129.火事のあと(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)


怖い話……というと、なんとも不謹慎かもしれませんが、ねぇ。

あれは、わりと最近あったことなんですよ。


ええ、ほんの三年前……っていうと、ちょっと年寄りくさいですかねぇ。


ほら、あの冬は、なんてったって、毎日寒かったでしょう。

連日、低温注意報やら、乾燥注意報やらが出ててねぇ。


かかとは割れるわ、ひじはかゆいは、唇は乾くわで、

まぁ、冬にあてられていたわけですよ。


そうして、毎日寒い日が続いていた、ある日。


うちの、道をはさんで五軒ほど向こうのうちが……

火を、出してしまいましてねぇ。


なんせ、夜中の三時。


やたら外が騒がしい、と思って起きだしてみたら、

そりゃあもう、辺りには焦げたような臭いが充満していて。


家を飛び出してみると、

そこの家からもうもうと黒煙が上がっているでしょう。


消火活動もすでに始まっていて、

ひとつの家に水があちこちからかけられる様子は、

なんだか、とても自分の近所で起こっていることとは思えませんでしたよ。


夜が赤く染まる、っていうんですかねぇ。


水と、炎と、煙とが入り混じるその映像は、

今でも、とても忘れられませんねぇ……。


家一棟が全焼し、亡くなったのは家族三人。


四人家族の奥さんだけが、

唯一やけどを負ったものの、助かったようです。


でも、旦那さんと娘二人を失ってしまった彼女は、

半狂乱になってしまってどうにもならず、

親戚が精神病棟に押し込んでしまった、と聞いています。


本当に……本当に、かわいそうな話ですよ。


それでねぇ、前置きはここまでで、本題はこれからなんですよ。


『出る』って、ウワサが流れ始めたんですよ。

ええ……幽霊が。あの家に、です。


なにを不謹慎な、って思うでしょう?

あたしだって、最初はそう思いましたよ。


なにせ、元ご近所さんです。

あそこんちの家族は、あいさつもキチンとするし、

ゴミ出しルールだってきっちり守ってくれるし、本当にいいご家庭でね。


お化け屋敷、なんてバカなウワサ、とんでもない! と。


でもね……よくよく、そのウワサを聞いてみると、

なんとも物悲しい内容でね。


解体されて、なんにもなくなっちまった土の上。

そこでシクシクと泣く、二人の女の幽霊がでる、と。


こりゃあ、姉妹が亡くなったのを知っている近所の人が流したデマか、

火事であっという間に死んじまったがゆえに、

未練の残った姉妹が、本当に幽霊として出てきちまったかのどっちかだろう、と、あたしは思ったわけです。


そうなると、うちの近所の人たちもしんみりしちまってねぇ。


どこぞの悪ガキどもに、肝試し用のホラースポットに認定される前に、

一度神主さんでも呼んで、ご祈祷でも頼もうか、って話になったんですよ。


地区の会長も、あの家は学校の通学路沿いにあるし、

妙なウワサがこれ以上広まっても困るからと、

自治会費を使うのも許可してくれてねぇ。


それで、予定をくんで、当日。

やってきたのは、同じ地区内の、よく見知った神社の神主でした。


「まぁ、こういうのは気の持ちようですし……ただのウワサですよ」


しかし、神主はあたしたちの顔を見て、呆れ声で言いました。


この人が務めるのは、由緒ただしい立派な神社なのですが、

先代の頃に比べて、ずいぶんと金取主義になったと不評でした。


今回の祈祷に関しても、正直、他のところへという声もあったのですが、

同じ地区内だし、角が立つとよろしくないということで、ここに依頼したのです。


しかし、祈祷が始まって早々、なんとも適当な祝詞の言葉と、

手早く済ませてしまいたいのが丸わかりのおおぬさの振り方に、

あたしはこの神主に依頼したのを後悔していましたよ。


そして、時間にして、十分もなかったでしょうか。


素人目に見ても、雑な祈祷が終わりました。


「……ふむ、無事に終わりました。これで、今後なにも起きることはないでしょう」

「え……あ、ありがとう、ございました」


正直、もっとしっかりやってください、と言いたい気持ちはありましたが、

他の近所の人もいる手前、グッとこらえて頭を下げました。


神主は変わらず呆れたような顔であたしたちを見た後、

挨拶もそこそこに、サッサと自分の車に乗り込んでいきました。


「なんだかねぇ……これでよかったのか」

「逆に、なんだかモヤモヤした感じですよねぇ」


なんて、残ったあたしたちが文句を言いつつ片づけをしていた時でした。


メキメキメキ……


と、どこからか、なにかがしなるような、

不気味な音が聞こえてきたんです。


「なにこの音……?」

「木の枝みたいな……なんだろうねぇ?」


あたしたちが、不安で周囲を見回した瞬間です。


「あっ、危ないっ!!」

「おいっ、あれ、折れるぞ!!」


と、誰かの悲鳴と怒号。そして。


バキバキバキィッ!!


とんでもない轟音とともに、

大きな物体が目の前を横切りました。


「あっ……き、木、が」


折れた、大木。

それが、茶色の樹木が、一台の車を上から押しつぶしていました。


「あ……ああ……」


誰かが、口をおさえてしゃがみこみ、


「き、救急車!!」


誰かが慌てて119番へ通報し、


「た……祟りだ。これは……祟りだ!!」


誰かがパニックを起こして、逃げ出しました。


かくいうあたしだって、頭がまっしろになってしまって……。


周囲がバタバタとせわしなくなる中、

呆然と、例の家があった方を見つめました。


もう、すっかり家が取り壊され、空き地になったその場所。

その、火元から離れて立っていた、古い大木。


きっと、炎の影響で樹木の寿命が早まって――

それで、倒れてしまった。


偶然、ただの、偶然。


でも、まさか――こんなタイミングで??

祈祷を上げた神主が帰ろうとした、そんなおあつらえ向きのタイミングで――?


「祟りだ……祟りだ……っ」


半ば呪文のようにブツブツくり返す知人を見ながら、

あたしは鳥肌をおさえることはできませんでした。


その後――神主は、一命をとりとめられたそうです。

でも、後遺症がひどいらしく、

今も大変な思いでリハビリをされているんだとか。


あのウワサは、今もまだ続いています。

夜中、女の影を見た、という声は後を絶ちません。


でも、あんなことがあったら――ねぇ?


あの場所はずっと空き地のまま。

有刺鉄線に囲われて、今はもう、誰も近づくことはありません。

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