第48話 吟味

 ギルドに入って掲示板に向かう。この街に来て三か月、すでに慣れた行動だ。

 早朝と言うこともあって、柄の悪いタイプの冒険者はまだ居ない。

 目に入るのは、真面目に冒険に取り組む青年や、小遣い稼ぎに薬草摘みを求める子供や、子供に飴をあげてる受付のお姉さんばかりだ。


「なんか昼頃とは雰囲気が違う」

「そう言えば、この時間にはあまり来たことなかったかな」


 いつもは週末の、しかも朝食を摂ってからの来訪が多いので、食堂が開くより早いこの時間はあまり来たことが無い。

 床も泥足で汚れる前なので、綺麗に掃き清められて、なんだか別の建物みたいだ。


「いらっしゃい。今日も仕事請けてくれるのかしら?」

「ええ。長期の休みが取れたので、少し大きな仕事を請けようかと思いまして」

「適度に報酬が良くて、楽なヤツ紹介してくれ」


 わたしたちの姿を見て、顔馴染みの受付嬢が声を掛けてくる。

 ご主人も気さくに声を返す。だけど、ケビンの返事はかなりふざけた物だと思う。


「もう、そんな都合の良い依頼なんてありませんよ」

「そうか? 探せば、あるんじゃねぇの?」

「少なくとも私の記憶にはありません」


 プッと膨れた頬で否定するお姉さん。こんな子供染みた顔をしてくれる程度には、仲良くなっている。


「新しい依頼は?」

「そこの掲示板の左の方ですね。今日は海沿いの依頼も来てますよ」

「海かぁ」


 海と聞いて、なんだか考え込むようなご主人とケビン。

 なんだか妄想の世界にトリップしてる?


「でもわたし、泳いだ事無いから海は無理」

「……あ、そうだね」


 少し残念そうなご主人の表情。まぁ、飛べるからどうにかなるかもしれないけど。

 それに海沿いの町って、ここから片道でも一週間掛かるじゃない。


「時間的にも無理、か。長期休みに入ったら考えよう。他にも無いか、少し掲示板見てきます」

「はいはい、頑張ってお仕事してね」

「俺は楽な方が……」

「あんたはいい加減目を覚ましなさいっての」

「いてっ、いててて! 離せよ、おい!」


 ケビンがアミーさんに耳を抓まれて連行されていった。なんだか尻に敷かれてるっていうのはああいう感じなんだろうね。


 掲示板には、所狭しと依頼票が貼り付けてある。

 一応依頼された日付や、討伐、採取、護衛などの内容で区分けされてはいるみたいだけど、凄くゴチャゴチャしている。

 わたしたち以外にも仕事を探してる人も居て、そんな状況の掲示板を隅から隅まで目を通していた。

 少しでもわりの良い仕事を探そうと必死なのだろう。

 そんな中、わたしは一つの依頼に目を留める。


「ご主人、これ。報酬高い」


 わたしが指差したのは討伐依頼。

 内容はオーク退治。ただし退治と言っても一匹は捕縛することとなっている。

 オークは人間よりも一回り大きな体躯を持っていて、腕力も相当に強い。

 だけどただ振り回すだけしか脳が無く、頭も悪いので、罠や魔術、遠距離の射撃を全く避けようとはしない。

 そのせいで簡単に討伐出来てしまう害獣だ。

 この依頼は、そんな簡単な相手に金貨二百枚も提示している。


「エイル、これはマズイ依頼だよ」

「え、そうなの?」

「まず、オークと言うのは最優先討伐対象に指定されているし、大して強くは無いけど……実は女性には非常に危険度が高い」

「ふんふん?」

「女性限定で、まぁ……非常に興奮させる体臭を発散するんだよ。性的に」

「うげ」


 なにその淫獣は。最優先討伐指定も納得じゃない。


「しかもこの依頼、わざわざ捕縛って言ってるだろ? オークの体液は媚薬や排卵促進剤に加工できる。これも法律で禁止されている薬なんだけど。多分、それが目当てだろうね」


 違法薬物の材料集めをオブラートに包んで依頼してたのかぁ。こんなの受けたら、仕事の後闇に葬られてもおかしくない。

 しかしギルドも、よくこんな依頼を通したなぁ。


「討伐依頼自体は違法では無いからね。むしろ最優先討伐対象だけに率先して受けて欲しいところだろう。ただし、倒したオークの処遇は冒険者次第なわけで。その場で殺しても、欲しがる誰かに譲渡しても、それは違法じゃないんだ」

「ギルドが回収ってできないの?」


 倒した死骸を他の魔獣のようにギルドで買い取ればいいんじゃないかな?

