第56話 元凶

 体調も戻ったので、崖下の探索に再度トライする。

 ただし、三時間たっぷり休息を取ったから日はかなり傾いてきていて、渓谷の底まで日の光が届いて来ない。

 元々視界は悪かったので光球の魔術を使用して視界を確保しているけど、霧の深さと相俟って、さすがに足元が覚束なくなってきている。


「これは、あまり長い時間は掛けていられないな」

「コーエンを先に帰しちまったからな。日をまたいじまうと死んだことにされかねねぇ」

「ケビンってば有名人だから、死んだら大騒ぎになっちゃうわね」

「うっせ! でも失敗だったかなぁ」


 先に帰ったコーエンさんが、一日経っても帰ってこないわたしたちに何かあったと判断してギルドに通報したりしたら、この谷にトンデモない大物が潜んでいると判断されるのは、確かに有り得る。

 そうなったら青ランクはもちろん藍ランクや、ひょっとしたら世界に数人しかいないと言われる紫の冒険者が出張ってくる可能性だってあるかも知れない。


「それはそれで面白そう?」

「だよねー。ボス、わたしもそんな状況見たいから、一泊してみない?」

「しないよ! 探索はせいぜい二時間程度で切り上げる。そこから二時間掛けて帰ったら、夜の九時には村に着く。それくらいならぎりぎり問題にならないだろ」

「ま、妥当なところか」

「そうね。何も無ければまた明日も調べに来ればいい訳だし。村の人たちも原因が不明な間は、私たちを邪険には扱わないでしょ」


 原因が不明な間はまたボーンウルフが発生して襲撃に来てもおかしくない。

 八体をまとめて撃退できるわたしたちの存在は、村にとっても心強いはず。


「しかし探索って言ってもな……エイル、イーグ、何かおかしな点に気付かない?」

「ん、なにも」

「腐臭が酷くて鼻が効きませーん」


 狭い河原の他は、ほぼ全体が川になっている渓谷の底。

 調べると言っても、地面のほとんどは水の中。何か残っていたとしても水に流されているだろう。

 馬車の様な大きなモノ以外は残されている可能性は少ない。


「原因に連なる『何かが川に流された』と判断して下流を調べるか、それとも『まだ残っている』として上流を調べるか、どっちがいい?」

「リムル君にしては珍しくアバウトね。もっと明確な目標とかないの?」

「情報が少なすぎだから、無理。それとエイルは絶対無理しちゃダメだぞ」

「ん、まだ大丈夫」


 あの発作からご主人は少し心配性になってる。わたしはもうすっかり……とまではいかないが、ちゃんと役割を果たせるくらいには立ち直ってる。多分。

 その気使いが嬉しくもあり、煩わしくもありで、少し複雑な気分になる。

 そんな感情を持て余して、足元の石を蹴飛ばそうとして――気が付いた。


「――ん? リムル様、これ……」


 石に付いた苔の跡が、不自然に途切れている。

 いや、この形状は割れた跡? 拾い上げてコツコツと叩いてみる。意外と硬い。


「これ、苔の生えた石が割れたのか?」

「この硬さの石が割れるって、なかなか無いと思う」

「でもいくら硬くても、石が割れるなんざよくあることだろ。ここは河原だぜ」

「いや、確かにそうではあるんだが……じゃあ、割れた片割れはどこにある?」

「ん? そういや形の合う石は見当らねぇな」


 石自体はそれほど大きくは無い。せいぜい拳二つ分くらいだろうか。

 だけど割れた面にピタリと合いそうな破片が、ぱっと見た限り存在しない。

 片面に苔の生えた石だけに、欠けた破片を探すのは比較的容易なはずなのに。


「仮に、石が割れるほどの何かが起きたとして、それが下流から上流へ移動することは無いよな」

「この場に合いそうな破片が無いってことは、上流から流れてきた?」

「だとすれば、『何か』は上流って可能性が高いよな。いってみるか、どうせ情報が無いんだし」

「ま、あてもないしな」

「エイル、よくやったぞ」


 行動の指針が見つかったことで、ご主人がわたしの頭をぐしぐしと撫でてくれる。

