136.理科室の人体模型・裏⑤(怖さレベル:★★★)

「な、んで……こんな、水びたし……っ!!」


理科準備室の中は、びっしょりと濡れていたんです。


テーブルから棚、窓、そして、今開けたドアの裏側。

そういった器具や壁、床のすべて。


それが一面、あの真っ赤な水で、

びしょ濡れになっていたんですから。


「うわっ、え、これ、血……!?」

「いや、違う……血にしては色と臭いが……」


オレが一瞬、血液かとビビっていると、

先に気を持ち直した体育の先生が、顔をしかめました。


確かに、鼻にブワッと奇妙な臭いが漂ってきます。


湿った土を濃くしたような、泥っぽい、

なんともいえない、イヤな臭い。


「せ、先生、これ……な、なに……!?」

「なんだろうな……わからんが、コレは……。ちょっと、他の先生方にも知らせないと。お前んところの副担任の姿も見当たらないしな」


体育の先生は、シャッ、と勢いよく扉を閉めると、

しりもちをついていたオレを助け起こし、職員室へと歩き始めました。


よたよたと先生の背中についていこうしたオレは、

ふと、背後の物音に気付きました。


ペチャッ……ベチャッ……


「え、なに……?」


湿ったような、重たい音。


振り返ったオレの視界には、理科準備室のドアが見えました。


その、閉じられたドア、ギリギリの間から、

びちゃ、びちゃ、と赤い液体が、

まるでこちら側に出てこようとするかのように、

静かにあふれ出してきていたんです。


「――ッ!?」


オレはもう、ビビッて腰が抜けかけました。


そこからは、先を歩く体育の先生の腕に死ぬ気でしがみついて、

サルの親子のような有様で、職員室まで向かったんです。





それで、その後のことですが――

うちの副担任、結局見つからなかったんです。


ええ。失踪――っていうんですかね、行方不明で。


例の理科室と理科準備室。


先生方がカギを開けてあっちこっち調べたみたいなんですが、

どこにも、あの副担任の姿はなかったんです。


荷物とか、携帯とか財布とか、ぜんぶ職員室に置き去りで、

オレが職員室を出る先生の姿を見たのが最後で、

それきり、姿を見た人はいなかったみたいで。


自家用車も駐車場に置きっぱなしで、

自分で失踪したにしては状況がおかしいから、

誘拐か、なにかの事件に巻き込まれたのかも、なんてウワサがたつ始末。


警察にも届け出を出したみたいなんですけど、

あれからしばらく経った今も、行方はわかっていません。


ああそういえば、置きっぱなしだったオレの荷物、

先生たちが回収して、持ってきてくれたんです。


あの液体でびしょびしょになっているだとか、

中がぐちゃぐちゃに荒らされているだとかを想像していましたが、

幸い、汚れも臭いもなく、無事に手元に戻ってきました。


でも――翌日、

元気になって学校に出てきた佐々川に、言われたんです。


「お前さ、変なメッセージ送ってくんなよ」と。


意味がわからなくて、詳しく話を聞くと、

オレが理科室でやりとりしていたときの内容について、でした。


別にふつうのやり取りだったけどなぁ、と思って履歴を見直したら、

たしかにちょっと――いや、かなり変なことになっていたんです。


『熱下がった』

『了解。先生、いつもと変わんねぇわa。昨日のなんだったんだろーなa』

『わかんないけど気持ち悪かったな。今日はさっさと帰れよ』

『宿u題がヤベeェ。やってからa帰るu』

『溜めとくからだ、バカ。教室か? 風邪ひくなよ』

『こrれeかrrら準u備室uで個人レッスンdだよo。先生eまだa来iてnねぇけどo』

『お前……わざとやってんのか、それ』


って、なってて。


打った覚えのないローマ字が、

ところどころに挟みこまれていたんです。


……これ、オカシイですよね。


打っていた間、こんなローマ字を入れた覚えは

オレは当然ないんですが、それだけ、じゃなくて。


オレのスマホ、フリック入力なんですよ。


だから、もし打ち間違えたとしたって、

こんな風に英語が入力されるわけないんです。


これじゃあ、あえて。

あえて、オレの送信するメッセージに、

ムリやり割り込んだみたい、な――。


…………。


まぁ、打ち込まれたローマ字をつなげても、

特に意味のある文章になるわけでもないし、

ただのスマホのエラーというか、バグ、だとは思うんですけど。


あぁ、あと。

例の人体模型のこと、それとなく他の先生にも聞いてみたんですよ。


でも、先生が失踪して、

掃除用具入れも調べたみたいなんですけど、

そんな人体模型、見つからなかったっていうんですよねぇ……。


どうやら、学校の備品、ってわけでもなさそうでしたし。


本当に――アレはいったい、なんだったんだか。


幸い、というべきか、

あれ以後、オレや佐々川の身に妙なことは起こっていません。


うちの副担任は、いったいどこに行っちまったのか。

あの、びしゃびしゃになっていた赤い水はなんだったのか。


オレの携帯のメッセージに割り込もうとしたのは、

いったいどういう意味があったのか――

結局、なにもわかっていませんが。


学校を卒業するまでは、なにも起きないことを祈ってます。

ええ、聞いてくださって、ありがとうございました。

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