第46話 警告
「ラクシエル師匠……お早うございます!」
翌朝――カイエの部屋に来たクリスが、開口一番にこういった。
「……クリス? 何の冗談だよ?」
迷惑そうな顔をするカイエにも構わずに――
「昨日の件は、本当に申し訳ありませんでした! そして、私のような者に稽古を付けて頂き――ラクシエル師匠には、本当に感謝しております!」
まるで軍人が上官に報告するように、一気に捲し立てる。
「おまえなあ……俺は弟子にするなんて、一切一言も言ってないよな?」
「はい! ですが、問題ありません! ラクシエル師匠は……私の心の師匠ですから!」
最後の一言を言うときに、クリスは頬を赤く染めていたが――
『まあ、自分でも恥ずかしい台詞だって自覚したんだろう?』といった感じで、カイエは特に気にも止めていなかったが――後日、自分の考えが甘かったと後悔することになる。
それでも幸運(?)なことに――クリスの声に『何事よ?』とローズたちが部屋に入って来たのは、台詞が全部言い終えた後であり、彼女の赤い顔を目撃したのはカイエだけだった。
クリスの変貌ぶりに、シルベーヌ子爵以下の面々は当初戸惑っていたが、
「え……何言ってるのよ? クリスって昔からそういう人じゃない?」
アイシャの一言で――皆が妙に納得してしまう。
十八歳で正式な騎士になって以来、クリスは大人らしく振舞っていたが――それ以前の彼女は、何事にも感情のままに突っ走るタイプだった。
「私の事だって、その……『可愛い、可愛い!』って抱っこして放さないから、よくお母様に怒られていたわよね? なんで、皆そういうことを忘れちゃうのよ!」
「……ア、アイシャ様! その事は……もう許してください!」
アイシャのカミングアウトに――カイエたちは唖然とする。
「もう……今は、決してそのようなことは……」
「当たり前でしょ! 今、そんなことをしたら……クリスのこと嫌いになるからね!」
「ア、アイシャ様……絶対に、絶対に、そんなことしませんから……」
何故か肩を落とすクリスに――ああ、言われなければやる気だったんだなと、カイエはジト目をする。
※ ※ ※ ※
その日、カイエたちはアイシャの案内で、カラスヤの森とラゼル川沿いを散策した後、季節の花であるランカスタの花畑を満喫した。
とりあえず観光は一通りしたが、シルベーヌ子爵から『今夜は是非、ラゼル川の海老をご馳走したい』と夕食に誘われたこともあって、出発は明日にして、今夜はもう一晩子爵の城に泊めて貰うことにした。
「あのさあ……ヨハン? 夕食の席で酒が回る前に、先に話しておきたいことがあるんだけど?」
カイエの提案で――彼らはシルベーヌ子爵の執務室に移動する。
部屋に集まったのは、カイエたち五人と、シルベーヌ子爵、アイシャ、クリス、そしてカールという執事の老人の九人だった。
「状況的に考えて、それほど危険じゃないし……アイシャを不安にさせるだけだから、今まで黙っていたんだけどさ? アイシャたちの
カイエは相変わらずの気楽な感じで話をする。
ダリウス男爵とは――エドワード王子の派閥に所属する下級貴族の一人であり、派閥の中では大した実力者ではない。
アリスが裏付けを取った情報によると――ダリウス男爵は、アイシャがエドワード王子の側室になるという話を知って、それを阻止するために彼女を誘拐しようとしたのだ。
しかし、盗賊団の団長である無精髭の男――デニス・リントンが請け負った仕事の内容は、ダリウス男爵の本気度を感じさせるものではなかった。
デニスが依頼されたのは『襲った
「エドワード王子の勢力が、今後どうなるか解らない状況で……ダリウス男爵が保険として勝手に動いたってところね? だから、
貴族が他の貴族の足を引っ張るなど大して珍しい話でもないが――むしろエドワードという旗が勢いを失うことで派閥が分裂し、貴族同士の小競り合いが増える可能性が高いとアリスは考えていた。
「それともう一つ……こっちの方が危険度は高いわね。盗賊たちの動きが最近活発になっている理由だけど――街道沿いや周辺の比較的
盗賊たちのアジトは、もっと人里から離れた荒野に置かれるのが常であったが――より強力な存在が荒野を闊歩するようになって、盗賊たちはアジトから、より安全な場所へと逃れて来たのだ。
「魔族の軍勢の生き残りだと……」
アリスの説明に、クリスが拳を握り締める。
勇者パーティーによって魔王は討伐されたが――魔王の配下にいた魔族の軍勢の全てが滅ぼされた訳ではなく……世界の各地に逃げ延びた者も多い。
そんな魔族の生き残りの中に、荒野で
「先に言っておくけどさ……『魔族』という種族そのものが敵だなんて、勘違いするなよ? 魔族の中でも戦いに参加した人数なんて、せいぜい数パーセントだし。魔王が死んだ後も戦おうなんて連中は、一部の過激な連中だけだからな?」
昨日のクリスの反応を見ていたから――カイエは釘を刺す。
自分の身体に魔族の血が流れてることが理由ではない。戦争をした相手の種族全てが敵などと考えれば――その先にあるのは、血みどろの大量虐殺以外の何物でもないからだ。
「魔王に従う魔族の軍勢は敵だったけど……もう戦いは終わったのよ。彼らが剣を収めるのであれば、これ以上血を流す理由はないわ」
魔族との戦いの最前線で常に戦ってきたローズは――だからこそ、そう思うのだ。
戦いの中で剣を交えた魔族の中にも、死の間際に、家族や恋人の名を叫ぶ者は少なくなかった。
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