第213話 報告


「それでさ……この前は最悪のタイミングで、エレノアねえさんに会った訳だけど」


 あれほど激しい戦いをした食後だというのに――カイエは何事も無かったかのように、しれっとした顔をしている。

 それはアルジャルスも同じで――


「おまえという奴は……まだ根に持っておるのか? エレノアに言う事を利かせるなど……我でも不可能だと解っておるだろう」


 人の姿に戻った彼女は、エストが用意してくれた紅茶を飲みながら、カイエを睨んで舌を出す。


 二人の模擬戦の結果は引き分けに終わったが――あれ以上やれば、この地下迷宮ダンジョンが消滅してしまうから途中で止めただけで。まだ全力というレベルではなかったので、どちらも引き分けたなどと思っていなかった。


「いや、そうじゃなくて……偶然にと言うか、無理矢理にだけど。俺の家族であるエレノアねえさんには、俺たちが一緒になったって事を報告しただろ? ああ、アルジャルス……おまえにも一応報告したって事で、祝儀くらいはよこせよな」


「何を図々しい事を言っておるのだ……まあ、おまえではなくローズたちの友人としてなら、祝いぐらい幾らでもやるがな。我から何をたかろうと言うのだ?」


「ああ、おまえの地下迷宮ダンジョンの財宝を根こそぎ――」


「「「「「「カイエ(様)――」」」」」」


 ローズたち六人から一斉にジト目を向けられて――カイエは悪戯っぽく笑う。


「冗談だって……話が逸れたけどさ。俺が言いたかったのは……みんなの家族にも、きちんと挨拶に行こうかなって思ってね」


 カイエの台詞に――ローズ、エスト、アリス、エマが、思わず頬を赤く染める。


「カイエ、気持ちは嬉しいが……私は孤児で、育ててくれたダリウス司祭も他界しているからな」


「そうよ、カイエ……私の母親は死んでるし。父親は誰か解らないもの」


 そうは応えるが、二人にカイエの意図が解らない筈もなく。単なる照れ隠しというか、恥ずかしいから話を逸らしたかっただけで――


「もちろん、おまえたちの親には墓参りをして報告するし。エストの育った孤児院と、アリスが生まれたラケーシュのギルドにも挨拶に行くから」


「ちょっと……ギルドに挨拶とか、そういうのは止めてよね!」


 アリスは半分は本気で嫌がっていた。


「いや、駄目だろ。デニスにはきちんと報告しないと……あと、ジャグリーンにもな」


「カイエ、何言ってんのよ? ジャグリーンになんて……」


 あの女に知られたら、何を言われるか解ったモノじゃない――と途中まで思っていたのだが。


「……良いわ、カイエ。あの行き遅れ女に、私たちの幸せを見せつけてやるわ!」


 カイエに色目を使うジャグリーンに、思い知らせてやる良い機会だと思い直したのだ。


「だったら、決まりだな……エマの両親エリザベスとフレッドには、騎士伯領で普通に報告にして。バーンとアレクには、トルメイラまで自慢しに行くか」


「うん……カイエ、ありがとう。兄さんたちは、物凄く嫌がりそうだけどね!」


 ニッコリと微笑むエマの頭を、カイエは優しく撫でる。


「あと、ローズの両親の事は……どうするかな? なあ、ローズ……二人が今何処にいるか知ってるのか?」


 ローズの両親の話は、カイエも以前から聞いていた。


「ごめん、カイエ。私も知らないのよ……前にも言ったけど、うちの親はいつも世界中を飛び回っているから」


「そうだよな……だけど、おまえの両親にも、きちんと報告したいんだよ」


 家族への報告に拘るカイエを、意外に思うかも知れないが――みんなが大切だから、彼女たちの家族にも祝福して欲しいと思っていた。

 自分たちのやり方を、すぐに理解して貰えるとは思わないが。少なくとも正面から向き合って『こいつらの一生は俺が貰うから』と伝えようと思う。


「エヘヘ……カイエ、嬉しいよ。でも……どうやって探そうかな?」


 カイエの本気を感じて、ローズはデレる。


「なら、アルジャルス……おまえなら知ってるだろ?」


 カイエの問い掛けに、アルジャルスは自信たっぷりに笑う。


「当然だ……アリウスもルーシェも、元勇者・・・だからな。光の神の化身である我が、居場所が知らぬ筈が無かろう」


 ローズの父親であるアリウス・リヒテンバーグは先代勇者であり。母親であるルーシェリット・リヒテンバーグは、先々代の勇者なのだ。


「二人は今……この大陸の西の端におるな。かつては、世界の果てと呼ばれた場所であり……今はブリジスタット連合王国に広がる辺境地帯だな」


「ああ、世界の果てか……さすがに遠いな。なあ、エスト? ブリジスタットって国の近くに、登録マーキングしてる場所はあるのか?」


「いや、魔王討伐戦争の際も、ブリジスタットには行っていないからな。一番近い場所でも……ブリジスタットまでは飛行魔法で、二、三日は掛かると思うよ」


「そこから探すとなると、それなりに時間が掛かるな。マルクスの件もあるし、今回は後回しにするしかないか……悪いな、ローズ」


 本気で申し訳なさそうな顔をするカイエに、ローズは背中から抱きついて――


「うん、気にしないで……カイエの気持ちだけで、私は物凄く幸せだから」


 頬にキスする彼女は本当に嬉しそうで……見ているみんなの方が、恥ずかしくなるくらいだった。


「……よーし! 私も負けないくらい、お父さんとお母さんに見せつけてやるんだから!」


 良く解らない感じの気合いを入れて、エマが宣言する。


「エマ、あんたねえ……まあ、良いわ。もう私も覚悟を決めたから。早速向かうわよ」


 善は急げという感じで立ち上がるアリスを横目に、カイエは蚊帳の外にいる二人に声を掛ける。


「ロザリーもメリッサも、一緒に来るだろ?」


「え、カイエ様……良いんですの?」


 家族に報告するのに自分が付いて行くのは、場違いではないかとロザリーは思っていたのだが。


「何言ってるのよ、ロザリー……あなたも、私たちの家族みたいなものなんだから。それに将来……あなたが報告するときの参考になるんじゃない?」


「ローズさん……」


 抱き合う二人を眺めながらカイエは『いや、さすがにロザリーは無いだろ……それに、ロザリーが告する相手って誰だよ?』と思っていたが。空気を読んで、黙っておく事にした。


「僕も……良いのかな? お爺様やお父様に報告するときの参考にはなると思うけど……」


 自分とカイエの事を報告する場面を想像して――メリッサは沸騰するくらい真っ赤になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る