 コモドドレイクの皮とか肉、ギルドに売り払ったし。


「あれは有用だから買い取ってくれるんだよ。オークは、残念ながら素材として利用できる部位は無い。違法な物を除いてね」

「じゃあ、こっちの『捕縛したモンスターの処理。求む男性または経験豊富な女性』っていうのは? 依頼主、同じ人」

「多分、オークの体液を搾る仕事だね」

「吸血鬼みたいね」

「あー、まぁ……うん、そうかな? まぁ、受付の人に知らせておくといいよ。受け付けた人が違うから発生したミスだと思う」


 そんなわけで、お姉さんにこの2つの依頼を報告したら、なにやら大慌てで奥へ駆け込んでいった。

 お礼にわたしは飴をもらったんだけど……なんだろう、この子供扱いは?


「リムル様、なんか飴もらった」

「良かったね、お礼は言ったかい?」

「うん……んぅ? なんだかこっちでも子供扱いされてる?」

「それは気のせい」


 気のせいだと主張するなら、こっちを見て言ってくれないかなっ。

 露骨に斜め上を見て言われても説得力が無い。


「それはそれとして……ケビン、この依頼なんかはどうだろう?」

「ん、ボーンウルフ討伐、数推定四体? こいつぁちょっと厄介なんじゃねぇか?」


 依頼票には、ここから二日ほどの場所にある村で、ボーンウルフの群れが発生して、襲撃されているとある。

 ボーンウルフというのは、野に晒された死体を器にして浮遊した霊が乗り移って身体を再構築した、一種のアンデッドだ。

 人の骨だろうが動物の骨だろうが、山のように大量の骨が寄り集まり、巨大な五メートルほど犬のような形態をとる為、ボーンウルフと呼ばれている。


 なぜ『ボーン』なのかと言うと、憑依して無理矢理変形する際、なぜか肉が剥がれ落ちて骨だけになってしまうからだそうだ。

 厄介なところは、元々が死体の寄せ集めな為、身体をバラバラにしてもすぐ再構築してしまうところ。

 だから攻撃は、聖別された武器で憑依元である頭か、身体の起点になる腰骨を破壊しなければならない。


「純粋物理力が売りのボクたちには、本来相性はあまりよくない相手、というか、相性のいい人なんて居ないだろうね」

「だったら……」

「でも、アンデッドは聖水を掛けた武器なら効率よく倒せるし、魔術も有効だ。それにドラゴンの爪は魔力を帯びているし、ブレスも効果的。ほら、実はボクたちって比較的相性いいんじゃない?」


 ご主人とアミーさんは魔術を使えるし、わたしはアグニブレイズの炎やドラゴンの爪がある。イーグだってブレスというか、まぁ元の姿になれば全身凶器だ。

 有効打を持たないのはケビンだけだけど、聖水を入手すれば、彼だって戦える。


「そりゃそうだが、聖水なんてどこで手に入れるんだよ」

「この街にも世界樹教の教会はあるからね、そこで分けてもらおう。ギルドの紹介があれば跳ね付けられたりしないだろうし」

「大丈夫かねぇ」

「最悪、エイルのアグニブレイズを借りて戦えばいいよ。二つあるし。それにキミの武器もそろそろ一つ上の物に変えた方がいいだろう?」


 確かにケビンは、きこりが使うような大斧グレートアックスを愛用していた。

 ただし、それは連戦の疲労で刃が欠け、血錆が浮かび、かなり草臥くたびれた風体を成している。

 若手のホープとして名を売る彼の武器としては、いささか物足りない。


「え、でもこの斧、他人にあげる気は無いよ」

「それを渡すってわけじゃないさ。でも他の斧にも慣れて置いた方がいいかなぁって」

「確かに新しい斧は欲しいけどな……でも魔法の掛かった武器ってのはそう出回ってないし、高いんだよ」

「そこでこの依頼さ。ボーンウルフの骨は武器の材料になるんだよ」


 元は動物や人の死体だけど、ボーンウルフが憑依することによって、その骨は鋼に匹敵する強度へと変化するらしい。

 更に棒状の物だけでなく板状の骨もあるので、組み合わせれば軽く強靭な斧が作れないこともない、かな?

