11話「甘い条件」
11話「甘い条件」
魔女になる。
そう決めた空澄は意気込んでいた。
夕食の片付けを2人で終わらせた後、空澄はコーヒーを準備してリビングで魔女についての話を聞こうと思っていた。
「魔女について話す前に、話しておきたい事があるんだ」
「うん、何?」
希海はソファに並んで座っていたが、空澄の方を向いて、何かを言いたそうにしていた。けれど、言いにくい事なのか少し悩んでいるようだった。
「話しにくい事?」
「まぁ……そうだな。………空澄に魔女としての知識を教えるのはいいんだが、1つ条件を作ってもいいか?」
「条件………。教える代わりに何か報酬が欲しいってこと?」
「あぁ。まぁー、そういう事だ」
希海の言うことは最もだと思った。彼の大切な時間を使って魔女について教えてもらうのだ。それに、空澄と一緒にいれば魔女や魔王に襲われる危険もある。
そんな事を頼んでいるのだ。条件があるのも納得だった。
けれど、彼は何を望んでいるのかわからず、空澄は首をかしげた。
「ずっと拘束するつもりはないよ?家族がいたり恋人がいるならそっちに戻ってもいいし……お金は、その………少ししかあげられないけど………」
「いや、そうじゃないんだ。お金はいらないし、俺は帰る家も家族もいないから……その、ここに住まわせて貰えると助かる。おまえがいいんだったら」
「もちろん、ここに住むのはいいわ。こんな大きな一戸建てに私一人なんて寂しすぎるし。私も希海が居てくれると嬉しい」
お金も時間も要望ではないと言われてしまうと、ますます彼の条件がわからない。
彼は、空澄をジッと見つめた後に空澄の頬に手を添えた。耳の下と首元、そして頬にかけて彼の体温が移ってくる。
その温かさに驚きながらも安心してしまうのは何故なのだろうか。
「空澄………また、キスしていいか?」
「え………何で………」
「それが俺が希望する報酬」
キスをお願いされるなんておかしいのはわかっている。それが普通の人ならば、ただキスがしたいからという、甘い囁きになるはずだった。
けれど、空澄と希海は魔女と魔王。
キスをする理由が「恋しいから」という理由とは違う目的がある。
「魔力の譲渡」という理由だ。
「さっきも話したが、呪いで鴉になっていた頃も人間とでは魔力を貯めておける量が違うみたいなんだ。それに魔女として空澄を助けたり結界をつくるためには、これから魔力を沢山使う事にもなると思う。もちろん、空澄に教える時もだ。そのために、俺が自分で貯められるようになるまでの数ヵ月………空澄の魔力を俺にくれないか。………それが俺の条件だ」
キスが条件だが、その内容は全て空澄を守るために希海が考えた方法だった。
希海は自分のためではなく、条件まで空澄のためであった。
そんな条件を、空澄が拒む理由などあるはずなかった。逆に、お願いしなければならないぐらいだった。
もしかして、キスは彼は嫌なのかもしれない。好きな人以外とキスをするのは、苦痛になるはずだ。彼は空澄のためにキスをするのはどうなのだろうか。
そんな事を考えているうちに、空澄はドンドン恥ずかしくなってきてしまった。
けれど、彼が出してきた条件だ。
希海は良かれと思って提案してくれたのだろう。恥ずかしさを我慢しながら、空澄は彼の方をちらりと見つめた。
「あ、あのさ………希海は嫌じゃない?………その、私のために嫌々だったらその………申し訳ないし………」
「空澄は嫌か?」
「え………そんな事はないよ……だって、希海が私のためにそういう事考えてくれたんだし……その、恥ずかしいとは思うし、いいのかなって考えちゃうけど……希海の力が戻った方が嬉しいから」
「それはどうして?」
「希海が使う魔法ってどんな感じなのか見てみたいなって………きっと、かっこいいんだろうなーって思ったの」
希海に魔力を分けるのが嫌だとは全く思わなかった。キスする事も、恥ずかしいとは思うけれど、躊躇わいはなかった。
だからこそ、空澄は戸惑ってしまった。
今、彼に話している事は本当の事だけど、本音ではない。
自分が心配しているのは、希海がキスを嫌がっていないか。そんな、自分がどう思われているか、という心配だけなのだ。
彼は自分の身を案じているのに、自分は全く関係ない事ばかり気になっている。
それを希海にバレたくなくて必死に言い訳を語っているのだ。
頬を赤く染めて、彼に話し続けていると、希海はクスッと笑って「大丈夫だ」と言った。
そして、空澄の唇に人差し指を当てて、空澄の言葉を止めた。
「俺は空澄とキスするの嫌じゃない」
空澄の顔を覗き込みながらそう言うと、そのまままた希海にキスをされる。先ほどと同じ様に、ただのキスではない。深い深い口づけ。
彼が求めているのは空澄の魔力。そのためには、空澄の体液である唾液が必要なのだから、仕方がない事だけれど、やはり恋人でもない人との濃厚なキスは抵抗感がある。
けれど、それがまた背徳感を感じ、ドキドキを増幅させているのだろう。
それに、恋人だったらいいのか。
そう考えてしまうと、空澄はまた胸が高鳴るのを感じた。
リビングに2人の吐息と水音がしばらくの間続く。そして、希海が唇を離すと、空澄は力が抜けてしまい彼の胸に体を預けて、荒い呼吸を繰り返した。
けれど、余裕というよりは、魔力が回復してイキイキとした希海はニヤリと微笑んで「交渉成立だな」と、空澄の耳元でそう囁いたのだった。
それを聞き、空澄は体をゾクッと震わせた後、こらからの生活に少しの不安と期待を感じたのだった。
★☆★
空澄の家の前に、その男は一人立っていた。
赤みがかった髪に垂れ目の、少し童顔な男だった。
やっと体の調子が戻り、花里家の家に帰ってくると、少し前より強力な結界が張られていた。
それに触れれば指が一瞬で消えてしまうだろうというぐらいのものだ。それは、魔女や魔王だけがわかるものだ。魔力で作られているのだから当たり前だが。
「………そして、微かに花里の魔力の気配もある。あの女が………いや、違うな。鴉か………」
鴉が結界をはっているのは知っている。
だがその結界から花里の魔女の気配を感じる理由。それは、鴉が花里の純血の魔力を譲渡されたと言う事だ。
「俺が始めに目をつけていたのに………絶対に空澄は俺のものにするんだっ!!」
空澄の家の前で、そう呟いた男は手を強く握りしめた。手のひらに綺麗な形の爪が食い込み血が出そうなほどの力だった。
しばらくすると、その男は音もなくその家から離れた。
もうこの家に「帰ること」はないのだから。
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