128.夕立のエレベーター①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)


 そうですねぇ。

 あれはたしか、梅雨まっさかりの頃でしたよ。


 あの頃は、毎日毎日、憂鬱な天気が続いてましてねぇ。


 洗濯物はぜーんぶ室内干しになっちまうし、

 どっかに出かけるにしたって、ずーっと雨だし濡れるしで、

 はやく梅雨が明けねぇかなぁ、なんて連日思っていましたよ。


 そんな雨ばっかりでも、たまには晴れ間の覗く日、なんてのもあって。

 その日はたしか、ひっさびさに良い天気の日だったんですよ。


 なんともタイミングもよく、ちょうど仕事の休みとも重なってたから、

 溜まりまくっていた洗濯物を全部洗って干した後、ちょっと遠出をしたんですよね。


 日帰りのつもりではあったから、用を済ませて帰途について、だいたい夕方くらいだったかなぁ。


 やっぱり梅雨、というべきか、

 ゴロゴロと、空から怪しい音が聞こえてきたんです。


 青々と晴れ渡っていた空に、だんだんと黒い雲がたちこめてきて、

 今にもドシャ降りの雨が降り出さんばかり、という雰囲気。


 あわてて車を飛ばして家の近くに来たときには、

 すでに空はまっくらで、いつ雨粒が落ちてきてもおかしくないくらいの空模様でした。


「はあ……どうにか間に合ったか……!?」


 駐車場に車を停めた頃には、空気もなんだか湿っぽくなっています。


 早く洗濯物を取り込まねぇとなぁ、なんてオレはひとり言を言いつつ、

 うちはマンションだったので、気がせいて足踏みしつつ、エレベーターへと向かいました。


 ナイスタイミングで、エレベーターは一階に止まっています。


 オレの部屋は最上階の8階。

 いそいで入って、エレベーター内のボタンを押した、ちょうどその時です。


 ゴロゴローーピシャン!!


「うわっ……!?」


 耳をつんざくほどの爆音とともに、

 動きだしたエレベーター内の電気が、いっきに消えました。


 ガタンッ、と四角い箱全体が揺れて、

 上に上り始めたエレベーターは、その場でピタリと止まってしまいました。


「おいおい……ウソだろ……」


 突然のまっくら闇に、オレは頭が真っ白になりました。

 ああいうときって、すぐには動けないモンですねぇ。


 オレが、ロクに身動きもできずに固まっていると、

 突然、エレベーターの上の部分のライトが、チカッと点灯し始めたんです。


 どうやら、非常電源が稼働したようでした。


(なんだよ……ビックリさせやがって……)


 オレは、小声でぶつくさ文句を言いつつも、

 照明がついたことで、少し落ち着きを取り戻しました。


 とはいえ、エレベーターはまだ上る途中で静止したまま。

 このままでは、結局閉じ込められたままです。


「あ……そうだ、非常用ボタン……」


 オレがハッとして、開閉スイッチのすぐ下にある、

 毒々しいオレンジ色のボタンを押そうとすると、


 ウィーン……


 カタカタと、機械の作動音が鳴ったかと思うと、

 エレベーターは静かに動き出しました。


(え……う、動いた……電気、戻ったのか……?)


 オレがうろたえている間にも、エレベーターは一階の途中から、二階のエレベーターホールへと移動を終え、止まりました。


(二階……? ボタン、押してねぇけど……)


 ポーン、と軽い音を立てて開いた扉に、オレは戸惑いました。


 ただ、そこでふと思い出したんですよ。


 たしか、エレベーターには、地震や停電が起きたときには、

 電力が完全に供給されなくなる前に、

 最寄りの階に移動する、っていう安全システムがあるってことを。


 このまま閉じ込められたらたまらないと、

 オレはエレベーターが止まった二階に、慌てて足を踏み出しました。


(……なんだ……?)


 しかし。

 エレベーターを降りてすぐ感じた違和感に、オレは動きを止めました。


 うちのマンションは、ひとつの階に八部屋あるんです。


 エレベーターは、ちょうど真ん中にあるので、

 降りてすぐの真正面には、左に5号室、右に3号室のドアがあるんですよ。


 でも、今。


 エレベーターを降りて見えた正面。

 本来は、5号室と3号室の間の、ただの壁でしかない場所。


 そこに『204』ってプレートのかかった扉があったんです。


(はぁ……? うちのマンション、4号室なんてないはずなのに)


 ホテルやアパートでも、縁起が悪いからと、

 4号室を飛ばしているところ、けっこうあるでしょう?


 このマンションもそうで、1~8階まであるどの階であっても、

 4号室、というのは存在しません。


 それなのに。

 それなのに、目の前にはその無いはずの『204号室』がある。


 ゴロゴローーピカッ


 まばゆい雷の光が何度も空を白く染めて、

 恐ろしい音が聞こえてきます。


 幸い、雨の音は聞こえていないものの、

 この調子では、さほど時間を置くことなく、降ってくるでyそう。


 早く部屋に戻って、洗濯物をとりこまなくては!


 オレは目の前の大きな違和感は忘れて、

 エレベーターホールから、階段のある1号室側の通路へ移動しようとしました。


「……は……?」


 そうしたら。


 その通路に、長い髪の、

 スカートを履いた女性の人影が見えたんですよ。


 いや、人影、と言っていいものか。


 だって。

 だってそれは――まっしろ、だったんですよ。


 ええ。

 服とか、髪とか、肌とか。


 そういう、人間を構成するいっさいの色が、真っ白で。


 マネキン、というよりも、

 おもちゃのフィギュアの色付け前、って言うんでしょうか。


 人間としての立体感は確かにあるのに、

 なぜか、色彩だけがすっぽりと抜けている。


 そんな、女性の形をしたなにかが、

 オレに背を向けるようにして、

 通路の真ん中にポツン、と立っているんです。


 

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