 それにこの素材は憑依の際に魔力を帯びている。つまりアンデッドに対しても有効な武器になるということだ。


「でも、加工には職人の腕がいるだろう。俺たちにはそんな伝手つては無いぞ」

「まぁ、そこはその時になってからさ。材料が無いと作るに作れないから」

「それも、そうか。わかった、これにしよう」

「え、私の意見無し?」


 アミーさんが不服を唱えるけど、拒否はしなさそう。

 ケビンが問答無用で依頼票を受付に持って行き受理されると、準備の為にギルドを退散することとなった。

 二日の旅とはいえ野宿をするのだから、それなりの用意は必要だろう。



 ケビンの武器の準備として、聖水の用意は不可欠。

 というわけで、ギルドで紹介状を貰い、世界樹教の教会へやってきた。

 教会は、さすが世界最大宗教とも言うべき荘厳なもので、高い尖塔が街の中でそそり立っている姿は、他を圧するものがあった。

 魔術学院も様々な戦闘が建っているが、あちらは街の外よりに存在するので、違和感は少ない。

 それはそうと……あれ、わたしここの人とは相性悪いはずじゃ? 来て良かったのかな?


「まぁ、いいんじゃない。黙ってればばれないよ」


 ご主人はそう言うけど、わたしが破戒神の末裔だと知られたら、ぞっとするのは確かだ。ここは大人しく、ご主人の後ろで――


「あれ、君は確か……リムル君だったか?」


 隠れようとしたら、いきなり声を掛けてきた修道女が居た。

 逆光になって、顔がよく見えなかったけど、どこかで聞いた声だ。


「ああ、確かセーレさんでしたっけ。お久し振りです」

「うん、合宿以来だね」


 ご主人はすぐに思い至ったようだ。確か一組の次席で才媛の人だ。


「なんでこんな場所にいるんです?」

「あはは、お恥ずかしながらウチの実家なんだ、ここ」

「実家? 世界樹教の教会が、ですか?」

「うん、私の父はこのラウムでの最高司祭でね。一応偉いさんになるのかな」

「それは……ご令嬢だったのですね。一組に配属される訳だ」

「実力で上位に入ったのは、忘れないで欲しいね」


 やや皮肉交じりのご主人の感想に、少し気を悪くしたように答える。

 どうやら家柄で上位に行ったとは、思われたくないみたい。彼女は確かに、順位相応の実力と自負があるのだろう。


「気を悪くされたのなら謝ります。今日は彼の武器を聖別する聖水を頂きに来たんです」

「ん? ああ、君は現役の冒険者だったな。すると彼が噂の……?」

「はい、ケビンです」

「冒険者のケビンだ、以後よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いしますわ。カークリノラース家の息女、セーレと申します」


 ケビンの無愛想な挨拶に、優雅な一礼を返す。ケビンはキリッとした美人の彼女に少し緊張気味の様子。

 見た目お嬢様だけど、中身は酒をこよなく愛する、オバサンな性格をしているとは思うまい。

 合宿での酒瓶を抱えて胡坐をかいて座って、ブランデーをラッパ飲みしていた姿は、今の修道服姿からは想像できない。


「聖水を御所望でしたね。こちらへどうぞ」


 彼女は別室の礼拝室へ案内する。聖水は無料でもらえるわけではなく、多少の寄付を必要にするため、あまり人目につかない場所で取引される。

 別室と言っても装飾は過剰で、それでいて押し付けがましくない程度の趣味のいいデザインをしている。

 これは彼女の父親のセンスだろうか? その装飾に信仰心を強く感じられた。


 聖水とは、神の祝福云々が実際にある訳ではなく、薄く魔力を帯びた水を瓶に詰めているだけだ。

 これを武器に振りかけ、簡易の魔術武器を生成することができる。生成といっても、精々が十分程度の物だが、それだけあれば戦闘は充分に終わらせられる。

 魔術武器があまりに高額なため、この聖水を求める冒険者は意外と多い。


「こちらが寄付金です。どうかお納めください」

「はい、ありがたく。聖水はこちらです、あなたに聖樹の加護があらんことを……なーんてね!」

「もう、荘厳な雰囲気が台無しですよ」

「澄まし顔は苦手なのよ。勘弁して頂戴。それで、何を倒しに行くの?」


 教会と言う箱入りの彼女は、冒険の話題に興味津々の様子だ。

 ご主人も悪い気はしないらしく、気軽に返している。


「まぁ、今回は守秘義務のあるものじゃ無いので、いいですけど。ボーンウルフ退治ですよ」

「へぇ、詳しく聞かせてよ」

「詳しくも何も、まだ現場に行ってませんって」


 妙な所で出会った彼女に捕まり、結局半日が潰れることになった。まぁいいけどさ。

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