141.立体駐車場に出る幽霊②(怖さレベル:★★☆)


だいたい、4階くらいに上がった時だったでしょうか。

並ぶ車がすべて、古びた車になってきたんですよ。


いや、古い、って言うのとちょっと違いますね。

なんというか――ボロっちくなってきたんですよ。


こう、塗装が剥げたり、ぶつけた痕があったり、という。


車種もさまざまで、軽自動車もあれば、普通車もある。

でも、なんだかどれも古っぽい。


(うーん……もしかして、置き去りの車か……?)


どれもナンバープレートはついているし、

長時間の置き去りだったら、管理人がなにか対応しそうなものです。


まぁ、自分が考えることでもないか、と、

ジロジロと他の車を見ていた視線を、元通り目の前に戻しました。


すると、その瞬間です。


「おわっ!!」


ぼくは、大声を上げてブレーキを踏みました。


たった今、目の前で人影がよぎったのです。


「あ、あぶねぇ……!!」


間一髪、当たる前に人は過ぎ去っていきましたが、

あともう少しスピードを出していれば轢いてしまうところでした。


ぼくは念のために一度車をとめて、

人が走って行った方へ向けて、窓を開けて声をかけました。


「だ、大丈夫ですか……!?」


しかし、声をかけても、いっさい返事は返ってきません。

接触はしていないものの、驚いてその場で倒れでもしてしまったんだろうか。


ぼくは焦ってきて、車から降りて様子を見ようかと、

エンジンを切ろうと、スイッチに手を伸ばした、その時でした。


ゾワッ


急に、腕全体に鳥肌が浮き上がったんです。


開けたカーウィンドウの窓から見えた、立ち並ぶ車両の数々。

その間に、ぼんやりと黒いモヤのようなものが漂っているように見えたんです。


まさに今、ぼくが轢きそうになった人が逃げて行ったその方向から。

まるで、ぼくの動向を伺おうとしているかのように。


パチッ、と瞬きした一瞬で消えたものの、

なんだかイヤな予感がしたぼくは、窓を閉めて、そのまま車を発進させました。


(なんだったんだ今の……見間違いにしては、イヤな感じだったけど……)


通り過ぎたものの、直前に人を轢きそうになったのは本当です。


――いや、待てよ。


ぼくはふと、さっきの光景を思い返しました。


シュッ、と横切った黒い人影。

アレは本当に人、だったか――?


「……まさか」


なんだか冷えてきた気がして、ぼくは社内のエアコンの気温を上げました。


いや、そんなわけがない。

だって、まだ夕方だし、幽霊が出てくるような時間帯じゃない。


いくら建物の中とはいえ、立体駐車場の中にはぼんやりと蛍光灯の明かりがついていて、

直前のあやしい気配などなにもなかったかのように、白く床を照らしています。


(ハハ……いや、幽霊なんてそんなカンタンに出てくるわけない……それも、こんな街中で……)


無意識に車のアクセルを踏み込んでしまい、

思いの外早くなったスピードに、ぼくは慌てて足を離しました。


危ない。ここで、事故を起こすわけにはいかない。


もう料金のことなんて考えず、この辺りに車を置いてしまおうか。


だんだんそう考えてきたぼくが階層表示を見ると、

そこには『6階』の文字。


7階にいけば、料金が安くなる。

だから、あと一階。あと一階上ったら、サッサと車を止めて、エアコンを買いにいこう。


ぼくはキュッと唇を噛んで、ハンドルをつよく握りしめました。


グルッと半周回って、あと少し。

もうちょっとで7階だ。そう、気を抜いた時でした。


パッと目の前に、駐車場の機械ゲートが姿を現しました。


(あぁそうか……7階で駐車料金が変わるからか……)


ぼくは駐車券を片手に持ちつつ、ゆっくりと徐行して、

ゲートの機械に近づいていきました。


「……うわー、古……」


思わず、ひきつった声がこぼれました。


そこにある黄色いゲートは、入口のところにあった機械より、

さらに古ぼけていたのです。


塗装は剥げて、鉄の色がまる見え。

錆びきったバーは、ギギギ、とイヤな音を立てています。


(大丈夫か? これ……)


ちゃんと料金の精算がされるんだろうか。

そう不安になったものの、機械の向こうには、

すでに何台もの車が停まっています。


「入口のゲートもボロかったけど通れたし、たぶん大丈夫だろ……ん?」


と、ぼくが車のウィンドウを下げ、

駐車券を読み込ませようとしたときでした。


チカッ……


車のライトが、ゲートの向こう側から光りました。

まぶしさに目を細めたぼくの前で、一台の車がスーッと走ってきました。


車の窓から白い手が伸びて、

赤いマニキュアが塗られた指が、駐車券を機械へ差し込んでいます。


(モタモタしてないで、自分もサッサと上に行くか)


いつ、後ろから車がくるとも限りません。

下がったままのバーの横で、ぼくが発券機に券を差し込もうとすると、


ピー……キュルッ


向こうの車。いえ、向こう側の発券機から、

ギュルギュルと不穏な音が聞こえました。


キュキュッ……ギュギュギュッ


(え、なんだ……?)


ぼくは思わず差し込もうとした手を止めて、

相手の車へ視線を向けました。


機械は駐車券を吸い込んだ後、

いかにも壊れそうなギュルギュルとした怪しい音を立てています。


目の前のバーは、まだ上がらないまま。


これ、もしかして故障しているんじゃないだろうか。

ぼくがそう思って、向こうの車の運転席にチラッと目をやった時です。


「うっ」


思わず、悲鳴を押し殺しました。


運転席にいる女性。


その女性が、なぜか異様な音を立てている機械――

ではなく、ぼくのことをジーっと凝視していたんです。


真っ黒いマスカラが塗られ、バチバチに化粧のほどこされた目を、

カッと大きく見開いて、です。


なまじ、窓を開けているだけに、

もしかしてなにか言われるんじゃないか、と怯えたぼくは、

思わず手に持っていた駐車券を、下に落としてしまったんです。


(あっ……やっちまった!)


券を拾うなら、ドアを開けなければ。


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