第54話 作戦会議
十二隻の船に、十体以上の
「その数じゃ……確かにジャグリーンでも、相手にするには手間が掛かるわ。各個撃破してたら、その間に自分の船が沈められそうね?」
「そうだな……魔法で殲滅するにしても魔族の小型船は機動力があるから、一気に全部という訳にもいかないだろうな」
アリスとエストは、早速作戦を考えているが――圧倒的な数を前にした悲壮感など、そこには微塵もなかった。
「さすがは勇者パーティーというところか。これだけの数が相手だと知った上で、敗ける気などサラサラないようだ」
ジャグリーンは不敵な笑みを浮かべて、アリスとエストのやり取りを見ている。
「しかし……海戦というものは案外厄介なものだぞ? 海に落ちることを考えれば重装備という訳にもいかないし、接近戦をするには相手の船に乗り込むしかない。
それに船を失えば、いくら魔法が使えても全員を陸まで運ぶ訳にもいかないから……どうしても守りを優先せざるを得ない」
勇者パーティーも海戦の経験は少ないだろうと、彼女はイロハから説明しようとするが――
「ジャグリーン、忠告には感謝するけど……問題ないと思うわ」
ローズは自身に満ちた声でそう言った。
「私とエマは水上戦や水中戦の経験もあるし、うちにはエストがいるから、船が沈められることはないわ。それに――」
「隙を狙って突入してくる船は、私が仕留めれば良いんでしょ? まあ、エストと連携すれば、数が多い場合も対処できると思うわよ」
アリスの言葉にエストが頷く。
「このくらいの敵……ジャグリーン、あんたのせいで囮になったときと比べれば、全然大したことないわよ」
フンと鼻を鳴らすアリスに――ジャグリーンは苦笑する。
「実に頼もしい限りだ……さすがに私には真似できないな」
「でもさ……ジャグリーンだって、船さえ無事なら一人でも倒せるよね?」
不思議そうな顔で、エマが口を挟む。
「聖騎士エマ……何故そう思うんだ? アリスが私の力を評価しているからか?」
アリスだけはジャグリーンの実力――正確には『五年前の実力』だが――を知っているが、勇者パーティーの他のメンバーは一緒に戦ったことも無いから、彼女の本当の力を知る由もないのだ。
「うん、アリスが評価するなら強いだろうとは思うけど、そういうんじゃなくて……昨日のビーチでの動きとか、カイエが近づいたときの反応とかで……上手く隠してたけど、少なくとも魔将クラスの実力があることは解るよ」
エマは作戦を立てたり、策略を練るなどという知的作業は得意ではないが――相手の実力を見抜くセンスというか、本能的な能力を持っていた。
当てずっぽうで言っているのかと、ジャグリーンは訝しむような顔をするが、
「勘違いしない方が良いわよ。エマが相手を見抜く力は本物だから……私たちだって、エマが危険だと判断した相手には用心するわ」
アリスがそう言うと、ローズとエストが頷く。
仲間内の買い被り――その可能性もゼロではないが、常日頃からエマに接している勇者パーティーのメンバーの言葉を侮るほど、ジャグリーンは愚かではなかった。
「なるほど……それは貴重な能力だな。聖騎士エマ、君の眼力には期待するよ……ところで――」
ジャグリーンは五人の顔を順に見ながら――
「これまでの口ぶりから……私は君たちが魔族の船団を殲滅するために協力してくれると思っているのだが、間違ってはいないかね?」
「回りくどい言い方ね……こっちから言わせて、言質を取りたい訳?」
アリスが疑わしそうな顔をするが――
「いや、そうではない。私は敬意を払っているんだ……勇者とは聖王国に属するものではないからな。自身の判断で行動する君たちに対して、私はお願いするだけだ」
そう言うと――ジャグリーンは深く頭を下げた。
「海軍提督など名ばかりで、一人で解決できぬ己には片腹痛いが――海に散る者をこれ以上増やさないために、どうか協力して貰えないだろうか」
ジャグリーンが言う『海に散る者』には海兵も含まれていた。
大規模な作戦を実行すれば、海軍だけで魔族の船団を殲滅することも可能だが――そうなれば、多くの海兵が命を落とすことになる。
一人でも犠牲者をするためには手段など選ばない――それがジャクリーンのやり方だった。
「もう、良いわよ……私たちは引き受けるつもりだから」
そう言うとローズは、カイエの方に向き直った。
「カイエはどうするの? 私は色々な場所をカイエに見せたいけど……そこに戦場は含まれていないわ」
