜は練習やめとくか?」
「ううん。やるよ。夜の飛行をやってみたいし」
「わかった。じゃあ、さっそく行くか」
すっかり夜になっていたので、2人は食事の前に練習を済ませてしまう事にした。
家を出てすぐに、空澄は呪文を唱えずに風魔法を使う。襲われた時に咄嗟に逃げられるように呪文は使わないようにしたのだ。そのお陰で、すぐに体がふわりと浮いた。一気に上昇し、そのままいつもの丘の上まで飛行する。空澄のすぐ後ろを希海は飛んで降り見守っていた。
「起動も早くなったし、大分上達したな」
「うん!飛ぶのは楽しいし、好きだから早く覚えちゃった」
「座学の方も頑張って欲しいけどな」
「………頑張ります」
ニヤニヤと笑われながら希海にそう言われてしまう。勉強も嫌いではなかったが、魔法を使う方が合っているようだった。すると。希海は「尚美さんもそうだった」と笑ったのだった。
「空澄、丘についたら少し話しがある」
「…………うん。わかった」
希海はいつも通りの口調でそう言ったけれど、空澄は気になって仕方がなかった。
丘は歩くと40分以上もかかる場所にあったが、飛んで来てしまえば、10分もかからなかった。空澄と希海はゆっくりと草の上に降り立つと、丘の頂上にあるベンチに腰かけた。ここは、町の明かりがよく見える、いい景色の場所だった。だが、車では来れないので夜は人気がなかった。
しばらく夜景を見つめた後、空澄はどうしても気になってしまい自分から彼に質問してしまう事にした。
「ねぇ……話しって何?」
「あぁ……実はそろそろ体に魔力を溜め込むのが寝ているだけで大丈夫になったんだ」
「え………あ、そうなんだ。よ、よかったね」
魔力は体を休める事で復活する。
今までは、鴉だった希海では魔力が足りなかったため空澄がキスをして分け与えていた。だが、空澄が魔力を譲渡し、そして希海が人間の体に慣れた事もあり、上手く溜める事が出来るようになったという事だった。
それは良い事のはずなのに、空澄は何故か悲しくなってしまっていた。焦り動揺してしまい、空澄は顔が赤くなった。
これでは、希海とキス出来ない事を残念がっているようにしか見えないと思ったのだ。
だが、実際は自分の気持ちはどうなのか?
そう考えると、あの時間がなくなる事が切なくて仕方がなかった。
希海とのキスは、空澄にとって特別な時間になっていたのだ。
それは何故なのか?
………そんな風に考えなくても、答えはもう出ていた。
空澄は希海が好きになっていた。
希海の顔が見れずに、真っ赤になっているであろう顔も夜の闇で彼には気づかれない事を願いながら、空澄はまた口を開いた。
「魔力が回復してよかったね。これで、本当に呪いの影響はなくなるんだね。あ、これはお祝いした方がいいかな?……希海は……え………」
自分の気持ちを隠すために言葉を紡ぎ続けていると、ふいに彼が空澄の頬に手の甲を当てて優しく撫でた。
それはまるでいつもキスをする時の合図のようで、空澄は思わず体に力が入ってしまう。
「空澄は、俺とキスしたい?」
希海のその言葉はとても甘く、空澄は体に熱を帯びていくのを感じ、潤んだ瞳で彼を見つめたまま固まるしか出来なかった。
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