第324話 雷との再会


「そう言えば、もう一人だけ……こっちの世界で俺が関わった神の化身がいたな」


 『深淵の使徒』たちとの話を纏めた翌日――カイエたちが向かったのは、エスペラルダ帝国の帝都エリオットだった。


 『雷の神の化身』トリストル・エスペラルダが支配する帝都は、カイエが森の中で『暁の光』と出会った後に最初に訪れた場所であり。ログナとアルメラもトリストル配下の『神の血族』に仕えていたときに、カイエと出会ったのだ。


 金属で補強した二十メートルを超える白い外壁に囲まれた街並みは、それ自体が巨大な城塞のように見える。その上、帝都の中心部にある光り輝く『雷の神の化身』の居城は、外壁の倍以上の高さに聳え立っていた。


「久しぶりに来たから、懐かしい気もするけど……改めて見ると、これ見よがしに力を見せつけてる感じだよね」


 トールは二ヶ月ぶりに見た帝都エリオットに、呆れ混じりの顔で感想を述べる。


 カイエと出会う前の『暁の光』はエリオットを活動拠点にしており、当時は帝都の荘厳な光景に『雷の神の化身』の威光を感じていたが――


 カイエと一緒に行動するようになって。『暴風の魔神』ディスティや『鮮血の魔神』ヴェロニカと直接会う経験をした今では……本当に強い者は、こんな風に力を見せつけるような真似はしないとトールは思っていた。


「うん。確かに立派な街だけど……私には成金趣味にしか見えないかな」


「そうだな……お世辞にも趣味が良いとは言えないな」


「こんなの金の無駄遣いよ……『雷の神の化身』の底が透けて見えるわね」


「私もそう思うけど……ちょっと待ってよ、みんな。レイナたちにとっては拠点だった場所なんだから。そんな言い方をしなくても……ごめんね、レイナ」


 ローズたち四人の反応も――同じような感想を懐いているのは明白だった。


「ローズ、気にしないで……私だって、同じ事を思っていたから」


 レイナがフォローすると。


「全くだ……今思えば。カイエと出会うまでの俺たちの世界は案外と狭かったんだな」


 苦笑するアランに、ギルたちも同意する――あの日、森の中でカイエに出会わなければ。そんな事に気づきさえしなかっただろう。


「おまえたちの昔話なんて……ロザリーちゃんには、どうでも良いかしら」


「ロザリー、そんなこと言っちゃ駄目でしょ!」


「そうだね。ロザリーは一言多いって、僕は思うよ」


「ローズさん、ごめんなさいですの……でも、メリッサには言われたくないのよ!」


 かしましく続く会話――カイエたちにとっては、いつもの事だった。


「とりあえず、トリストルのところで用件を済ませたら。冒険者ギルドに顔を出してから、みんなでメシでも食べに行くか」


「うん。僕もギルドのみんなに会いに行きたいな」


「カイエ、私は……ううん、何でもないわよ!」


 かつての拠点を懐かしむトールと、尖っていた頃の自分を思い出して、赤面するレイナ……『レイナさん』と自分を慕っていた冒険者たちを冷たく扱っていた自分が、今思い出すと痛い。


