118.恋の呪い③(怖さレベル:★☆☆)

そうして、四苦八苦している私の視界に――

フッ、と白いものがよぎりました。


(あっ……まさか……っ)


昼間の先輩との会話が、脳内によみがえります。


(ウソ。もしかして、あれで……?)


白いもやは、ここ連日、先輩と会話した後現れていましたが、

まさか、家にまで出現するなんて。


だから――油断、していたんです。


……サワッ……


(っ……な、なに……?)


再び、腕に感じる奇妙な感触。


まるで筆先で皮ふの表面をくすぐるような、

鳥肌のたつような感覚です。


(なんか、気持ち悪い……これも、あのもやの……?)


あおむけに横たわった私は、動かない首をどうにかむりやり少しかたむけ、

眼球をひっしに動かして、違和感の元凶――左腕へと視線を向けました。


「……うっ……!?」


金縛りのせいで、声が出なかったのが幸いしました。

そうでなければ、深夜の住宅街にとどろく大絶叫を上げてしまっていただろうから。


「……っ、……っ!!」


左腕。

違和感を覚えていた、皮ふを這いまわる物体。


それは、今まで見慣れていた白いもやのような浮遊物ではなく――

人のあたまほどの大きさの、大量の白い髪の毛でした。


モサモサとゆれ動くまるい髪の合間。

そこから更に白い、つるりとした頭蓋骨が覗きます。


「……っ、……!」


ポッカリとあいた眼窩は、なんの感情も見せることなく、

ジーっと腕の上から私を見上げています。


白い、かたまり。


頭蓋骨に付着する髪がシュルリと伸ばされ、

私の腕の表面を、さらさらと滑りました。


(まさか……これが、あのもやの正体……!?)


今までハッキリと姿を認識できていなった浮遊物。

正体は始めから、この白い毛髪の頭蓋骨だったのではないか、


「…………っ!!」


ゾワッ、と悪寒が全身をかけ巡りました。

気持ち悪い、不気味、という直感は当たっていました。


先輩が、お祓いをしてもとり除けなかったモノ。

周囲の人が目撃していた、謎の幽霊。


彼にとりついている、いや、

彼に近づいたものに対して姿を見せる、恐ろしいなにか。


(無理だ……ダメだ……っ!!)


たとえば。

九坂先輩に対して真実の愛を抱いていたのなら。


それでも、彼を諦めなかったでしょう。


白髪のガイコツになど屈さず、

彼とともに戦い、祓う方法でも考えたかもしれません。


でも、ダメでした。

私には、とてもそんな度胸はなかったのです。


腕にスルスルとまきつく、白い髪。

金縛りで動けないこの体相手ならば、するりとその毛を伸ばして、

首をくくることもできてしまうでしょう。


(もう、もうヤダ……もう先輩には近づかないから!

 だから、だからもう……私についてこないでッ!!)


そう、心の底から叫んだ瞬間。


――フッ


「えっ……」


いっそ不自然なほどあっけなく。

硬直していた体が、楽になりました。


「……あ」


白い毛髪を生やしたガイコツ。


それはユラユラと宙をただよい、一度私を空洞の眼窩で見つめた後――、

フワッ、と姿を消したのです。


「……今、の……」


私が諦めたから、消えたのでしょうか。


自宅の寝室。


金縛りもとけた私の視界には、

ただただいつも通りの夜の寝室だけが残されていました。





「春川さん、今日の夜どうかな?」

「あっ……スミマセン。今日はちょっと……」

「そっか……残念だね」


その後。


九坂先輩からのお誘いを、

私はスッパリお断りするようになりました。


今までであれば、話しかけられるだけでウキウキと気持ちが高揚していたのに、

あの夜を境に――ふしぎなくらい、彼に対する気持ちが薄らいでしまって。


もったいないとか、残念だとか、そういう気持ちすら湧いてきませんでした。


そうして私が無下にしているうちに、

先輩はいつしか、別の部署の女子とつき合い始めました。


その子は、私が先輩とお祓いの話をしていた日、

先輩に声をかけてきた経理部の女性でした。


(幽霊とか、見えない子だったのかな……たぶん)


彼にとり憑いたガイコツが見えないとなれば、

なにか取り返しのつかない不幸がその女性に起こるんじゃ、という懸念と、

まったく気にしない子なら、かえって大丈夫なんじゃ、という楽観。


そうして、完全に九坂先輩から気持ちがなくなり、

部署移動などですっかり接点も消えた頃。


ふと、今の部署の新しい女先輩に、

こんなことを言われたのです。


「九坂くんと春川さん、ウワサあったけど……つき合ってたの?」

「え、いやいや……たしかに食事に行ったりはしましたけど、それだけです」

「あ、そうだったの。……まぁ、つき合わなくて正解よ」

「……えっ?」


彼女はあわれむような、ホッとしたような、

微妙な表情で頷きました。


「え、あの……どういう」

「九坂くんね、いまの彼女とつき合う前も、何人も彼女がいたんだけど……

 みんな、割とすぐ別れてるのよね」

「それって……先輩に問題があったってことですか?」

「だったらまだ……ね。今つき合ってるあのコ。あのコがちょっと問題でね。

 あのコ、ずっと前から九坂くんのこと好きで……裏でイロイロやってたってウワサなの。

 だから、身をひいて正解」


裏でイロイロやっていた。

その言葉に、私はあの白いガイコツの存在を思い返しました。


あれは、彼にとり憑いていた幽霊――ではなく。

もしかしたら。もしかしたら――。


(……あの女性の、生霊?)


彼女のとんでもない執着に、完全に、

完膚無きまでに、九坂先輩に対する気持ちは消え去りました。


その後……ええ、どうやら例の二人、

まだ続いているようです。


とはいっても、部署のちがう私の耳にまで、

イロイロと……その、よくない話が入ってくるので、

とても円満とはいえないようですが……。


もしかしたら、あの白髪のガイコツを、

彼自身が見ることになる日も……近いのかも、しれませんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る