第254話 一時帰国と魔道国

 翌朝、朝食を食べる前に――カイエは元の世界に一度帰還した。


 元の世界では午後九時前……夕食の時間と言うには、ギリギリというところだ。


「カイエ遅いよ……もう、私はお腹ペコペコだよ!」


 エマが文句を言う――ローズたちはカイエの帰りを待っていたのだ。


「いや、悪いな……待たせてゴメン。さっそく夕飯にしようか……色々と話したい事があるけど、話はその後だな」


 エストお手製の夕食ディナーの後、カイエがデザートを作ったのはせめての罪滅ぼしだ。

 その後九人全員で大浴場で風呂に入って。そこから色々と書けない内容の時間を過ごす――


「ねえ、カイエ……向こうの世界で、何か問題なるような事は起きてないのよね?」


 真夜中に全裸で微笑むローズに、カイエは優しく口づけする。


「ああ、当然だな……俺がいるんだから、問題なんて起きる筈が無い。そんな事よりもさ……今夜はゆっくり眠ってくれよ」


「うん、解った……カイエ、愛してるよ」


 ローズは満足げに眠りに落ちるが――


「ローズだけ特別扱いとか……どうかと思うな?」


「そうよね……いつだって、カイエはローズに甘いんだから」


 問い詰めるエストとアリス――エマはとっくに幸せそうな顔で眠っていた。


「何を言ってるんだよ。エストとアリスだって、俺にとって特別だから……それをこれから、証明して見せるから。おまえたちもゆっくり眠ってくれよ」


「ああ……カイエ、解ってる……」


「そうよ……あんたの事、くらい……解ってるん……だか……」


 二人が満足して眠りに就くまで、カイエは色々と頑張って――それから異世界に戻って就寝。目が覚めた頃には、異世界では丁度三日が経過していた。


 カイエはビアレス魔道国の首都ビクトリノまで、転移魔法で移動する――偵察の間に、転移地点を登録マーキングしておいたのだ。


 ビアレス魔道国を支配するのは『暴風の魔神・・』だが、国民は魔族だけではなく、エルフ族などの亜人以外に、人族も等しく受け入れている珍しい国だ。首都ビクトリノも人口の一割が亜人で、三割を人族が占めている。


 それを可能にしたのは『暴風の魔神』の方針で『人族と亜人を無暗に殺すことは我が許さぬ』という宣言の下に、市街地には様々な種族が入り乱れており、それぞれの種族の建物が混在していた。


「へえー……少なくとも表向きは、今度は・・・真面まともにやってるんだな」


 カイエが待ち合わせ場所に選んだの冒険者ギルド――種族としての身体能力が高い魔族に冒険者という職業は存在しないから、小じんまりとしたギルドにいたのは人族と亜人の冒険者だけで。


 カイエがやって来ると、レイナたち八人がホールのテーブルの一角を占拠して待ち侘びていた。


「カイエ、遅いわよ……昨日から待ってたんだからね。それよりも……あんたがいない間、結構大変だったんだから!」


 国境を越えてビアレス魔道国の領土に入ってからも、怪物モンスターが多発する地域を抜けて来た彼女たちは、首都に辿り着くまでに十回以上も怪物モンスターと遭遇していた。


 それでも夜通し移動したので、予定よりも半日以上早く首都ビクトリノに到着したのだが。十回以上の戦闘を全てを無難にこなして、全員無傷だったが。精神的には、それなりに疲れているのだろう。


「そんな事ないわよ……ここに来るまでの間なんて、余裕だったから」


 アルメラが真逆の事を言う――それも含めて、カイエには予想通りの反応だった。


「まあ、どっちにしてもさ……魔道国の首都まで無事に辿り着けたんだから。おまえたちに任せて正解だったな……結局、無傷なんだろ? さすがは、おまえたちだって、俺は思うけどな」


 カイエに褒められてレイナは頬を赤くして、アルメラは当然でしょうとフンと鼻を鳴らす――今度の反応も真逆だが、問題はないので放置する。


「それで……カイエはこの三日間に、奥さんと愛人たちに会いに行ってたのよね?」


 ニヤニヤと笑いながら問い掛けるアルメラと、不機嫌になるレイナ――カイエは隠すつもりなどなかった。


「その通りだよ……俺の魔力なら、祖国に戻る事なんで簡単だからな」


 特にレイナにはハッキリと言っておくべきだと思っていたから、カイエは正直に応える。


「そ、そうなんだ……カイエが奥さんと愛人たちを本気で愛してるのは、何となく解るけど……」


 レイナに真っ直ぐに見つめられて――カイエは真顔で受け止める。


(まったく……そういうの・・・・・がズルのよ!)


