第11話 社畜とクリスマスパーティ

 時間はあっという間に流れ、クリスマス・イブの日がやってきた。

 俺と篠田はほぼ定時に会社を上がり、近くのコンビニで合流した。周囲にいらぬ噂を立てないよう、会社を出る時間はずらしておいた。

 篠田は最初、理瀬の家でのクリスマスパーティーに乗り気ではなかった。


「宮本さんと理瀬ちゃんの二人ですればいいじゃないですか」


 と、ぶっきらぼうに言われたものだ。

 俺としては、理瀬と二人きりで過ごす訳にはいかなかった。欧米では家族で過ごす日でも、日本ではカップルで過ごす日というイメージが強い。クリスマスにわざわざ予定を開け、女子高生の家にいた、と誰かにばれたら何も言い訳できない。

 何度かアプローチをして、このままでは理瀬が寂しいだろう、という話を続け、なんとか納得してもらった。


「まあ、うちのクリスマス女子会出ても、宮本さんの話させられるだけですし」


 そんなことも言われた。別れてからというもの、篠田は俺の鼓膜を直接突き刺すような言葉ばかり投げてくる。まともに会話ができるだけマシと思うべきか。

 コンビニに入り、未成年の理瀬では買えない酒類を買い込む。


「理瀬の前で酒飲むの、大丈夫かな」

「理瀬ちゃん嫌がってなかったからいいでしょ。今でも居酒屋に家族連れとかたまに見ますし。教育には悪いですけど、どうせ大学生になったらしこたま飲むんでしょ。酔いつぶれたらどうなるか、今のうちに見ておいたほうがいいですよ」

「いや、酔いつぶれるまで飲むんじゃねえよ。それは俺らが若い頃の習慣で、今は割とソフトに飲むらしいぞ。時代は変わったもんだ」


 そんな話をしながら、俺と篠田は理瀬の家に向かった。

 家に入ると、料理の準備をする理瀬と、ソファでくつろぐ照子の姿があった。


「おさきー」

「いや、お前も手伝いくらいしろよ」


 慣れた感じで話す俺と照子に、篠田が驚きの目をしていた。


「あ、あの、このひとって、テレビとかに出てるYAKUOHJIさん、ですよね?」


 篠田と照子が直接会うのは、始めてのことだった。

 会社では、俺が有名人のYAKUOHJIと知り合いだという話は一切していないので、篠田が驚くのも当然だ。


「うちがYAKUOHJIだ!」


 俺がガンダ○だ、という俺が十代の頃に流行ったアニメの真似をしながら、照子が立ち上がる。


「な、なんでこんなところにいるんですか!?」

「剛に誘われたけん来た」

「み、宮本さんが?」

「ほうじゃ。うち、剛の元カノやけんな」

「……は?」


 篠田は頭がパンクしているらしく、完全にフリーズしてしまった。

 高校時代に彼女がいた、ということは篠田に言っていたが、まさか売れっ子作曲家のYAKUOHJIだとは思わなかっただろう。


「……は?」


 同じ口調で、今度は照子でなく俺に疑問を投げてくる篠田。

 おそらく、なぜ今まで隠してたんだ、という意味だろう。

 俺は答えられない。俺が有名人の知り合いとして社内で噂されるのも、そのせいで照子の元交際相手がネットにばれて、噂になるのも嫌だった。一方で、篠田とは一度付き合っていた仲でもある。交際相手くらいには明かしておいてよかったんじゃないか、という気持ちはある。


「ふーん、これがうちから剛をとった泥棒猫かあ」


 照子は篠田の周りをうろうろして、体のあちこちを眺める。あやしい顔をしていて、正直、真意は読めない。


「ほなけど、今は剛に振られた元カノ仲間やけん、仲良くしよな!」


 照子が篠田に抱きついた。こいつ、同性には誰にでも人なつっこいタイプなので、いきなり篠田を連れてきても、怒ったりはしないと思っていた。


「あっ、はい」


 篠田は受け入れることにしたようだ。照子に抱きつかれながら、俺のことをジト目で見ていた。

 やっぱりこの二人、合わせるべきではなかったか……


「篠田さん、荷物置いてくださいよ」

「あっ、理瀬ちゃんごめんね」


 立ち尽くしていた篠田を、理瀬がフォローする。この二人が会うのも久しぶりだが、硬さはなかった。

というより、いつの間にか理瀬の立ち回りが洗練されている。パーティの配膳と来客の対応を一人てきぱきとこなしている。これはカフェのバイトで鍛えられたのだろう。

篠田の顔を見た理瀬はなんとなく嬉しそうで、連れてきてよかったと思う。


「ごめんね、私たちが飲むためのお酒ばっかり買ってきちゃって」

「酔っぱらいの処理は慣れてるので、別にいいですよ」


 『処理』という言葉に棘を感じたものの、理瀬は嫌がっていないようだ。


「うちもお酒買ってきたんじょ!」


 テーブルの上には、蓋をされたパーティ料理の他に、高そうなワインやウイスキーが置かれていた。俺たちが用意した発泡酒や缶チューハイとは大違いだ。わかっているとはいえ、経済力の違いを見せつけられた俺たちは顔を引きつらせる。


