第301話 ロザリーの地下迷宮


 ロザリーが怪物モンスターの軍勢を披露した日の夜――


「ロザリー、せっかくだからさ……『退廃と崩壊の泉』の地下迷宮ダンジョンで、俺も遊ばせててくれよ」


 面白がるように笑うカイエに――地下迷宮の主ダンジョンマスターのロザリーは嬉しそうに頬を染める。


「カイエ様がそう言うのでしたら……仕方ないですの。ロザリーちゃんがお相手をしますわ!」


 カイエが圧倒的な力で地下迷宮ダンジョンを|蹂躙する事を、ロザリーは楽しみにしていたのだが――カイエが言ったのは、別の意味だった。


「カイエ……私たちは、普通に地下迷宮ダンジョンを攻略すれば良いのよね?」


 ショートボブのハーフエルフ――レイナが少し不満げに首を傾げる。金等級ゴールドレベル冒険者チームである『暁の光』は、突然カイエに呼び出されて『退廃と崩壊の泉』に連れて来られたのだ。


「おまえたちが『暁の光』……カイエ様から話は聞いているのよ」


 声を掛けられて、『暁の光』の面々が視線を集める中――ロザリーは招かざる客に、詰まらなそうな顔をする。


「私はロザリー・シャルロット……地下迷宮の主ダンジョンマスターですの。おまえたちがいつも挑んでいる『ラウクレナの禁書庫』も、この地下迷宮ダンジョンも、私が支配してるのよ」


 カイエに言われたから一応挨拶はしたが――ロザリーには『暁の光』に何か価値があるとは思えなかった。ありふれた冒険者パーティーにカイエが構う理由が解らない。


地下迷宮の主ダンジョンマスターって……カイエの知り合いなんだから、本物なのよね。私はレイナ・エスペリカよ」


 右手を差し出すレイナに、ロザリーはクスリと笑う。


「おまえがカイエ様をどう思っているか……ローズさんから聞いているのよ」


「な……何よ、いきなり!」


 レイナの顔が一瞬で真っ赤になる。


「そ、それは……ま、間違っていないけど。い、いきなり、そんな事を言われても……」

 慌てまくるレイナに、ロザリーは勝ち誇るように言う。


「フン……ロザリーちゃんはカイエ様の愛人なのよ。身の程知らずのおまえなんか相手に……」


 いきなり後頭部を叩かれて、ロザリーは蹲る。


「カ、カイエ様……酷いですの!」


「あのなあ、ロザリー……いい加減にしろよ。レイナだって俺に協力してくれる仲間・・なんだからさ」


「カイエ……」


 カイエに庇われて、レイナは嬉しそうに頬を染めるが――ロザリーの方は、完全に拗ねてしまう。


(ローズさんたちやロザリーちゃん以外を『仲間』だなんて……)


 そんなロザリーの頭を……カイエは優しく撫でると、顔を上げたロザリーに笑い掛ける。


「ロザリー……俺にとって、おまえが特別だって事くらい解ってるだろ? だからさ……いちいち喧嘩なんて売るなよ」


「カイエ様……それくらい、ロザリーちゃんも解ってますのよ」


 ロザリーは笑顔を輝かせる。形勢逆転――今度はレイナが落ち込むが、このくらいでへこたれるレイナではなかった。


「みんな……うちのロザリーが済まなかったな」


 純白のローブを纏う金髪碧眼の知的美人の圧倒的な存在感に――レイナたちは息を飲む。


「私はエスト・ラクシエル……ローズと同じくカイエの妻だ」


 そう宣言しながら――エストは嬉し恥ずかしそうに、カイエの腕に抱きついた。


※ ※ ※ ※


 カイエとエストが怪物モンスターの数を調整して、残りを『暁の光』が仕留める――そう申し合わせて、『退廃と崩壊の泉』の攻略を開始した。


 難関級ハイクラス地下迷宮ダンジョンである『退廃と崩壊の泉』には、元々それなりのレベルの怪物モンスターが出現したが。ロザリーが手を加えて……下層部分に出現するようになったのは、さらに凶悪な怪物モンスターばかりだった。


 地獄の猟犬ケルベロスを従える焔の鞭を持つ悪魔――地獄の領主ヘルマスターに、不可視化能力を持つ凶悪な魔法生物――幻惑の魔獣ディスプレイサービースト

 さらには、リッチや黒竜ブラックドラゴンといった怪物モンスターが次々と襲い掛かる。


 しかし、『暁の光』ならば何とかギリギリ倒せる程度まで、カイエとエストが数を調整するから――レイナたちにとっては、非常に効率の良い狩場となった。


 『暁の光』は確実に強くなっている――カイエは実感しながら、アランの隣で剣を振るう。そしてエストが放つ魔法に……ギルとノーラは圧倒されながらも、食い入るように見ていた。


「ねえ、カイエ……私も少しはカイエの役に立ってる?」


 妖精銀ミスリルの剣で死霊の騎士デスナイトを仕留めながら、レイナが不安そうに問い掛けるが――カイエはニヤリと笑う。


「おまえたちは、確かにまだまだだけどさ……この世界について色々と教えてくれたし、。役に立つとか、そんな事よりも……おまえたちと地下迷宮ダンジョンに潜るのは楽しいからな」


 『退廃と崩壊の泉』の下層部分の攻略を、『暁の光』と一日掛けて進めた後――カイエはロザリーの期待に応える事にした。


 『退廃と崩壊の泉』の最下層……その最後の玄室に、ロザリーは最強の刺客を出現させる。


 ロザリーちゃんのラブリーラビット・バージョンⅥ――天使と悪魔と不死者アンデッドの力を融合させたロザリー最強の下僕しもべは、カイエの格納庫ストレージに入れられて異世界に運ばれてきた。


 かつての巨大な姿とは打って変わり――紫色の鎧を纏う怪物モンスターは、人族とさほど変わらないニメートル弱の大きさだが。


 そのパワーは巨体であった頃を優に凌ぎ、さら小型化した事で機動性を増したいたが……カイエはアッサリと蹂躙する。


「結構強いな……これなら制約を課した神の化身や魔神だったら、十分に対抗できるレベルだな」


 それでも『棘いばら》の神の化身』であるリゼリアと対峙したときに、ロザリーはラブリーラビットを使わなかった。


「それも解っていましたけど……ロザリーちゃんは仮初かりそめの勝利を優先して、下僕しもべを無駄に消耗したりはしませんの」


 リゼリアが本気になれば――結局勝てないのは解っていたから、ロザリーは戦力を温存したのだ。


「なるほどね……ロザリーの判断は正しいと思うよ」


 ラブリーラビット・バージョンⅥを――カイエは一瞬で再生する。


「そうだな……それに対魔法防御という点では、まだ改良の余地がある。例えば……」


 エストが多重同時発動した失われた魔法ロストマジックが、ラブリーラビットを再び拘束する。


「ああ、そういう事ですのね。でしたら……」


 彼らが何を話してるのか、『暁の光』の面々には解らなかったが――


 エストとロザリーが、カイエの隣に立つに相応しい強者である事だけは、何となく理解出来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る