「それじゃ……そろそろ行くか」


 レイナの想いを余所に。カイエは『ちょっと、知り合いの家に行く』という感じで――『雷の神の化身』トリストル・エスペラルダの居城に乗り込んだ。


※ ※ ※ ※


 カイエは前回訪れたときに、勝手に登録マーキングしていたから――


 『神の血族』たちの妨害を受けることもなく、いきなり『雷の神の化身』の部屋に転移した。


 他に誰も居ない広大な空間には、背凭せもたれが十メートルはある純金の玉座が置かれており……全身に電流を纏う男が座っていた。


 肩まで伸びた金色の髪と金色の瞳。彫の深い顔立ちは彫刻のように完璧で、光沢を放つ純白の衣装を着た姿は、まさしく神々しさに満ち溢れていたが。


「貴様……カイエ・ラクシエル! 我のところに、何をしに戻って来た!」


 十二人もの仲間を連れて、突然やって来たカイエに。『雷の神の化身』トリストル・エスペラルダは驚愕とともに、怒りの矛先を向けるが――


「トリストル、おまえさ……昼間から部屋で一人とか、完全に暇なボッチだろ?」


「ボッチだと……言葉の意味は解らぬが。カイエ、貴様の悪意を感じるわ!」


「ああ、正解だな……だけどさ、そんな事はどうでも良いから。トリストル、俺の話を聞けよ」


 カイエは用件を持ち出そうとするが――


「貴様は……何処までふざけた真似をするつもりだ! 良いだろう……我を殺せぬ貴様には、勝ち目がない事を教えてやろう!」


 制約を課した状態で殺してしまえば、トリストルは魔力の大半を残したまま精神体と化して、カイエたちの世界に戻って復活する事が出来る。


 それを盾に、トリストルが迫るが――黒髪と黒い革鎧レザースーツの女が割って入る。


「こいつはムカつくから……ねえ、カイエ。私にやらせてよ」


 ホクロのある色っぽい口元に、アリスは嘲るような笑みを浮かべると……いつの間にか手にしていた二本の黒い刀を、トリストルに向ける。


 カイエお手製の刀は――アルジャルスの地下迷宮ダンジョン偽物フェイクバハムートの結晶体クリスタルを凝縮したモノで。強度も魔力も下手な聖剣を遥かに凌駕している。


 まあ、そんな武器がなくても……今のアリスなら、制約を課した状態の神の化身など楽勝だし。たとえ制約を解かれたしても……渡り合える自信はあったのだが。


「えー! アリスだけズルいよ。私だって頭に来てるんだから!」


「そうよ、アリス……私もやらせて貰うわ!」


 不意の声にトリストルが慌てて視線を巡らせると――すでに六人に取り囲まれていた。


 左右にはエマとローズ、背後にはメリッサが。そして、少しだけ距離を置いた場所で、エストとロザリーが対局の位置に展開する。


 過剰な反応と思う知れないが……カイエから、そしてログナとアルメラからも、ローズたちは、世界を盾にするトリストルのやり口を聞いていたから。


 実際に目にして――『また同じことをするの!』と即座に動いたのだ。


「き、貴様らは……いったい、何者なのだ!!!」


 自分が気づかないうちに、取り囲まれていた事も驚愕だが……制約を課している状態とはいえ、六人全員が自分の魔力を凌駕している事に、トリストルは脅威を覚える。


「いや、何者って……全員俺の嫁と愛人だけどさ」


 カイエは面白がるように笑う。


「トリストル……今のおまえじゃ、こいつらの一人にだって勝てないからさ。何だったら……制約を破って、本来の力を取り戻してみるか?」


 こんな事をしなくても、トリストルを無力化する方法は幾らでもあるが――ローズたちの気持ちをカイエは優先するつもりだ。


「私だって……トリストル、貴方のやり方は卑怯だと思うわ!」


 張り詰めた空気に響いたのは……もう一人の声。


 レイナは必死に自分を奮い立たせて、『雷の神の化身』の恐怖に立ち向かった。


 カイエの事は信頼しているし、何かあれば守ってくれると理屈では解っているが……唯の冒険者に過ぎないレイナにとって、強大な力を持つ神の化身の存在は、恐怖以外の何物でもないのだ。


 だけど……怯えていたところで、何も変わらないから。気持ちだけは負けたくないと、レイナは剣を握り締める。


「貴方が神の化身だからって……何をしても良い訳じゃないから!」


 トリストルは一瞬だけレイナを見ると、吐き捨てるように言う。


「ふん……何事かと思えば。虫けら如きが、誰にモノを言っておる」


 この一言が――ローズたちの逆鱗に触れた。


「「「「「「……トリストル!」」」」」」


 四方から同時に繰り出された刃と、無詠唱で発動された二つの最上位魔法――その全てを、カイエの結界が受け止める。


「おまえらなあ……トリストルを殺すなら、制約を解かせてからにしろよ」


 カイエは苦笑するが。


「「「「でも、急所は外したから(ね)(よ)!」」」」


「「だけど、殺さない程度の魔法だからな(ですの)!」」


 六人の言い訳を……カイエは怪しいモノだと思う。


「その結界を破るには……トリストル。制約を破るしかないけど、どうするよ?」


「貴様ら……我に刃を向けた事、絶対に許さんぞ!」


 トリストルの呪詛の言葉など、カイエは無視して。


「制約を破った事を他の神の化身や魔神に知られて、制裁を受ける事を気にしてるならさ……俺が広域認識阻害を展開するから、何の問題もない」


 カイエは見せつけるように認識阻害を発動するが――こんな事をしても、トリストルが決して制約を解かない事は解っていた。


(そうだよな。千年前におまえを殺したときも……)


 本来の力を取り戻したところで。トリストルでは絶対にカイエに勝てないと……トリストル自身が一番解っているのだ。

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