第48話 不意打ち


 ということで……アイシャの同行延長が半ばなし崩し的に決まった訳だが――


「何も、ずっと一緒に付き合わせる訳じゃないし……せいぜい二週間ってところかな? 期限が来たら転移魔法でシルベスタまで送ってやるから、何の問題もないだろう?」


 こんな風にカイエが説得するハメになった相手は――シルベーヌ子爵とクリスだった。


「しかしだな……ようやく娘が帰って来たというのに……」


「そうです! またアイシャ様と離れ離れになるなんて……」


 アイシャが王都に行って不在だったのも、せいぜい半月程度のことであり――カイエは何を大袈裟なと思いながら、二人の溺愛ぶりに辟易していた。


「だったらさ……これを貸してやるよ?」


 そう言って何処かから、ルーン文字が刻まれた指輪を取り出した。


「これを嵌(は)めれば、誰でも『伝言メッセージ』の魔法を一日三回使える……同じものをアイシャに渡しておくから、毎日連絡を取り合うってことでどうだ?」


「そんなことが……」


 シルベーヌ子爵は指輪を手に取ろうするが――既(すんで)のところでクリスがかっさらう。


「クリス……何をするのだ!」


「いえ、ヨハン様……魔法の品には得てして危険が潜んでいるものです。ヨハン様に何かあれば一大事ですから、ここは私にお任せください!」


 何を見え透いた事をとシルベーヌ子爵が睨むが――クリスは目を逸らとすと、素知らぬ顔で誤魔化そうとする。


「おまえらなあ……」


 カイエは呆れながら、同じ指輪をもう一つ出す。


「良いよ、もう一つ貸してやるから。その代わり……二人して何度も『伝言メッセージ』を送ったらバカンス気分が台無しだから、緊急事態でもない限り、使うのは一日一回にしろよ? もし約束を破ったら……すぐに指輪を回収しに来るからな?」


 カイエに釘を刺されて、二人は渋々という感じで承諾した。


「まあ、ガッカリするなよ……大人しく従うなら、おまえたちが喉から手を出して欲しがるような土産物を、用意してやるからさ?」


 意味深な感じで言うカイエに――二人は首を傾げる。


「ラクシエル殿……その土産とはいったい……」


「説明するよりも、見せた方が早いな……なあ、アイシャ?」


 呼び掛けにアイシャが振り向くと――カイエは魔法を発動させた。


 すると次の瞬間、手のひらサイズの薄い金属板が出現する。 


「ほら……こういうの欲しくないか?」


 カイエが投げた金属板を、クリスが受け取る。そこには――現実のアイシャをそのまま写したような精巧な絵が描かれていた。


 『念写ポートレート』――ただ見たモノを描画するだけの魔法だが、その精度は術者の習熟度と二次関数的に比例する。

 習熟するには、それなりに時間が掛かるから、普通は記録用として実用に足る以上に極めようとはしないが――カイエの『念写ポートレート』は写真レベルの精密さに達していた。