アイシャの件で盗賊と戦ったり、それ以前にエドワード王子の件で囚われたローズを救うためにアルペリオ大迷宮に挑んだりと――これまでもカイエを戦いに巻き込んで来たが……戦場に行かせることとは意味が違う。
これからローズたちは敵を殲滅するだけのために、戦場となる外洋へ向かうのだ。
しかも、相手は魔族――カイエの身体には、魔族の血が半分流れている。
「そうだな……カイエが私たちに付き合う必要は無い」
ローズの意図に気づいたエストは――慈しむような表情でカイエを見ていた。
「船団だ
「……あ、そうか! うん、そうだよね。カイエがいなくても、全然余裕だから!」
遅ればせながら気づいたエマが、らしくない感じで気を遣うと、
「どうでも良いけど……まあ、カイエは邪魔だから引っ込んでろってことよ!」
アリスがぞんざいな感じで口を挟む。
そんな四人の気持ちが、カイエにも解ったが……
「あのなあ……今さら俺だけ仲間外れとか、酷過ぎだろ?」
カイエは意地の悪い笑みを浮かべて四人を見ると――
「俺にとって『仲間』とか『同胞』とか呼べる相手は――おまえたちだけなんだよ」
とか言ってみたものの……自分でも『ちょっと
「「「……カイエ!!!」」」
ローズ、エスト、エマに同時に抱きつかれて、押し倒されて――
「お、おまえらなあ……恥ずかしいからやめろよ!」
とか言いながら、内心では『まあ、こういうのも悪くないか』とカイエは思っていた。
「……そういうことで、ジャグリーン? 俺も参加するからさ、覚悟しておけよ?」
床に転がったまま――カイエは宣言する。
「ああ、そうだな……君に付き合うには、相当な覚悟が必要なようだな?」
ジャグリーンは余裕の笑みを浮かべて、カイエを見下ろしていた。
※ ※ ※ ※
その日の昼食は――ジャグリーンが予約したシャルトの最高級レストランに招かれた。
海辺に面したガラス張りの展望室には――エマがよだれを垂らしそうな新鮮な魚介類と高級海獣の肉が、これでもかと言うほど並べられている。
席順もジャグリーンの指定らしく――カイエの左隣にローズが、右側は一つ離れた席にエストが座っており……ローズの隣に座るエマは案の定、今か今かと待ち侘びている。
「……申し訳ない、待たせたようだな」
ジャグリーンの声に反応して、皆が視線を集めると――
胸元を強調する豪奢なドレス姿の、藍色の髪の女性が姿を現わした。
「ジャグリーン……」
ジャグリーンはカイエの右隣に座ると片目を眼帯で塞いだ隻眼で、大人の女性の余裕の笑みを浮かべる。
「それでは……食事を始めようか!」
彼女の合図で昼食会は始まったが……ぎこちない雰囲気は、いかんともし難かった。
「ジャグリーン、服なんて動き易ければ良いって言ってたあんたが……どういう心境の変化よ?」
「いや、私は場をわきまえて服を選んだだけだ」
何食わぬ顔で言うジャグリーンに、
「白々しい……どうせ何か企んでいるんでしょ?」
アリスが疑わしそうに言った矢先――
カキン……床に落ちたフォークの音が静寂の空間に響いた。
「ああ、申し訳ない……カイエ、拾ってくれないか?」
「まあ、良いけどさ……」
イマイチ納得しない顔で、カイエがフォークを拾って顔て顔を上げると――ドレスに包まれて谷間を強調する双丘が、目の前にあった。
「あのさ、ジャグリーン……おまえ何してんだよ?」
「何って……君を誘惑してるんだが?」
「何やってるのよ!!!」
「何をしてるんだ!!!」
「もう、何なのさ!!!」
抗議の嵐にも――ジャグリーンは耳を貸さずに、カイエを見つめて妖艶な笑みを浮かべる。
「カイエ、先ほど君と勇者たちの絆を見せて貰ったが……君はパーティーの正式なメンバーではないよな? 大切な者の傍に居るだけが、男の生き方ではないだろう……本当に君に相応しい居場所を、そろそろ定めても良い頃合いではないか?」
このときジャグリーンの隻眼は――獲物を追う暗殺者のように怪しく煌めいた。
「君のことを調べさせて貰ったよ……しかし、噂の類いばかりで、有益な情報は得られなかった。だが……むしろ私は、謎だらけの君に余計に興味を持ったんだ。
君のような人間の隣には……まだ成熟途中の少女よりも、私のように世を知り尽くした女の方が……相応しいと思うがな?」
ジャグリーンは本気だった。
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