 レイナがカイエと出会ってから十日ほどしか経っていないが……初めて会った瞬間に命を救ってくれたのに、カイエは恩着せがましい事なんて一切言わなかった。


 神の血族に狙われたときも、自分のせいだって勝手に決めつけて、全部一人で解決したのに……圧倒的に強い事にも鼻に掛けずに、全然普通に接してくれる。自分には嫁も愛人もいるって予防線を張っているけど……自分を傷つけないために言ってるんだって、レイナにも解っていたのだ。


(私って……こんなに惚れっぽいんだって、自分で呆れるけど……相手がカイエじゃなかったら、絶対にそんなことはないと思う)


 母親譲りの榛色はしばみいろの瞳に――レイナは想いの丈を込める。


「私は悔しいけど……カイエが本気で好きなの! だから、カイエが受け止めてくれなくても……絶対に諦めないからね!」


 堂々たるレイナの宣言に――周りの冒険者たちがお道化て口笛を吹くが、レイナにキッと睨まれてすぐに黙る。


「あのさ、レイナ。おまえの気持ちは嬉しいけどさ……」


 ローズたちの事を想えば、簡単に受け入れる事など出来ない――そう思って、カイエはレイナの言葉を否定しようとするが。


「そんなの解ってるって……でも、絶対に諦めないから。カイエが振り向いてくれなくても……私の気持ちは変わらないよ!」


 プライドの高いレイナの全身全霊の告白に、アランたちはどう反応したものかと困り顔で小声で相談している……だけど妻帯者のトールだけは、どうすれば良いのか解っていた。


(僕たちは……傍観するしかないって。下手に口出ししたら、レイナのプライドが傷つくからさ……)


 小声で囁くトールに、『暁の光』の他のメンバーが『うん、うん!』と頷く中――


「私としては、そう云うのどうでも良いんだけど……私は愛人にすら、なりたいなんて思わないわ。だって、カイエの身体だけが目当てだから……もっと言えば、気持ち良いなら満足なのよね? 私は都合の良い女で構わないわよ」


 アルメラ妖艶な笑みで迫って来る――いや、少しは空気を読めよとログナが顔を顰めているが。アルメラ本人には、全くその気がなく……


「こんな面倒臭そうなレイナより、私の方が後腐れないから……ねえ、カイエ? 欲望のままに身を任せてみない?」


 そう言われて――カイエは苦笑すると、何故かアルメラの肩に優しく手を置いて、そっと抱き寄せる。


「「え……」」


 意外な反応にレイナは呆然として、アルメラは唖然とした後、勝ち誇るような笑みを浮かべるが――このとき、突然荒れ狂う竜巻がギルドの中に出現して、レイナとアルメラに襲い掛かる。


「おい、覗き見なんて……随分と悪趣味だよな?」


 失われた魔法ロストマジックを瞬時に発動して、竜巻を消滅させると――カイエは虚空を睨んで、薄笑いを浮かべる。


「俺がこの国に来たのは、おまえと話をするためだからさ……さっさと姿を現わせよ?」


 すると、再び突然に声が何処からか響く。


『それって……私に会いたかったって事?』


 『暁の光』のメンバーとログナとアルメラは、即座に臨戦態勢を取るが……彼らはすでに、カイエが展開した結界の中に入っていた。


「いや……勘違いするなよ? おまえの事なんて、今の今まで忘れていたからな」


 それは嘘だが――カイエが彼女・・に好意を持っていないのは本当だ。


『いきなり私を消滅させて……自分もいなくなるとか? 全然、意味が解んなかったんだけど……何であんな事をしたのか、説明しなさいよ!』


 いきなり現われた魔神に――レイナとアルメラたちは色めき立つが。そんな事などお構いなしに、『暴風の魔神』はカイエとの距離を詰める。


 スカイブルーの鮮やかな髪と、金色の瞳――十代半ばの美少女の姿で、『暴風の魔神』ディスティニー・オルタニカは具現化したのだ。

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