第211話 理由
バルバロッサたち全員が開放されるのを確認すると――カイエは再び、恐怖に怯える皇帝の前に立つ。
「マルクス……俺はおまえには、まだ用があるんだよ。一週間後にもう一度来るからさ。それまでに意趣返しなんかしたら……どうなるか、解ってるよな?」
そう念押すると。カイエはローズとロザリーを連れて、更地と化した城塞跡地から早々に立ち去ろうとする。
チザンティン帝国に来た本来の目的は、まだ果たせていなかったが。今の状態の皇帝とと交渉しても時間の無駄だし。長居をすると
「待ってくれ、カイエ・ラクシエル!」
転移魔法を発動する前に、バルバロッサたちが駆け寄って来た。
「何だよ、まだ文句があるのか? おまえたちの理屈になんて、俺は付き合う気は無いからな」
素っ気なく応えるカイエに、頬に傷のある壮年の将軍は顔を顰めると、
「貴様という奴は……いや、そうでは無い! カイエ・ラクシエル……いや、ラクシエル殿――」
真っすぐにカイエを見据えて――最敬礼をする。
「私と部下たちを、そして、我らの一族の命を救ってくれた貴殿たちに、深く感謝する。我らが受けた恩は余りにも大きく、とても返しきれるものではないが。このバルバロッサ・カルガルフは生涯を掛けて、この恩に報いさせて貰おう」
将軍の部下たちも彼に
「あのなあ……自分たちのやっている事の意味が解った上でやるとか、ホント面倒臭いんだよ。それでも、帝国軍を止める気なんてサラサラ無いんだろ?」
彼らはマルクスに処刑されるところだったが、今も
それを承知の上で、彼らは最大限に感謝の意を示しているのだ――それぞれの想いを胸に。
「当然だ。我々はチザンティン帝国の軍人であり、死の瞬間まで帝国のために戦うつもりだ。しかし、それとは別に軍人としての誇りに懸けて、命を救ってくれた者に対しては礼を尽くさせて貰う。たとえ――どのように罰せられようともだ」
毅然と応えるバルバロッサに、カイエは呆れた顔をする。
「おまえさあ……いちいち大袈裟なんだよ。俺はマルクスを追い詰めるための言い訳として、おまえたちを利用しただけで。助けたのは、ついでだからな」
「……そんな筈は無い! おまえには、閣下と私たちが処刑されるのを放置するというう選択肢もあった。皇帝が警戒を解くのを待ってば、もっと楽に事を済ませられただろう!」
男勝りの言葉遣いで口を挟んで来たのは――魔銃使いの女将校キシリア・レーバンだった。
「どうしてだ……どうして、わざわざ厳戒態勢の中に乗り込んでまで、私たちを助けたのだ! おまえたちには、助ける義理なんて無いだろう!」
キシリアだって、命を救ってくれた事には感謝しているが……バルキリア公国で戦火を交えて、帝都に辿り着く前夜にも対立した自分たちに対して、何故そこまでするのかという疑念は消えなかった。
「おい、キシリア……大恩あるラクシエル殿に対して何て口を利く!」
バルバロッサは睨みを利かせて黙らせようとするが、キシリアは引き下がらなかった。
「いえ、閣下……私は納得できません! カイエ・ラクシエル、おまえは……何を考えているんだ!」
怖い顔で睨みつける付けて来る女将校に――カイエは苦笑する。
「なあ、キシリア……勘違いするなよ。帝国が幾ら警戒したって、俺たちにとっては大差ないから。それに、おまえたちを助けたのだって、こっちの勝手な都合で。俺の意図しないところで、俺のせいで誰かが殺されるとか…そんなの許すつもりは無いって、皇帝に教えてやっただけの話だよ」
魔族を匿っていると難癖をつけてバルキリア公国に侵攻したから、カイエたちはチザンティン帝国と敵対したが。本来の目的は種族を理由にした争いを終わらせることであり、チザンティン帝国側にも無駄な死者を出したくなかった。