 その行為は結構嬉しいんだけど……わたしはパシッとご主人の腕を捕まえ、動きを封じる。

 撫でる振りして、こっそりと角を引っ掻こうとしていたのだ。

 最近ご主人は敏感部分である角を、妙に弄りたがる。リボンを結ぶ程度の感覚ならともかく、爪で引っ掻かれたりすると変な声が出ちゃう。


「むぅ」

「あ、あー、これは……その……」

「むむぅ」

「――ゴメン」

「まぁ、触りたいなら言ってくれれば別にいい。でも変な声出るから、人のいない時ね」

「そう言う風に言われると、なんだか卑猥に聞こえるからヤメロ?」


 まぁ、ご主人としてはいい反応を返すペットを構っている気分だったんだろうけど。

 構われる方としては、少し反撃したい気分になったとしても仕方の無いことだろう。


「二人っきりなら触っても良いのねっ!?」

「アミーさんはダメ。まったくエリーといい、なんでわたしに触りたがる」

「そりゃエイルちゃんは手触りがいいし、反応もいいし」

「それ、まるで人形の扱い」

「失礼な。人形じゃないわ、愛玩動物よ! 名実共に!」

「共にするなっ」

「お前ら、じゃれるのもいいが時間無いんだろ。先行くぞ」


 ケビンが溜め息を吐いて、水の中に足を踏み入れる。

 この先は河原が無いので、水の中を歩いて進まないといけない。水量が豊富なので浅い部分を選びながら進む。

 そうなると足元にも注意を払わないといけないので、進むのに時間が余計に掛かってしまう。


「おお、ケビンが珍しく真っ当なことを言った」

「お前、俺を本気でバカだと思ってるな?」

「そんなことない。たまに思うだけ」

「それでも充分に失礼だっつぅの!」


 軽口を叩きながら慎重に川を進む。

 時折深みを避けながら、蛇行するように上流へと向かい――


「あれ?」

「ん、どうかした?」


 しばらくしてご主人が不意に首を傾げた。

 後ろを振り返り、指を指してなにやら確認している。


「エイル……いや、イーグ。上空から見て、河原からここまでの深みがあった位置を確認してくれないか?」

「んー、いいよー」


 ご主人の命令に、背中から皮膜状の翼を広げて空へ舞い上がる。

 彼女は変化の魔術で人の姿を保っているため、あの翼も魔術の応用で作り上げた物だ。

 ニセモノではあるが、元の彼女の翼とよく似た形状をしている。やはり想像しやすいのだろう。

 しばらくして彼女が戻ってきた。珍しくなにやら興奮したような表情をしてる。


「ボス、大当たりだよ。深みになってる所、足跡だった!」

「あ、やっぱり。なんか規則的に深くなってると思ったんだ」

「おー、さすがリムル様」

「へぇ、こういうのって横から見ると気づかない物ね」


 わたしは深くなったり浅くなったりしてるだけかと思ってたけど、深い場所って足跡の穴だったんだ。

 ご主人、よく気付いたなぁ。


「でも足跡があるってことは、敵は物質を伴った存在なんだ。幽霊系の敵じゃなくて一安心かな」

「物理的に効かない相手は、戦いにくいしねー」

「斬ってる感触無いから、苦手」

「私はそうでもないけど?」

「そりゃお前は魔術だからな」


 ゴースト系の敵は武器で戦う場合は聖水の加護が必要だし、斬ってる感触も薄いので、戦っていて違和感がある。

 わたしもケビンも、得意な相手ではない。


「大きさとしては、タイラントライノやグランドヘッジホッグに匹敵する。そんなのが隠れる場所って存在するのか?」

「あればコーエンが口にしてるはずだ。多分渓谷の内部に存在するんだろうな。この谷なら人目にはつかない」

「それにしたってあの巨体だ。噂にならないってのはおかしくないか?」

「いや、グランドヘッジホッグだって森の中に居て気づかれなかったし、タイラントライノもそうだ。災獣って奴はなぜか『現れるまで居たことに気付かれない』ケースが多い。今回の相手もそういう能力があるのかもしれない」