「……その酒、相当いいやつだよな?」

「さーあ? ようわからんけんお店の人に選んでもらったわ。好きに飲んでええよ。あっ、うちこのチューハイ好き! 一本もらっていい?」


 金銭感覚は変わったのに、味覚は変わっていない照子。庶民なのか金持ちなのか、よくわからなくなった。

 全員座り、グラスに飲み物を入れて、乾杯をする。音頭は、主催者の俺だった。


「えーっと、なんかよくわからない集まりになったけど、メリークリスマス」

「「「メリー・クリスマス!」」」


 歯切れの悪い音頭だったが、ノリのいい照子がリードしたので、宴は華やかに始まった。

 クリスマスらしく、真ん中には大きなチキンが置かれていたこの四人でいちばん食い意地の張った照子がすぐさま切り分け、食べ始める。


「んーうまいー! あのドイツ料理の店、ごっついええよなあ。あの後も何度か一人で行ってもうたわ」

「……あの後、ってなんですか?」


 篠田だけが話題についていけず、俺を訝しそうな目で見る。


「ああ、最近いろいろあってな……」


 俺はこれまでのことを話した。理瀬が彼氏を作りたがっていたこと、エレンのドイツ料理店でダブルデートしていたところを照子と一緒に見ていたこと。


「なんか、私をのけものにして楽しんでますね、宮本さん。やっぱり理瀬ちゃんのことが心配でたまらないんですね」

 

 篠田は別れた時、俺が篠田よりも理瀬のことばかり考えている、と言っていた。やはり今もその考えは消えていないらしい。

 

「まあな」


 否定するのが面倒で、つい正直に言ってしまった。

 最初から照子が買ってきたスコッチをロックで飲んでいたこともあり、俺にしては珍しく、少しだけ酔っていた。そのためか、思考がいつもよりシンプルで、言葉で感情を隠すことを忘れていた。

 いちばん反応していたのは、理瀬だった。大事そうに切り分けたチキンをぽろっ、と落として、俺の顔をまじまじと見ていた。


「否定しないんですね?」

「もう何ヶ月も面倒を見てるからなあ。理瀬がどんな子なのかわかってきたし、心配にもなるよ。篠田だって、理瀬に彼氏できたら心配でたまんないだろ?」

「いや、普通に応援しますよ。悪い男だったら別ですけど。まあ、私は男性経験少ないので、相談にならないですけど」

「ほほーん。うちも男性経験少ないけん、理瀬ちゃんの相談やできんわあ」


 照子がけらけらと笑いながら、間に入ってくる。どう見ても篠田を煽っていた。


「……薬王寺さんは、」

「名字で呼ばれたらお仕事みたいやけん、照子って呼んで」

「……照子さんは、宮本さんと長い間付き合ってたんでしょう?」

「うーん。七年くらいかなあ。ほなけどまともに付き合ったんは剛だけやけん、男性経験少ないんじょ」

「~~っ」


 篠田が声にならない叫びをあげる。俺と篠田が付き合っていたのはせいぜい数ヶ月。こいつ、篠田にマウントを取るつもりか。不穏な空気だが、俺には止められない。


「学生の頃のうちは幸せやったわあ。いちばん好きな人と付き合えたけんな。そんな子、なかなかおらんよな」

「……私だって、『当時』いちばん好きだった人と付き合いましたもん」

「うん。うちも今、その人のことはどうでもええわ。不思議なもんよな」


 グサッ、グサッと二人の言葉が突き刺さる。今はもう、俺のことはどうでもいいのだ。わかってはいたが、面と向かって言われると、なんか辛い。


「理瀬ちゃんはいちばん好きな人、見つかったん?」


 唐突に、照子が理瀬に話を振った。

 照子と理瀬は、一度ラブホで会ったあと急に仲良くなり、何度か話をしていると聞いた。照子が「上級国民様が住む豊洲のタワーマンション見てみたい!」と言って理瀬の家に押しかけたらしいのだ。俺からすれば照子も十分、上級国民様なのだが……


「いちばん好きな人、ですか?」

「そそ。十代の頃はな、なんも考えんといちばん好きな人にアタックするんがええんよ。周りがみんな彼氏作っとるとか、全然気のない男に告白されたけんとりあえず付き合ってみるとか、そんなん全部無視していいけん。自分の気持ちに素直なんが一番よ。お姉さんがこの前、教えてあげただろ?」


 俺は気が気ではなかった。俺と付き合う前、照子はなし崩し的に別の男と付き合っていたのだ。そのことを言っているに違いない。俺の考えすぎかもしれないが、過去を知れば知るほど、その人の過去と今の心情を照らし合わせてしまう。


「どう? 一番好きな人、見つかった?」

「私の一番好きな人は……」


 理瀬が、エアコンの音よりも小さいくらい、か細い声でつぶやく。

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