第4話女子高生と社畜料理

 常磐理瀬は大人っぽい雰囲気の女子高生で、制服を着ていた時はなんともいえない美しさがあった。

 女子高生らしい「かわいい」というイメージとは別の、落ち着いた美しさだ……

アラサー社畜の俺が女子高生のかわいさを語るなんて、それだけで事案発生しそうだな。

 わざわざ語ったのは理由がある。休日の常磐理瀬は、全くそうではなかったのだ。

 土曜の午前中、俺は休日出勤で雑務を済ませ、常磐理瀬にSMSを打った。仕方がないので電話したら「……ああ、はい、はい」と明らかに寝起きの声で喋っていた。俺がわざわざタワーマンションの屋上階まで迎えに行くと、ぼさぼさ頭のジャージ姿で玄関から顔を出した。


「……調子悪いの?今日はやめとくか?」

「いえ……寝起きが悪いだけです。準備するので、中で待っていてください。私の部屋には入らないでくださいね」


 理瀬はあくびをしながら部屋に消え、しばらくして格好で出てきた。さすがに制服ではなく、パーカーにジーンズというアメリカ人みたいな格好だった。元が綺麗だから何を着ても似合うのだが、この格好なのは楽に着こなせるからに違いない。


「投資家なんだろ?休みの日も取引とかしないの?」

「土日はマーケット休みですよ。情報収集とかはしますけど」

「あっ……」


 同窓会で見栄張るために電話で大量の株を売るフリをしたら、今日は休みだよってみんなに失笑されたっていう2chのコピペあったよね。今の俺そんな気持ち。


「それに、投資はあくまで副業で、本業は女子高生ですから」

「投資で豊洲のタワマン買ったヤツが言っても説得力ないんだよなあ……」

「……ちょっと運が良かっただけです。そろそろ行きましょう」


 というわけで、俺は誰かに見られないかビクビクしながら理瀬と豊洲の街を歩いた。

 理瀬のマンションは有楽町線豊洲駅の近くにあり、まず向かったららぽーと豊洲のスーパーは全てのものが目が飛び出るほど高かった。俺が千葉で愛用している激安スーパーの三倍から五倍の価格だ。


「ここ、すごい高いんだけど、どうする?」

「……安いところがいいです。あまり食事にお金かけたくないので」


 一応理瀬に聞いてから、俺はスマホで近くのスーパーを検索した。都内と千葉ではスーパーの種類がだいぶ違ってわかりづらく、もっとも安全なイオンへ行くことにした。東雲のイオンだ。少し距離はあるが、理瀬は嫌がらなかった。

 俺たちはイオンのスーパーに行き、まず野菜売り場から順番に買い物をした。


「野菜って、スーパーで買うと安いんですね。コンビニだとサラダが二百円くらいするのに」

「ああ。特にキャベツともやしは異常に安い。しかも炒めるだけで食える。慣れればチャーハン作るのと同じだ」

「楽そうですね。これにしましょう」


 理瀬は迷わずキャベツともやしをかごに入れた。女の子ならもっと可愛らしい料理をしたくなるものじゃないのか。アラサー独身男の手抜き料理なんて覚えるもんじゃないぞ。

 とはいえ炒めものは火と調味料の使い方を覚えるのに最適だから、一応これでいこう。

 インスタント食品で身体を壊したのも、料理に時間と金をかけたくないのも俺の通った道だし、なんとなくだが、理瀬の思考回路は俺に似ているかもしれない。

 野菜のあとは適当に肉と調味料を買って、豊洲のマンションに戻った。ちょうど夕方で、俺たちはさっさと料理を始めることにした。料理つっても肉もやし炒めだけど。


「チャーハンみたいに炒めればいいんですか?」


 いきなり強火にして、フライパンに油ともやしと肉をぶち込もうとする理瀬。


「待て待て。まず強火は禁止だ」

「なんでですか?強火のほうが早くてよく火が通りますよ」

「強火でも熱が通るのは表面だけで、中まではなかなか加熱されない。そのうち表面だけ焦げてしまう。強火のほうがいいこともあるが、慣れるまで強火は禁止だ」

「なるほど」


 理瀬は料理センスのない人間の特徴を兼ね備えていたが、一方で素直に俺の言うことを聞いた。徹底して弱火を使い、塩も適量をゆっくりまぶして、一応まともな肉もやし炒めが出来上がる。

