第273話 その先の場所へ


 その日のヴェロニカたちとの模擬戦には、ローズも参加した。


 最初の一戦から、ローズはディスティが相手でも、それなりに渡り合っていたが――模擬戦を重ねる度に、ローズは確実に強くなっていく。


「これが……人族の強くなる才能?」


 驚愕するディスティとヴェロニカ。カイエは面白がるように笑う。


「いや、ローズは特別だからさ……だけど、俺の他の嫁や愛人たちも特別なんだよ。今度連れて来るから……ヴェロニカ、楽しみにしておけよ」


「おうよ……俺も腕が鳴るぜ!」


 ヴェロニカはローズとの模擬戦を心から楽しんでいた。ローズを殺そうとした事については――カイエは、それ以上咎めなかった。

 別に許した訳ではないが……ローズが許してしまったのだから。自分が口出しするのは違うと思っているのだ。


(まあ……ヴェロニカじゃ、ローズを殺せないけどな)


 ローズを傷つけたくなし、ヴェロニカも出来れば殺したくないから。カイエは思わず止めてしまったのだが――

 少なくとも今のローズなら、暴走した状態のヴェロニカが相手でも、相当な時間耐えられる筈だ。だから、ローズが殺される前に……カイエがヴェロニカを殺す事が出来る。


(そんな事にならない方が、良いに決まっているけどな)


 ヴェロニカが本心から後悔しているのは解っている。だから……今のところは、信用してやろうと思う。


「おい、ダリル……てめえも、ローズにみてえに精進しろよ!」


「イルスカイヤ様……」


 見る間に成長していくローズと比較されて。模擬戦のもう一人の参加者である闘技場の王者コロシアムキングダリルは、辟易していたが……こればかりは、相手が悪過ぎると諦めて貰うしかなかった。


※ ※ ※ ※


 模擬戦を終えると。カイエとローズは二人で、皇都ヴァルサレクの夜の街に繰り出した。


 シュヴァルツア皇国は魔族の国だから、一応目立たないように『変化の指輪』で魔族の姿になるが。それでもローズが人目を惹き付けるのは変わりなく――


「ねえ、カイエ……はい、あーん!」


 最上級レストランでの二人きりの豪華な晩餐ディナー。胸元まで露出した赤いドレス姿のローズと、空気を読んでジャケット姿のカイエ。


「……ああ、旨いな。ローズ、俺のも食べるか?」


「ありがとう……うん、美味しいね!」


 だけど、カイエが空気を読む相手はローズだけで……テーブルを挟んで向かい合うのではなく、肩が触れるほど寄り添いながらイチャイチャする二人に。周りの客どころか、店員たちも注目しているが――


  ローズとカイエは、他人の目など全く気にしていなかった。


 そして夜になると――高級宿屋ホテルの部屋に戻って来たローズとカイエは、再び時間を止めた・・・・・・空間で模擬戦を始めた。


 ヴェロニカとの一戦で。結局はカイエに助けて貰ってしまった――だから、ローズの方からお願いして、カイエに鍛えて貰っているのだ。


 相手は魔神なのだから、ローズも勝てるとは思っていなかった。だけど、自分で何とかするつもりだったのに……


(カイエ……私は、もっと強くなりたいよ)


 もっと強くなって、カイエの役に立ちたい。カイエに守られるだけじゃなくて、カイエの事を支えてあげたい……その想いが、ローズを突き動かす。


 ローズの想いを――カイエは優しく受け止める。


「ローズ……時間を止めるのは、確かに便利だけどさ。精神の負担が馬鹿にならないし、疲労を貯めた分だけ効率は落ちるから……ほどほどにしておけよ」


 時間を止めている間も、魔法で傷を癒したり、魔力を分け与える事は出来るが――精神的な疲労を回復させる事は出来ない。

 その上、精神の疲弊は鍛錬の効率低下に直結して、さらに精神に負担を掛けるという悪循環になるのだ。


 時間を再び動かして眠る事で、精神は回復するが……過度な疲労は回復しきれずに、蓄積されて行く。


 カイエと一緒に異世界に行くという目的のために、ローズは頑張って来たし。昨日もヴェロニカ対策で時間を止めて鍛錬したが――さすがに、そろそろ限界だった。


「カイエ。私なら……まだ大丈夫だよ」


 ローズは気丈に笑うが……カイエの目には、そうは見えなかった。


「駄目だよ、ローズ……今日はこれくらいにしよう」


 カイエはローズを抱き寄せると――時間停止の失われた魔法ロストマジックを解除する。


「もう……カイエにはかなわないわね」


 ローズは少し悔しそうな顔で、カイエを上目遣いに見つめる。ローズだって、自分が疲弊している事は自覚していた。


「ねえ、カイエ……これは文句とかじゃなくて、素朴な疑問なんだけど。もっと早くから、時間を止めて鍛錬してたら……私はヴェロニカに負けなかったかな?」


「そうだな……ローズは今のレベルまで強くなったから、延々と鍛錬を続ける事が出来たとも言えるし。魔力を分け与えて貰って、無理矢理鍛錬を続けるなんて無茶は……もっと時間があれば、やらなかっただろ?」


 肉体的にも精神的にも強くなった今だからこそ、ローズは終わりの見えない鍛錬に耐えられたのであり。もっと時間があれば、魔力が枯渇して疲弊した状態から、さらに鍛錬を行う事は無かった筈だ。


「むしろ、俺は……これだけ短期間に強くなったローズが凄いって思うよ。だけどさ……正直に言うけど。ローズが苦しむ姿を、俺は見たくないんだよ。今はもう……十分だからさ」


 そもそもカイエが、時間を止めて鍛錬をする方法を教えていなかったのは、そこまで無理して強くなって欲しいとは思わなかったからだ。


 ローズたちは俺が守る――カイエはそう思って来た。だけど、結局ローズたちは自ら選択して、カイエに異世界への同行を認めさせるだけの力を手に入れた。


 カイエも実は、途中からローズたちが何をしているのか気づいていた――魔力が見えるカイエが、彼女たちの急激な成長に気づかない筈がないのだ。


 だけど、ローズたちの選択を尊重するつもりだったから、止めなかったし。実際に異世界へ同行する事になったローズに、ヴェロニカに傷つけられないように鍛錬の後押しさえした……


 しかし――ここから先は、また別次元の話なのだ。


 真の意味の魔神であるヴェロニカに打ち勝つなど……人族であるローズには、ほとんど不可能な事であり。もし仮に可能性があるとしても、この道は果てしなく遠い……どこにあるのかも解らない遥か彼方の場所に向かって、徹底的に自分を追い込み続ける必要があるのだ。


 それがどれほど過酷なモノか――カイエは知っている。かつてカイエも『混沌の魔力』を手に入れるために、延々と足掻きもがき続ける日々を送ったのだ。


「ローズには……みんなには、俺と同じ苦しみを味あわせたくないんだ。俺のために強くなろうとしてくれる事は嬉しいけど……もっと、ゆっくりで良いよ」


 そんなカイエの想いが……ローズにも伝わったから。


「うん……カイエ。あんまり頑張り過ぎないように、私も気を付けるよ。だから……今夜も、カイエが私を癒してね……」


 カイエとイチャイチャする事が――ローズにとっては、最高の癒しになるから。その夜も……ローズはカイエに思いっきり甘えた。

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