第39話 別れと思ったら……
次の街――オルフェンに辿り着くと、カイエたちの護衛の仕事も終わりという事で、アイシャが畏まった感じで五人に挨拶した。
「みなさん……本当にありがとうございました。護衛のことも……そして、モルネート伯爵との件を解決までして頂いて。どれほど言葉を尽くしても感謝しきれませんが……」
アイシャの精一杯の感謝の言葉に――カイエは意地悪く笑う。
「何、今さらカッコつけてんだよ? おまえが感謝してることくらい、みんな解ってるからさ?」
「カイエさん……」
アイシャは嬉しさと恥ずかしさが入り混じった顔で、カイエを上目遣いに見る。
「ありがとうございます。でも……今は護衛の報酬だって、十分に払えるお金もなくて……」
「金なんて、どうでも良いよ。どうせ『仕事』っていうのも口実みたいなもんだし……俺たちはアイシャを助けたいと思ったからやっただけで。だから、おまえは『ありがとう』って一言言えば、それで良いんだよ」
「カイエさん……」
再び溢れてくる涙を堪えることができずに――アイシャはボロボロと泣きながら、四人の方に向き直って、
「みなさん……本当に、本当に、ありがとうございました……」
心からの笑みを浮かべる少女に、ローズたちも優し気に微笑むが――
「カイエ……あんたの方こそ、ちょっとカッコつけ過ぎじゃない? 報酬のことだって、一人で勝手に決めないでくれる?」
アリスは呆れた顔でフンと鼻を鳴らす。
「お金のことは、きちんとしないと駄目よ。アイシャもそうだけど、彼女の親御さんだって、報酬くらい払っておかないと後々まで気まずいでしょう?」
アイシャが言うのも最もだった。
「という事で……アイシャ? モルネート伯爵の件も含めて、こんなところでどうかしら?」
そう言ってアリスは、アイシャに紙を渡す。
そこに書かれていた金額は――決して安くはないが、貴族であれば払えないほどではなかった。
「今はシルベーヌ子爵も持ち合わせがないでしょうから……支払いは来年で良いわよ。でも、きっちり取り立てに行くから、頑張ってお金を用意しなさいね」
これはアリスなりの激励でもあり――報酬を払えるくらいに、早く家を建て直しなさいよという意味が含まれていた。
「はい……アリス様。ありがとうございます……」
年齢よりも大人びているアイシャは、アリスの心遣いを理解して嬉しそうに笑う。
「アイシャ……本当に良かったよ。お父さんも心配してると思うから、早く帰ってあげないとね」
エマがニッコリと笑って、アイシャの肩を叩く。
「うん、エミーお姉様……今回のことは、お母様にも早く伝えたくて……」
アイシャの母親は、三年ほど前に病死している。
兄弟姉妹のいない彼女にとって、父と母は唯一の肉親であり――十歳にもならないうちに、そんな掛け替えのない母すら失ったアイシャは、大人として振舞うしかなかったのだ。
今回の旅でアイシャと再会して、他愛のない昔話をする中で、エマは初めてその事実を知った。
知らなかったとは言え、これまで彼女に何もしてあげられなかったことを、エマは心苦しく思っていたが――今は、そんなことを考えているよりも、もっと他にやれることがある。
「あのさあ、カイエ、ローズ……このまま、この街で待っていれば大きな
今回の旅の主役はカイエとローズの二人で、エマは一緒に付いてきただけだ。
だから、今回の件で自分の知り合いだからという理由でアイシャを助けて貰った上に、さらに子爵領までつき合わせるなど、いくらエマでも図々しいと解っていた。
「そんな……エミーお姉様、私はそこまで……」
当然アイシャも遠慮するが――
「別に……そのくらい構わないだろ?」
「そうね。急ぐ旅でもないんだし」
カイエもローズもアッサリ承諾する。
「シルベーヌ伯爵領は美しい田園地帯と、カラスヤの木が生い茂る森で有名だった筈だな?」
エストが豆知識を出してフォローする。
「うん……そういう素朴な感じの場所も、カイエに見て貰いたいって思っていたのよ」
ローズはニッコリと笑ってカイエの腕を取ると――ピタリと身を寄せて上目遣いで見る。
「でも……護衛の仕事はもう終わったんだから。ここからは私のことを、もっと構ってくれないと駄目だからね?」
「コホンッ……そうだぞ、カイエ……」
エストは恥ずかしそうに、ローズとは逆側の服をチョコンと掴んで――
「あんまり、アイシャばかり構っていると……本当に○リコンだと思うからな?」
「あー! なんか二人だけ狡い! 今回の件で一番感謝してるのは、私なんだからね!」
そう言うなりエマは――ローズごとカイエを、思いきり抱きしめる。
「ちょ、ちょっとエマ……」
「カイエ、ローズ、エスト……みんな、本当にありがとう!」
そんな彼女たちの傍らで――アイシャは涙目で愕然としていた。
「ロ……ロ○コンって……エスト様、そんなに何度も言わなくても……」
これまでは遠慮して、何も言わなかったが――気持ちだけは大人の彼女にとって、本当は相当ショックだったのだ。
そして、もう一人――
(ア、アイシャお嬢様……私はどうすれば……)
シルベーヌ子爵に仕える騎士アーウィン・フェンテスは、完全に蚊帳の外に置かれて一人肩を落としていた。
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