第232話 セリカの正体


「セリカの正体は……簡単に言えば、異世界への扉を開く魔法装置に魔力を送り込むための機関部品エンジンだな」


 セリカ以外の相手なら、精神的ダメージを考えてもう少しオブラートに包んだ表現にするのだが。下手に隠しても意味がないし、相手がセリカだからとカイエはストレートに言う。


 おそらくセリカは、この装置を起動するためだけに作られた魔法生物であり。魔神の魂の欠片の魔力で床の魔法陣を起動して、地脈から大量の魔力を吸い出すための機関部品エンジンになる。


 この遺跡の地下には、元々大規模な地脈があり――いや、地脈を利用するために、この場所に遺跡が創られたのだ。それを知っていた何者かが、地脈の魔力を使って異世界への扉を開く魔法装置を創り出した。


機関部品エンジンを魔法生物にした理由は……これは憶測だけど、創った奴らの技術力の限界かな。魔法装置を調べて解ったんだけど、何て言うかな……それぞれの部品に統一性がない継ぎ接ぎだらけなんだよ」


 仮にカイエが同じ機能を持つ魔法装置を創るなら、魔法生物など使わずに全て魔法回路で組み立てる。装置を制御するための『知性』となる部品は必要だが、制御に特化させるなら余計な感情などむしろ邪魔なのだ。


 これも推測に過ぎないが――セリカを創った者には、制御だけに特化した知性を創るだけの技術がなく。ある程度高度な制御能力を持たせる副産物として、セリカに自我や感情が生まれた。彼女が言葉を喋るのも、言語でしか思考できない技術の限界故だろう。


 カイエの説明を聞いて――ぽかーんと大口を開けているアリウスと、理解できずに難しい顔をするルーシェ。いや……理解しようとしているだけ、この二人はまだマシだった。


 ローズは説明を始めた瞬間から、もう限界よとカイエの腕に密着して幸せそうな顔をしているし。当人であるセリカも『何その面倒臭い話……説明は二十字以内に纏めなさいよ』と理解する事を放棄し、途中から居眠りを始める始末だ。


「いや……下手に深刻になられるより良いけどさ」


 うつらうつらしているセリカを、カイエはデコピンで起こす。


「な、何するのよ、あんた! 本当に嫌な奴ね!」


「おまえって……本当に馬鹿だよな。ああ……良い意味でね」


 カイエは面白がるように笑う。


「良い意味の馬鹿って何……結局、私を馬鹿にしてるんでしょ!」


「いや、そうじゃないって……セリカはセリカだから幸せなんだなって思っただけだよ」

「訳わかんない……マジでムカつくから、私の前から消えてくれる!」


 端から見ると喧嘩しているだけのように見えるが――ローズの乙女センサーは見逃さなかった。カイエが相手を嫌っていたら、こんな風に自分から絡んだりはしない。


(ねえ、カイエ……何となく気持ちは解るけど。私の事も……もっと構ってよ)


 ローズが耳元で甘えるように囁く――カイエがセリカに懐いているのは、自分たちに向けるモノとは違う種類の感情だと解っていたが。ちょっと構い過ぎだとも思う。


「ああ、俺が悪かったよ。ローズ……今日はそろそろ帰ろうか?」


 カイエはローズを抱き寄せると、優しく唇を重ねる。


「アリウスさん、ルーシェさん、今日は色々とありがとう。一応、二人に挨拶は済んだけど……まだ装置について、もう少し調べたいし。勇者パーティーのエストとアリスとエマには二人は会った事が無いんだよな? だったら、明日一緒に連れて来るよ」


 ローズがパーティーを結成したときには、勇者として独り立ちしており。アリウスとルーシェはすでに聖王国を離れていたから、勇者パーティーと面識はなかった。


「その前に……今回の件について確かめたい事があるから、ここに戻って来るのは明日の夕方だな。それと明日の夕食は俺たちが用意するから……という事で、構わないよな?」


 カイエは矢継ぎ早に予定を決めてしまうが、アリウスたちが遺跡に来たのはセリカを鍛えるためで、特に他の予定はないからと承諾する。


「じゃあ、アリウスさん、ルーシェさん……あとオマケでセリカも」


「オマケ言うな、全く失礼な奴ね!」


「カイエがごめんね、セリカ……お父さん、お母さん、そういう事でまた明日来るから」


 そう言うなり転移魔法を発動させて、二人の姿は掻き消える――


「あ……そうだよな、魔神だから無詠唱で転移魔法も使えるのか」


「そ、そうみたいね……ねえ、アリウス。もう驚くのは止めましょう?」


 カイエたちは普通に使っているが、無詠唱で転移魔法を発動できる者など……少なくとも二人は今日初めて見た。


※ ※ ※ ※


「あのさあ、アルジャルス……もう一回、言ってくれよ?」


 次の日、カイエは地下迷宮ダンジョンの最下層で――主である神聖竜アルジャルスをジト目で見ていた。

 白髪の美女の姿をなったアルジャルスは、バツが悪そうに目を逸らす。


「だから、言っただろう……多くの神の化身と魔神の精神体が、他の世界に行ってしまった事くらい我も知っておるが……カイエは決して教えるなと、エレノアに口止めされていたのだ」


 光の神の化身であるアルジャルスなら、もし神の化身や魔神が異世界に行ってしまったならば当然知っている筈だと――『神の化身と魔神が異世界に消えた事実・・を、何でおまえは黙っていたんだ?』とカマを掛けたら、アッサリと認めたのだ。


「そうか……本当に異世界に行ったのか」


「カイエ、貴様……我を謀ったな?」


「ああ、悪かったな……だけど、エレノアねえさんには、アルジャルスが告げ口したとは言わないから許してくれよ」


「……貴様という奴は!」


 エレノアが隠していた理由は想像がつく――カイエなら異世界まで彼らを追い掛けていくとでも思ったのだろう。

 だから、事実・・を知ってしまった事をエレノアに知られるのも面倒だから、カイエとしても魔神である姉にアルジャルスがバラしたと話すつもりはなかった。


「ああ、そうだアルジャルス……異世界への扉を開く装置の事は知っているか?」


「……うむ? 言葉から想像がつくが、そんなモノが存在する事は知らんな」


「だったら、神の化身と魔神たちが異世界に消えた後に……それなりに高度な魔法技術を持つ組織とか一族が、消息不明になったって事は?」


「ああ、その話ならな……」


 それからカイエとアルジャルスは、二時間ほど話を続けた。

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