だから、歴戦の将軍としてのプライドを捨てて、無傷の撤退という選択をしたバルバロッサを評価しており。その選択を理由に、彼と彼の部下が処刑するなど――絶対に許すつもりど無かったのだ。
「まあ、納得なんてしなくて良いけど。公然の場で最敬礼するとか、俺たちに関わる事ででトラブルの原因を作るのは止めろよ……今回は
カイエが何を言っているのか――初めはキシリアにも解らなかったが。
しかし、周囲の帝国兵たちを見て、すぐに違和感に気づく……カイエたちに対する最敬礼という反逆行為を行ったというのに、兵士たちは全く反応していないのだ。
「どういう事だ……これも魔法なのか?」
「ああ、
事も無げに言うカイエに驚愕しながら、
「我々には……貴殿たちへの感謝の意を隠すつもりなど無い!」
バルバロッサは反論するが、
「俺たちに感謝してるなら……もっと上手くやれよ。おまえのやり方は、俺たちの手間が増えるから迷惑なんだって」
容赦なく駄目出しされて言葉を失う。
尊敬する上官を侮辱されて、キシリアが睨んでいた。本当に面倒な奴らだと、カイエは思いながら……
「まあ……そこまで言うなら。おまえたちにも、いずれは役に立って貰うよ。ただし、俺たちのやり方に従うことが条件だ……キシリア、そんなに警戒するなよ? 帝国を裏切れとか、そんな事をさせるつもりは無いからさ。それじゃ……もう用は済んだよな?」
「カイエ……どうしたのよ?」
「そうですの、カイエ様……ちょっと、恥ずかしいのよ!」
戸惑う二人に……耳元で囁く。
「なあ、ローズ、ロザリー……今回は、良く我慢したよな。おまえたちだって、マルクスに頭に来てたんだろ? だけど、俺が奴を黙らせるって言ったから……邪魔しないように黙ってたんだよな」
全部解っているからと優しく微笑むカイエに――二人は彼の胸に顔を埋める。
「うん……私だってカイエを馬鹿にされて、本当に頭に来ていたのよ!」
「そうですの……ロザリーちゃんは、悔しかったんですの!」
いきなり発生したピンク色の空間に――バルバロッサは唖然とし、キシリアは顔を真っ赤にしながら、目を釘付けにしていた。
さらには、濃厚な口づけを交わすカイエとローズと。それを羨ましそうに眺めるロザリーの頭を、カイエは優しく撫でる。
「お、おまえたちは……何をしている! 私たちの目の前で、破廉恥だろう!」
取り乱すキシリアに振り返って、カイエは意地の悪い顔をする。
「さっきも言ったけど。おまえたちの事なんて、俺には唯の
「カイエ……」
「カイエ様……」
うっとりとする二人を、バルバロッサたちに見せつけるように強く抱きしめると――カイエたちは転移魔法で、忽然と姿を消した。
取り残された彼らは……唖然として、呆けた顔になる。
「……私は何を、間違えたんだ?」
処刑が取り止めになったといえ、皇帝に逆らったバルバロッサたちは帝国軍で孤立しており、これから待ち受けるのは棘の道でしかなかったが――
「さあ……根本的に間違っているのは、彼らの方だと思いますが」
そんな事などお構いなしという感じで、何もかもを強引に進めてしまい。最後には散々イチャつくところを見せつけて、去っていたカイエたちを見た後では――これから待ち受ける困難も、大した事が無いように思える。
「閣下。私には、あの男が理解できませんが……」
キシリアは一瞬前までカイエがいた場所を睨む。
{私たちが帝国軍人としての誇りを持って生きて行くためには……あの男を選ぶ方がマシだとは思います」
権力欲に塗れた皇帝に従うよりも――その言葉を飲み込んで、女将校は不敵に笑った。
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