第6話 十戒
「いかん、ダメだ!」
屋上から飛び降りた二人を見ていた課長と山根が思わず目を閉じた、そのとき。
——バシュン!
エアクッションを拳で殴ったときような、少し穴のあいたクッションに勢いをつけて座った時のような音をもっと大きくした音が、群衆の叫び声に被さるようにビルの谷間に反響した。
ビルの屋上からダイビングしたのんのとかれんのふたりは、消防のレスキューが万が一に備えてビルの下に用意した巨大なエアマットのど真ん中に、見事に着地していたのだ。確かに群衆が見つめるここなら、組織も手を出せそうもない。
「めっちゃ怖かったあ!」
巨大なエアマットに包まれて、のんのが大声で叫んだ。
「あたしもっ!」
かれんもすっかり暗くなり始めた空を見上げながら叫ぶ。そして二人はつないでいた手をさらにしっかりと握り、顔を見合わせて思わず大声で笑ってしまったのだった。
「さっ、降りようか」
笑いが少し治り、のんのが促したかたちで巨大なクッションの上を飛び跳ねるように移動しながら二人が地面に降り立つと、たくさんのフラッシュが焚かれ、大勢の人間に取り囲まれてしまっていた。
予定外であった降り方にすっかり虚をつかれ、のんのをマスコミから隔離するはずだった警察関係者は蚊帳の外に取り残されてしまい、そんな課長たちの気も知らず、
——あなたは何者ですか
とカメラを担ぎマイクを突き出した中年の男性にそう聞かれ、
「正義の味方、宇宙少女ソラ。またの名を美月のあ。救出完了しただいま帰還しました」
と敬礼をしながらカメラに向かって決めポーズをとっていたのだ。
「か、確保しろ」
倉橋の怒号にはたと我に帰った山根は、群衆をかき分け進もうとするがなかなかふたりの場所にたどり着けない。
——日暮警部補!
と叫ぼうとして、警察だとバレてはいけないことをはたと思い出した。
——えーい、この際しかたない。
「のあちゃん、ふたりともこっちへ早く」
頭上で手を大きく振りながら呼ぶと、のんのが山根に気がついた。
まぶしいたくさんのフラッシュの中、山根のいる方へのんのはかれんを連れて行こうとするが、マスコミなどにふさがれてなかなか前に進めないでいると、突然まるで十戒の海のように人垣が割れて通路ができたのだ。
「のあ様、どうぞ」
それは、美月のあ私設ファンクラブのメンバーが体を張ってのんのの救出に力を貸してくれている。
「みんな、ありがとう!」
のんのはかれんの手を引きながら、人間通路を抜けて山根の待つパトカーへダッシュし乗り込んだ。もちろん、振り向きざまのファンクラブへの投げキッスは忘れなかった。
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