 俺と理瀬は、二人でできたての肉もやし炒めを食べた。


「そこそこいけるじゃないか」

「ちょっと塩味が足りない気がしますけど」

「若いからそうだろうなあ。現代人は、塩なんて自炊の時は入れなくてもいいくらい普段から塩分摂ってるんだよ。まあでも、少しずつ塩の量を増やしてみるといい。そのうち好きな味にできるよ」

「なるほど」


 理瀬は学習能力が高い子だと思う。

 お腹が痛かった時、自分で膵炎を推定するのも、俺の胃潰瘍の説明を理解するのも普通の女子高生にはなかなかできないことだ。

 それにチャーハンは下手だった(おそらく火が強すぎるせい)が、米はふっくらと美味しく炊けている。本当に料理センスがないやつはご飯を炊くといっておかゆを作ったりするもの。学習さえすれば、料理くらいなんともないだろう。


「ご飯はおいしいな。誰かに教わったのか?」

「お母さんが教えてくれました。私がここに住み始めたころ急に海外勤務になったので、ご飯の炊き方くらいしか教えてくれなくて」


 なら父親は、と俺は思ったが聞かないことにした。家族のことを自分から言わないのは、たいてい言いたくないからだ。

 理瀬の保護者が事実上不在なのは心配なことだが、あまり深入りして面倒なことに巻き込まれたくない、という気持ちもある。

 このへんで手を引くのがよさそうだ。


「今日の調子なら大丈夫そうだ。食材は三日ぶんくらいだから、しばらくこれで過ごしてみな」

「ありがとうございます。あの、お礼は」

「いいよ。ちゃっかりキミのお金で食材買って俺も食べてるし」


 俺はさっさと会話を打ち切り、食器を片付けてから理瀬の部屋を出た。


* * *


『キャベツの炒め方がわかりません。教えてください』


 翌日の日曜日、理瀬からSMSが来た。

 おいおい、なんでもやし炒めができてキャベツ炒めができないんだ、と呆れながらも、睡眠時間チャージ中で面倒だった俺は『また今度教える』とだけ返信した。

 それが、また教えに来てくれる、と解釈されたらしく、『月曜の夜はどうですか』と理瀬から返信。

 結局、俺はまた理瀬の家に行ってしまった。

 キャベツ炒めの失敗は簡単なことだった。理瀬はキャベツを一枚ずつむいて、そのまま炒めていたのだ。俺は理瀬に、火を通すため食材を適切に切り分けることを教えた。

 それからというもの、


『生姜焼きのたれをいつ入れればいいかわかりません』

『冷しゃぶを作りたいのですが、お湯を何度くらいにすればいいのかわかりません』

『炒めものだけじゃなくて、肉じゃがとかも作ってみたいです』


 などと、理瀬からはほぼ毎日、俺に料理教室のリクエストが来た。

 危険な関係だとわかっているのに理瀬を放っておけなかった俺は、毎日そのリクエストに答えていた。俺の目分量で買った食材は理瀬が食べきれない量だったので、ちゃっかり俺も食べて食費を節約していたのもある。

 おお俺よ、女子高生のヒモとは情けない……

 しかし肉じゃがのリクエストが来たところで、さすがにこれ以上はまずい、と思った俺は、冷しゃぶを教えて一緒に食べている時、理瀬に言うことにした。


「なあ常磐さん、肉じゃがくらいなら次の土曜に教えてあげるけど、もうそれで最後にしないか」

「えっ……?」


 理瀬は、俺が想像していたよりもずっと、寂しそうな顔をしていた。

 涙を流す一歩手前みたいな、しゅんとした顔だ。

 女子高生にそんな顔されたら、俺もたまったものではない。


「俺、仕事遅いから、あまり長い時間付き合えないんだ」

「そうですよね……宮本さん、家はどこですか?」

「千葉県の、千葉市だけど」


 俺はこの時、理瀬が家の場所を聞いてくる理由がよくわからなかった。

 次にきた言葉が、俺の想像をはるかに超える提案だったから。


「だったら、私の家に住みませんか?」

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