 グランドヘッジホッグはベリトの街のそばの森に住み着いていたのに、全くその存在を知られてはいなかった。

 タイラントライノも、ラウムのそばの森の中に潜んでいたのに気付かれなかった。

 彼らは認識を阻害する、何か特殊な能力を持っているのかも知れない。


「災獣と同じ様な能力を持っている、ってことは災獣の可能性だってあるんじゃないか?」

「その覚悟だけはしとけってわけ? そういうのはケビンの役回りなんだけどなぁ」

「アミーさんだって、タイラントライノの時は参加したじゃないですか」

「それに、災獣ならむしろ安心。こっちにはイーグがいるもの」


 災獣の中で最上位に位置付けられるファブニールが存在するのだから。


「んー、でもここじゃあちょっと不利だよー? 飛べないし、ブレスも吹けないしー」


 そういわれて気がついた。川の左右は切り立った崖だ。

 巨大な何かが敵対する場合、崖を崩されたらあっという間に埋もれてしまう可能性がある。

 戦場としては、いささか不利。


「リムル様、ここは……」

「うん、ボクも気づいた。危ないな」

「オヤビン、なんかいる!」


 そこにイーグの警告の声が飛んだ。


 大きく右にうねる谷間。

 その向こうに巨大な影が横たわっていた。

 その巨体はこちらを認識すると立ち上がり――凄惨な腐臭を周囲に撒き散らした。


「まさか……巨人族? しかもゾンビ化して……」


 巨人族。伝説にも存在する、神に近い人たち。

 だが彼らも災獣と同じく人に分類されることはなく、魔獣やモンスターとして扱われる。そして、その巨体に関わらず『気が付けば近くにいた』という事態が多い。

 神話などでも歩けば足音が響く程なのに、突如目の前に現れてというシーンも多々語られている。


「ゾンビ化しているのに長らく見つからなかったと言うのは、生前の能力が残留しているのか?」

「その力が腐敗して消えつつあるから、目撃されるように?」

「そしてこれだけ力を持った存在がゾンビ化したのなら……その影響は他に及んでもおかしくない」


 ご主人の推測で大体の事態は見当が付いた。

 この巨人が何らかの事情でここで死亡し、それがゾンビ化することで周囲にアンデッド化の波が押し寄せた。

 問題は、巨人そのものがゾンビ化してること。つまり……巨人は腕を振り上げ、こちらへと襲い掛かってきているという事実だ。


「ブルルルルルルゥアアアアァァァァァァァ!」


 巨人はその腕を振り上げ、闇雲にこちらに向けて振り下ろす。

 何も考えず振り回したその巨腕は、崖を抉り、岩を弾き飛ばしてこちらに向かう。

 腕だけでなく、雪崩を打って襲い掛かる岩の雨。

 水の中で動きの鈍ったわたしやイーグはともかく、ご主人やアミーさんは避け切れない!


「くっそ!」


 右手を前方に突き出し、異空庫を解放。

 飛んでくる岩ごと、腕を弾き飛ばすべくブレスを――内部に溜め込んだ十発分、まとめて放出する!


 轟――と目を焼く閃光と共に、鼓膜が破れんばかりの轟音。


 腕を弾く為、やや上方に向けて放たれた『ファブニールのブレス』十発分は――岩を蒸発させ、腕を弾き……そのまま巨人のゾンビの上半身を蒸発させた。


「はぇ?」


 更にブレスの余波は左右の崖を溶かし、溶岩と化し、真っ赤に融けた岩が雪崩を打って川へと流れ込む。川の水は瞬時に沸騰する。

 そうなるともちろん、熱湯が下流であるこちらへ流れ込むわけで。


「ぎゃああぁぁぁぁ!?」

「エイルちゃんのバカァァぁぁ!」

「うわわわ!? た、耐熱、耐熱、耐熱!」


 悲鳴を上げて、水を掻き分け必死になって逃げるわたしたち。

 逃げながら皆に耐熱の魔術を掛け捲るご主人。

 こっそり、一人上空へ避難するイーグ。


 こうして、巨人との戦い(?)は終了したのだった。

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