 普通の感覚で言えば――能力の無駄遣い以外の何モノでもないのだか、今回は絶大な効果があった。


「「……!」」


 食い入るように見つめる二人に――カイエは意地の悪い笑みを浮かべる。


「まあ……この板も安くはないからな? 土産にやるかは、おまえたちの心掛け次第かな……海で戯れる水着姿のアイシャの絵が、欲しくないか?」


「「……欲しい!」」


 ここまで来ると完全にカイエのペースで――まんまと買収された二人は、もはや反対などできなかった。


 それでも――いざアイシャが出発するときになると、シルベーヌ子爵もクリスも、まるで永遠の別れのように悲しんでいたのだが……


「本当に……恥ずかしいから、もう止めてよね!」


 怒りと恥ずかしさに居たたまれなくなったアイシャが、馬車に乗るなり隠れてしまったので――愕然と肩を落として見送ることになった。


※ ※ ※ ※


 カナンの街では、エマのリクエストで牛の丸焼きと闘牛を堪能して――

 さらに三日後、カイエたちは湾岸都市シャルトに到着した。


 晴れ渡る夏の太陽の下――シャルトの白い町並みは輝くように美しかったが……


「……海だね!」


「うん……海だ! 青くて広いや……」


「潮の香りと……波の音が……」


 都市に入る手続きなど後回しにして、彼らはビーチに直行したのだが――


 偽造馬フェイクホースと黒鉄の馬車の異様な姿が海辺に現れると――海水浴を楽しんでいた人々は、我先にと逃げ出す始末だった。


「……もっと人気の少ない場所まで移動しようか?」


 彼らはシャルトから遠ざかる形で海辺に沿って移動し――一時間ほど掛けて、人気のない手頃な感じの砂浜を見つけた。


 決して広くはないが――誰の足跡もない白い砂浜は眩しくて……


「やったー! 海だー!」


 馬車を止めるなり、エマとアイシャが砂浜に走り出す。

 待ちきれなかった彼女たちは――車内をカーテンで間仕切りして、すでに着替えを済ませていた。


「……いっちばーん!」


 小麦色の日焼けした肌に黄色のビキニ――『真夏の健康的美少女』エマは、波打ち際まで一気に駆け抜ける。


「エミーお姉様……待って! 一人だけ抜け駆けするなんて、ズルいわよ!」


 エマの後を追い掛けるアイシャは――フリル付きの白い水着が眩しい。

 金色のショートな髪と、大きな青い目と相まって……可憐な少女は本当に天使のように見える。


「またエマはそんなに慌てて……どっちが子供か解らないじゃないの?」


 砂浜に反射する日差しに、眩しそうに目を細めながら――アリスも馬車から降りる。


 背中と胸元が大きく露出した黒の水着と、腰に巻いたパレオ――『エロ格好良い』という言葉がピッタリの、思わず目のやり場に困る姿だ。


「まあ……別に良いんじゃないか? みんな楽しみにしてたんだし」


 カイエは少し長めの海パン一枚で姿を現わした。

 アリスの刺激的な姿にも――下心を見せる訳でも、恥ずかしがる訳でもなく、


「そういうアリスだって……楽しむ気満々って感じだよな?」


 意地の悪い顔で笑われると――アリスも内心では、面白くなかった。


「……ローズとエストはどうしたのよ? 随分と着替えに手間取っているわね?」


 少し八つ当たり気味に言うが、


「いや、二人ともとっくに着替えているみたいけど……エストがね?」


 カイエは苦笑して応えていると――


「カイエ、お待たせ……ほら、エスト! いい加減に、覚悟を決めなさいよ!」


「も、もう少しだけ待ってくれ……あ、ローズ……そんなに引っ張らないで!」


 ローズに引きずり出されるような形で――エストが馬車の外に出て来た。


 胸元とサイドに切れ込みが入った青い水着は――エストの白い肌と、隠れ巨乳な胸元を、否が応でも強調していた。


 馬車から出た瞬間、偶然カイエと目が合ってしまい……エストは真っ赤になるが、


「へえ……エスト、よく似合ってるな」


 その一言で――さらに赤くなりながらも、嬉しそうに笑う。


「カイエ……ありがとう……」


「もう……だから言ったでしょう。その水着は可愛いって!」


 当然よねという感じで、勝ち誇るように言うローズは――


 背中に流れる長い髪と同じ色のシャープなデザインのビキニを――堂々と着こなしていた。

 恥ずかしいという言葉など、一切知らないと言う感じで……完璧なボディーラインを、太陽の下に晒している。


「さあ……カイエ、泳ぎに行きましょう!」


 ニッコリと輝くような笑顔を振り撒いていたが、


「ああ……ローズ、その……凄く似合ってるよ」


 少し照れた感じでカイエが言った瞬間――


「え……」


 ローズは水着よりも真っ赤になった。


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